そそのかされて(4)

(名前ねぇ。なにがいいんだろう? 自分の名前を組み入れるなんて恥ずかしいし)

 一番単純な選択肢をルオーは使いたくない。

(とはいえ、特に志があるわけでじゃない。具体的にどういうタイプの仕事を主にやっていくとも決めてないんだから)


 困ってしまう。現状、両親の支援でそれなりに資金の掛かる事業を始められればいいと思って準備している。手段が目的になってしまっているので、いざ具体的な話となると頭が追いつかない。


『悩んでるー?』

 ティムニが首を傾げて見つめてくる。

「はい。なにせ、自分になにができるんだか雲を掴むようで」

『そこはおいおいでいいんじゃない? まずはやりたいことを形にすればー』

「それさえも怪しいんですよねぇ」

 正直に伝える。

『自分ってものを出さないよう生きてきたみたいんだもんねー』

「皮肉らないでください。目立てば目立つほど、他人は利用しようとするものですので」

『だったら、ふわっとした目標みたいなもので十分じゃないー?』


 目標と言われても、準備しているのは軍事的な機材なので可能なのはそちら方面に偏る。自身の学んできた技能は破壊活動を主目的としていて、どう役立てるかなど知れている。


(危険な場所への要人とか物品の護送とかがメインかなぁ? それにしても広いよね。公的警備機関の任務とも被るし。需要は無くはなくても、保険みたいな働きになるかも)

 誰かの要望に応えて危険から守ることだろう。


「安全に次の日を迎えるために、ですかね?」

 依頼主の要望はそうなるはず。

『「安全」は擦られすぎてるから「次の日」のほうにすればー?』

「なるほど、次の日ですか。朝日を拝めるように、日の出をイメージしますかね」

『日の出ね。じゃ、「ライジングサン」?』

 名案に思えた。

「それで。使い古されてそうですけど『ライジングサン』を社名にできます?」

『登録はできると思うー。他に略号とか付けなくても差別化できそうよ。それっぽくて格好良くないー?』

「少し気恥ずかしいのを除けば大丈夫でしょう」

 ファミリーネームを使うより遥かにマシだ。


(父が望むよう、ちょっとだけでも世の中の役に立てるように)

 誰かの希望になれるように。


 しっくりくる気がしてきた。方便で始める事業にしては、きちんと本気で考えられていると思う。


『それじゃ、まず売買契約ー。ちゃんとしてちょー』

「もちろん。喜んで」

『はーい、毎度ありー』

 面白いパートナーと組むことになった。

『じゃ、今日からあたしは君のものー』

「妙な響きがありますね?」

『んふー、意識しちゃう? あたしが可愛いからー? ねえ、可愛いからー?』


 わざとらしくはあるものの、宇宙に出たとしても暇はしなくて済みそうである。孤独も嫌いではないが、新たな環境になれば気持ちは変わるかもしれない。


「ええ、ティムニは可愛いですよ」

 素直に告げると、意外にも頬を赤くする二頭身アバター。

『でしょでしょ? 合格ー』

「受かりました。なにか特典は?」

『もれなく全力サポート付きー。とりあえず時間取れる? ルイン・ザの調整しときたいのー』


 愉快なパートナーだが、すべきことはしっかりしてくれそうだ。軍学校での養成期間で彼も、如何に個人のプロトコルを育てるのとそれに合わせた機体の調整が大事だとわかっている。


「話が早かったお陰で午後が空きました。外出許可もらってるので、門限までに帰れれば大丈夫です。とはいえ、宙港付近でアームドスキンを動かすわけにもいきませんし、ね?」

 なにしろライジングサンの機体格納庫ハンガーは狭い。

『一回、宇宙うえに上がろー? 初期設定済ませながらー』

「そんな自由になるもんです?」

『個人所有の船は出港申請して管制に従うだけー。ポートの枠も取ったままにしとけば戻ってくるのも自由』


 授業で宇宙に出たときは老朽艦を使っての離脱だった。それも、戦闘艦乗員クルー課程の生徒の訓練を兼ねている。非常に手間と時間が掛かった印象。

 しかし、個人となればかなり自由度は上がるようだ。それも当然か。商用船舶などは行程が短時間であるほど利益になるくらいはルオーにも予想できる。


『パイロットシートに座ってー』

「これは?」

 座面には別のσシグマ・ルーンが置かれている。

『学習データ、転送したいんだけどいいー?』

「これに? どうぞ」

『手に取ってー』

 嬉しそうにジェスチャーする。


 変わった形式だった。軍学校支給のσ・ルーンが後頭部をまわす馬蹄形。しかし、渡されたのは額にもバンドがある輪環型。同じ位置にあるパワースイッチに指で触れると個人認証が始まる。


『データ転送を開始します』

 元々の装具ギアがアナウンスする。

『終了しました。交換してください』

「速っ! 僕ってそんなに単純です?」

『そんなことない。船内は通信密度トラフィック太いからー』

 ティムニがケタケタ笑う。

『それより見て見てー。宙港の観測カメラ。飛び立ったよー』


 対消滅炉エンジンの唸りの音が若干上がったのは気づいていたが、まさかすでに離陸しているとは思わなかった。

 戦闘艇『ライジングサン』は側面二枚と船尾三枚の重力波グラビティフィンを展開して飛翔している。まさに空飛ぶ魚のようであった。


(ああ、これはすごいなぁ)

 男心がくすぐられる。


 ルオーは将来が無限の可能性に満ちているかのように思えた。

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2025年1月11日 07:00
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ゼムナ戦記 フルスキルトリガー 八波草三郎 @digimal

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