そそのかされて(3)

 機体格納庫ハンガースペースに高さはない。それは船体の外観から予想はできた。アームドスキンが立位で格納できないのが懸念材料だったのだ。


(まさか、こうくるとは……)


 ルオーが昇降口のはしごラダーを降りると床にパイロットシートが置かれている。シートを懸架した緩衝アームは天井方向へと伸びている。天井シーリングデッキにはモスグリーンのアームドスキンがうつ伏せにキャッチされていた。


『このアームドスキンは「ルイン・ザ」。船とセット価格だとお買い得でしょう?』

「お買い得どころじゃないですよ」

『これが目玉。んふー、どう? どう?』


 明らかに彼の求めているものを知っている。戦闘艇を買おうとするなら目的は知れているとはいえ、調べ尽くされていると思っていい。

 というのも、その『ルイン・ザ』と名付けられた機体は背中にスナイパーランチャーを背負っている。軍学校の成績もティムニは調査したのだろう。


「どこまでご存知なんです?」

『結構調べたー。ルオーの面白そうなとこ見つけたから、ね?』

「僕を選んだのですか」


 ただでさえ状況に流されて将来を決めている。そのうえ彼女の事情にも流されるとなると、なにが目的なのか見失いそうな気がする。しかし、逆にいえば今更足掻いたところで仕方ないのも本当だと感じる。


(見るからに仕組まれてる。抵抗したところで無理な感じかぁ)


 アームドスキンを運用できるか否かをティムニとの交渉材料にしようかと目論んでいた。ところが、彼女は完全に先回りして逃げ道を塞いでいる。無理に拒否したところで、これ以上の環境は手に入りそうにない。


「僕は命が惜しいんです。調べはついてそうですけど、両親を納得させるために航宙船が必要だった。君の目的に命懸けで付き合うつもりはありませんよ?」

 最初に断っておくべきだ。

『あたしの目的? ああしろこうしろって言う気はないから安心してー。君は自分が好きなようにこの船を使ってくれていいのー』

「それにしてはサービス良すぎなんですよ」

『それはねー』

 アバターは含み笑いのジェスチャーをしている。

『与えられた機材で君がなにを為すかが大事ー。あたしが知りたいのは君が生まれた理由ー』

「そんな抽象的な話ですか。巡り合わせではいけないんで?」

『それじゃ説明できないもん』


(つまり、ティムニは僕がなにを見てるか知ってる。なにをするのか観察する気なんだ。要するにこれは実験みたいなものかぁ)


 誰の思惑でティムニが動いているのかなど知る術もない。抗ったところで逃れられないなら流されるべきだろう。どうせ大きな目的もない、周りに振り回されて歩んできた人生を改める気概もない。


「僕が民間軍事会社PMSCを立ち上げようとしているのも知ってます?」

『会話記録も調査済みー』

 気楽に踊りながら言われると咎める気にもなれない。

「それは別に問題ないんですね?」

『うん。君がやりたいこと、できることを試してみればいいんじゃない。そのうち答えは見つかるんだと思うー』

「なるほど。どうも規定事項みたいなので乗っかるしかないですね。資金が浮いたのは助かりますけど」

 眼の前で人差し指を振る動作をされる。

『だめだめー。残ったお金なんか、遠征用の機材や資材、食料とか揃えてたらすぐ無くなっちゃうんだからー。そういうとこ、世間知らずだから心配になっちゃうー』

「耳が痛いです。まだ準備するものあります?」


 素直に従ったほうが得策だと思える。環境整備や情報管理でティムニみたいなシステムに人間が勝てるわけがない。


「船やアームドスキンの運用に人材も必要ですか?」

 一番お金が掛かりそうな部分だ。

『そこは大丈夫。ほとんど自動管理でいけるからー』

「それっぽいですね」

『でしょー?』


 ルイン・ザにはフロアデッキから何本もアームが伸びている。おそらく、それでメンテナンスや調整が行われるのだろう。


「僕は身一つで乗れば諸々してもらえると?」

 ほとんど確認作業。

『そーそー。ルオーの承認が必要な手続き関係だけクリアしてもらえればOK』

「事業絡みの登録とかですね。それは事前に調べてますからなんとか」

『もちろんサポートするから。決めるとこだけ決めて。まずはあたしの身体の名前とかー?』

「おや?」


 難題が降ってきた。急に方向転換したので調べ物ばかりに忙殺されて全く考えていない。確かに登録するには名称は必須事項である。


「会社名とかも全然考えていませんでした。意外と決めることいっぱいですね。マロ・バロッタの起業制度とかもまだ調べ途中なんですよ」

 機材に目星がついてからと考えていた。

『登録データは星間管理局向けでだいたい揃えてあるの。機体とか船舶データも。あとはルオーが名前だけ決めてくれればー』

「星間管理局に事業登録するんですか? それはハードル高いんでは。実績も保証もないのに」

『そこは大丈夫。伝手があるからなんとでもー』


(へぇ。どうやら一国の枠に収まる話でもないのかぁ。言われてみればそうかも。うちの国にこれほど高度なシステムを搭載するプロジェクトがあるとか聞いたことないし)


『船籍も管理局登録になってるからボーダー無しで活動できるの』

「ありがたい話ですね」


 ルオーはあまりの好条件に降参するしかなかった。

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