そそのかされて(2)

 ルオーの見るかぎり操舵室ステアハウスは無人である。ただし、操船コンソールから浮き出た投影パネルには一人の女性がバストショットで映っていた。真っ当に考えれば彼女が売り主なのだろうが妙な感覚が拭えない。


(メイクと呼ぶにはちょっと常識外れかなぁ)


 なにしろ、肩くらいまでのカールした髪の毛はピンク色。瞳の色もピンク色。容姿は違和感を覚えるほど整っている。まるで作られたキャラクターの印象が強い。


「どなたです?」

 用心深く尋ねる。

「あたし、ティムニ。この戦闘艇の操船AIみたいなものだと思ってー」

「まるで違うみたいな言い方ですけど」

「うん、違うもん。あたしが持ち主で売り主。この船の制御全てを賄っているし今後もそうー」

 おかしなことを言われる。

「僕に売るつもりはないと?」

「ううん、買って、あたしごとー」

「……理解に苦しむんですけど」


 言うとおりなら彼女は人工的存在ということになる。船のシステムそのものであり、制御を担っていることになる。


「僕の知るかぎり操船AIというのはそんなに自我を持ちません。船主の命令を聞いて航行などの制御を行うだけのはずですよね?」

 常識的にはそうだ。

「特別製なの。この船はあたしの身体みたいなもので、入れ替えるのも無理ー。特殊船舶だと思ってー」

「特殊性は認めます。ただ、僕にはそんな高等なシステムが組み込まれているような船を購入する資金力がありません」

「あ、勘違いしてるー? 君の見たページに載ってる価格があたしの値段で間違いないよー。というか、あたしが載ってるページを見れたのは君だけだからー」


(聞き捨てならないことを言うなぁ。その理屈だと、自我のある彼女は自身で船主を選んだことになるけど)

 ルオーは内心の動揺を制する。


 詐欺どころではない話なのだ。つまり、ティムニは中古船売買仲介ページのシステムを乗っ取って彼だけに見せたことを意味する。そんなことが可能なのだろうか?


「あたしが君を選んだー。君はあたしを言い値で買うー。それが売買契約。OK?」

 あり得ない話を強引に押し切られようとしている。

「ちょっと待ってもらえます? もう少しくらい僕の意思も尊重してください。始めようとしている事業はそれなりに人生を懸けたものなんです。妙な話に流されて失敗したくないんで」

「そうねー。じゃ、まず中を見てー。もう一度言うけど125万トレド二億五千万円はほんとー。この船の単価でなくて契約金みたいなものー」

「契約金ですか。つまり君は僕と対等の関係を築くために契約を提示していると?」

「察しが良くて助かるー」


(無償だと人は疑いたくなる。どこかで裏切られるのではないかと思ってしまうから。でも、対価を払っているなら枷になるという考えかぁ)

 ただし、それはルオーがティムニを信用するならばの話。

(見せると言ってるってのは信用させたいって意思表示だよね)


 彼には理解できない事情が裏にありそうだ。そもそも彼女のような存在が作られた理由がわからない。

 ティムニにはなんらかの目的がある。そして、ルオーはその目的に合致する。さらに、彼には都合が良い。これほどの優良物件を見つけられる可能性など皆無である。


「案内するから、σシグマ・ルーンのアクセス許可、いいー?」

「乗っ取ればいいじゃないですか」

「だめ。君の意思が大事。あたしとの契約ってそういうことー」

 カマを掛けると素直な答え。意識的に、可能だけど禁則事項だと言ってくる。


 ルオーはσ・ルーンの後ろ、パワースイッチに指を当てて認証する。「いいですよ」と伝えるとティムニはニッコリと笑って消えた。次の瞬間には顔の横にアバターとなって浮かんでいた。二頭身アバターの投影は装具ギアの機能の一つである。


「ありがとー。ドアのアンロック権限付けたから近づいただけで開くよー」

 船体の権限の一部が解除されたらしい。

「うん。案内よろしくお願いします」

「もちもちー。じゃ、居住スペースからー」


 操舵室ステアハウスの後ろのスライドドアが開くとそこは中央通路センターパスになる。船主方面からキッチン機能のあるダイニング、シャワールーム、トイレと続き、左右に四つの部屋が並んでいた。カタログデータに間違いはない。


(中古品ってのも嘘っぽいなぁ。見るからに誰の手垢も付いてない)

 それぞれを覗きながらの感想。

(それだけ断れなくなってく。憧れの住空間なんだもんなぁ。これは、彼女の導く妙な方向に流されていっちゃうやつだ)


 気持ちは傾いている。しかし、決定的なものではない。彼は宇宙を旅したいのではなくて民間軍事会社PMSCを運営するのだ。船だけでなく機動兵器も不可欠なのである。


「どう? 充実してると思わないー?」

 自信をうかがわせる。

「してますね。申し分ないレベルです。それどころかグレードが高すぎます」

「そうでしょそうでしょ。んふふー」

「ほんとに身体なんですね。褒められて喜んでるとか」

 満面の笑みで踊るアバターを眺めていると言いたくもなる。

「まだまだこんなもんじゃないんだからー。メインディッシュはこれからー」

「ここですか?」


 ティムニの示した場所を見る。中央通路センターパスのまるでダストシュートみたいな部分。そこに入るよう合図している。


(下ってことはカーゴスペース。僕の目的だと機体格納庫ハンガーに当たるところ)


 促されるまま下に降りたルオーの背筋を衝撃が走った。

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