第2話・最期の記憶
ギルフォードが家に来て、まもなく半年を迎える。
まあ、随分とギルフォードは我が家になじんだ。というか、私に懐いた。
ギルフォードは生まれ持った恵まれた魔力量だけでなく、とても要領がよく、賢くて、あっという間貴族として必要な教養を身につけ、闇の魔術の使い方もメキメキと学習していった。闇魔術の上達具合には目を見張るものがあり、正直、二つ上でずっとフォートサイト家で訓練を受けていた私以上に闇魔術を使いこなしているのでは、というほどだった。
うららかな昼下がり、東屋でくつろいでいたときのこと。対面に座っていたはずのギルフォードはスススと私の横に座ると、きれいな青い瞳をキラキラと輝かせながら私を見上げ、小さな手のひらを私の手にそっと重ねて懇願した。
「姉さま。おれ、姉さまに会えて本当に幸せだよ。ずっと一緒にいたい」
「本当におおげさね。いやでも一緒にいるでしょ、あなたはもう本家の子なんだから」
「……でも、いつかは姉さまは婿を娶るか、嫁に行くのでしょう。そうしたら……」
ギルフォードは悲し気に顔を俯かせた。嫁入りだの婚姻だの、この年でずいぶんとませたことを考えるものである。
「十年もあとのことでしょう。いまから不安がってどうするの」
「おれ、姉さまと会えて最高に嬉しいけど、本当は養子じゃなくて、姉さまのお婿さまになりたかった」
「まあ」
ませてる、というか、なんというか、存外に懐かれたものだなあと驚く。
甘え切った目で、なにか期待するかのように私を見るギルフォードに、微笑んで見せる。
「私もあなたに会えてよかったわ。自分にこんなに愛しく思える存在ができるだなんて、考えたこともなかったから」
「姉さま」
ギルフォードは瞳を潤ませる。瞳を縁どる長い白銀のまつげがしめやかに濡れて、木漏れ日に照らされ輝く。
今語った言葉は本心だ。七歳になって突然できた弟、ギルフォード。
彼がかわいいというのは容姿だけの話じゃない。
本当にギルフォードはかわいらしかった。目に入れても痛くないと思う。
かわいい。大好きだ。
ギルフォードは重ねている手のひらにぎゅっと力を込めながら、少し震える声で言った。
「ギルって呼んで欲しい、昔の母さんはそう呼んでたから……」
「わかったわ、ギル。これでいい?」
「……うん! ありがとう、姉さま!」
はああと嘆息し、ギルフォードはまさにこぼれんばかりの笑顔を浮かべた。
ギル、こうやって呼ぶだけでこんなに喜ぶのなら、どれだけだって名前を呼んでやりたい。
「ギル、我が家に来てくれてありがとう。あなたは世界一大切な私の弟よ」
「姉さま……おれはね、姉さまが一番好き」
「私もギルが一番好きよ」
「ありがとう、でもね、ちょっと違うんだ」
「えっ?」
ギルはちゅっと私の頬にキスをする。
おはようとおやすみの挨拶のときに、私がいつもしているやつだ。
あと、とびきりギルを褒めるときとかにもしていた。
私が少し驚いてギルを見ていると、ギルは「えへへ」とはにかむ。
「姉さまがおれを大切に思っててくれてて、すごい嬉しい。でもね、いつかはね……おれ、もっともっと姉さまの大事な人になりたい」
「? もう、あなたが一番だけど……?」
「おれ、姉さまよりもずっと大きくなって、賢くなって、強くなるから。お願い、そうしたら今よりももっとおれのこと好きになって」
「ええっ、そんな。そんなに頑張らなくても……」
「おれ、姉さまの『特別』になりたい」
ギルの言っていることが、わかるようで、わからない。
私はギルが一番大切で大好きなのに、それ以上?
(……意外とよくばりさんなのかしら。ううん、ギルは今まで家族にまともに愛情を注がれてきたことがないから、それで、私に執着してるのかも?)
どうしよう、と思いつつ、「しょうがないなあ」と私はギルの頭を撫でた。
ギルはうっとりと目を細め、私の膝に頭を乗せると、ぐりぐりと腹のあたりに頭を擦り付ける。
「見てて、姉さま。姉さまが、おれを『弟』とは思えないようになってみせるから」
「ええ、わかったわ」
今のあなたはどこからどう見てもかわいい弟だけど。
おかしくなって小さく笑ってしまう。
(でも、きっと、これは今だけよね)
いつか来る姉離れのときを思って、胸がちくりと痛む。
放っておいたって、子どもには反抗期というものが来るし、私よりも一緒にいて楽しいお友達ができたら、きっとそっちに夢中になるだろう。
(それなら、今だけくらい、思う存分この子を甘やかしたって……いいわよね?)
誰に聞くでもなく、そんなことを思いながら私はギルの銀髪の柔らかな感触を指ですくい、撫でて楽しむのだった。
◆
平穏な日々はそう長くは続かなかった。
私たち、家族が乗る馬車。その御者が、私たちに襲い掛かってきた。
御者として我が家に潜伏し、暗殺の機を狙っていたらしい。
「――姉さま!」
賊が真っ先に狙ったのは、家族の中で一番小さなギルだった。
私はギルを庇おうとして、御者に刺された。
(あ、これ、私、死んじゃうなあ)
腹からはダクダクと血が流れ続け。ていたけれど、なんだか現実味がない。
ふうん、そうなんだ。今回はこれで死ぬのね、なんてまるで自分のことじゃないみたいに思いながら、私は瞼の重さに耐えきれず、瞳を閉じる。
血まみれの私の手を握りしめる義弟・ギルフォードの涙の顔が、私が見た最期の視界だった。
……なんでだろう。私、死ぬのは二回目な気がする。
そして、なぜか最期に私はギルがわんわんと泣くのを見て「このキャラってこんなふうに泣くっけ? というか、ゲームだと……」と不思議なことを考えていた。
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