そそのかされて(1)

 母星マロ・バロッタ国内での運営だと新参など地方でさえ仕事がない。ルオーは調べた結果に頭を抱える。実績を積めないでは父も納得させられない。


(事業に失敗しようが両親は大目にみてくれるだろうけど心配させるのは本意じゃない。すると、やっぱり小型艇でいいから航宙船が必要だなぁ)


 予算枠は150万トレド三億円。真っ当にいくと小型艇が買えるかどうかの額である。しかし、アームドスキンも不可欠だし、周辺機材や消費財も欠かせない。

 船は中古で極力安く済ませて、残った分でアームドスキンを探すしかない。中古なのはもちろん、最悪動くか動かないかの機体を騙し騙し使う羽目になりそうだ。


(まともな仕事請けられるかな? 不安になってきた)


 自分に商才があるかどうかも手探り。最初は赤字にならないレベルでまわすしかないと覚悟する。


(あー、操船資格ある人も探さないといけないし。さすがに航宙船となるとアームドスキンライセンスじゃ動かせないしなぁ。いっそのこと自分で取得したほうが早いかも)


 幸い、ルオーのスタイルはアームドスキンをひどく消耗させる使い方ではない。初期費用が掛かっても運転経費は抑えられるはずである。


 頭の中でざっくり計算しつつ中古船のカタログページを閲覧する。武装があるほうが見た目の箔はある感じ。無理を承知で覗いてみた。


(ん、戦闘艇? 中古品。機動兵器四機搭載可能。居住スペース、四部屋、最大八人まで。ダイニング、シャワールーム二基。状態良好で?)


 それで125万トレド二億五千万円。中古といえど、ほとんど詐欺みたいな価格設定である。にわかに信じられないが極めて優良物件といえよう。


(残り25万トレド五千万か。資材も仕入れなきゃいけないし、ぼろっぼろの中古アームドスキンか、んー……、流出品のアストロウォーカーでもどうにかなるかぁ)


 正直、無茶な買い物だろう。しかし、軍学校の寮でプラベートもなにもない暮らしを三年間も耐えたルオーにはあまりに魅力的。社会に出るならせめてまともな住空間が欲しくて堪らない。


(いやいや、飛びつくのは危険すぎる)

 詐欺に引っ掛かって親の資金をゴミ箱に捨てるのは避けたい。

(とりあえず見るだけ見させてもらえないもんかなぁ)


「これ、手付だけ入れたら見学は可能でしょうか?」

 音声チャットで確認してみる。

『可能という回答がありました。予定期日をお伝えください』

「じゃあ、週末のレーネの日に伺います。時間の都合は?」

『ございません。ペグレマン宙港のこちらのポートにお越しください』

 AI音声が丁寧に案内してカタログデータも送ってくれる。


 どうやら売り主が立ち会ってくれるわけではなさそうだ。口車に乗せられないですむのはありがたいが、彼に戦闘艇の良し悪しを見極める目もない。


(衝動買いしないようにしないと。気持ちが作れるかなぁ)


 苦労はしたが、倹約術を磨くような人生でもなかった。大金を手にすると気が大きくなりそうでならない。そのへんは両親の子どもだと思ってしまう。


 ともあれ、どうにか気を引き締めて伝えられたポートにやってきた。その時点で後悔をしている。


(これ、状態良好なんてレベルじゃない。どう見ても新品なんだけど)


 示されたポートに着底している戦闘艇は全長が100m。美しく黄緑色に塗色された船体ボディはピカピカに輝いている。ビームコートが施してあるからなんかではなく、その下の装甲板にも傷一つない状態だった。


「これ、とても125万トレド二億五千万円で買えるような代物じゃないですよね?」

 独り言ちる。


 船体の周囲を一回り。鋭角な船首や、船尾手前には明らかに砲塔用のハッチが切られている。全部で八門はビーム砲塔を備えているようだ。

 そして、後ろから眺めるとプラズマブラストノズルがない。船腹側面に二本、船尾には斜め左右と下に三本のスリットがある。船体各所にある端子突起ターミナルエッジが突き出て、重力波グラビティフィン推進タイプだと判別できる。


(きっと表示の十倍くらいする。あれ、ゼロ一個間違えてるんだ)

 確信した。


 あきらめて帰りたい気分になったが、外見だけ飾られて実は中は修理に販売価格の何倍も掛かる状態なのかもしれない。勉強がてら見学させてもらうことにする。


 心許ない着底脚ランディングギアの横を抜けて再び船首方面に。予約ページを開いて内覧申請をすると操舵室ステアハウスの下のハッチが開き、はしごラダーがするすると降りてきた。


(こんなとこだけ手抜き? 見た目いいからタラップでも伸びてくるかと思ったのに)

 変なとこで肩透かしを受けた気分。


 ハンドレールに手を掛けてラダーを登る。ちょうど正面から眺めると、やはり胴体はかなりの膨らみを持っている。横に張り出したボディは海に棲む大型肉食魚を彷彿とさせる流線型をしていた。


(あれ、待てよ? 確か船底に発進スロットが無くなかった?)

 記憶が怪しいがもう一度下を覗きに行くのは面倒だ。

(あとで確認しよう。まあ、カーゴスペース見せてもらえばわかることだしね)


『ルオー、待ってた』

 合成音声らしき呼び掛けは妙に気安くて驚く。


 ルオーは戸惑いながら操舵室ステアハウスの中を見回した。

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