流れ流され(5)

 その事態はルオーに起こったのではない。彼の両親のほう。父母はそれこそ一夜にしてかなりの財産を有することになった。


(まさか、そんなことってある?)

 完全に戸惑わせる。


 父は人が良すぎて、事業で得た資金で知人の企業を後押ししていた。そのうちの一つが、ほぼ詐欺目的で株を買わされて破滅に追い込まれたのだ。

 ところが、別件の株式が大当たりしたのである。それがサナクル生化学工業という会社。なんと、中小企業の一社だったサナクルがあのイオンスリーブ開発に噛んでいて、数日にして株価が暴騰したのである。


(妙に顔が広い人だけど)


 過去に取引があって、投影パネル越しにではあるが意気投合して資金援助をしたことがあるそうだ。その株券も相手方に委任して自由にさせており忘れていた始末。

 ただし、本当に苦しかったときに助けてくれた父にサナクルの会長はとても感謝していて、配当どころか新たに驚くほどの社有株券を譲渡したのである。まさに夢物語。


(お金があるというのが悪いとは言わないけどさ)

 ルオー的には困る。


「だから、無理に軍に入らなくていいからな。学費弁済くらいはしてやる。苦労を掛けた」

 父に優しく言われても計算が狂っている。

「あのさ、大金手にしたからってまた事業を始める気じゃないんだよね?」

「ほどほどにやっていこうと思ってる。自身で稼いだ分は人に投資してもいいだろう」

「また、母さんを苦労させるようなことはやめてほしいんだけどな」

 ため息が出る。

「情けは人の為ならず。こうして返ってくるものがあるのだ、人助けの精神というのは。事実サナクルの会長は、急に資産持ちになると身辺が怪しくなるかもしれないから住居周りも面倒見させてほしいとまで言ってくれている」

「それは感謝すべきことだけど」

「受けた恩は誰かにまわしてこそ意味を持つのだ、ルオー。お前にもいずれわかる」


(うーん、わからなくもないけど、人柄によるんじゃないかな?)

 閉口する。


 両親には運はあるようだが、悲しいかな父には人物眼がない。なにか手を打たねば再び悲劇がくり返されそうで気が気ではない。


(父から手元にある資金を取り上げなくちゃいけないな。角が立たない、穏当な方法で。なにかないかな?)

 考えを巡らせる。


「だったらね、今度は僕に投資してくれない?」

 誘い掛ける。

「お前に? なにか事業でも起こしてみたいのか?」

「うん。せっかく軍学校もあとひと月って課程まできてるんだ。せっかく手につけた職を活かさない手はないと思ってる。だから、民間軍事会社PMSCでも立ち上げてみようかなって。軍事面だとしても、依頼されて誰かを助けられるとしたら父さんの思いとも合致しない?」

「おお、それはいいじゃないか。お金に困らないなら、他人様の助けになることをするべきだ。お前に投資しよう。どのくらい必要だ?」

 ルオーは「ピンキリだね」と答える。


 嘘ではない。民間軍事会社PMSCとなれば機材にとてつもなく資金が必要となる。少なくともアームドスキンは不可欠だし、一機だけでも一財産だ。

 移動用に航宙船舶を入手しようとすれば金額は跳ね上がる。さらに人手まで入れようとしたら幾ら資金があっても足りないだろう。コントロールしやすいところが最適だと感じた。


(そもそも利益を出す必要もないし)

 父から手持ちを吸い上げられれば運転資金をまわしているだけでいい。


「どれくらい都合できる? 人助けともなると、それなりの規模で始めないとなかなかだと思うけどさ」

 カマをかける。

「そこまで言うなら、もちろんお前に今動かせる資金は全て託そう。なに、すぐに結果を出せとは言わんさ。苦労を掛けたんだ。のんびりやってみろ」

「ありがとう、父さん。じゃあ、卒業までの間にどうにか目星をつけてみるよ」

「ああ、私たちのことはもう心配いらないから思うとおりに生きてみなさい」


 まずは進めていた国軍への入隊手続きを破棄する。違約金ともいえる学費弁済を行った。思わず高額だったのでルオーは顔をしかめる。


(そりゃそうか。軍人を育てるのってとんでもなくお金が掛かるだろうし。それでも兵士を確保しようとすれば国家として投資は必須なんだろうな)

 課程で使用していた機材だってかなり高額なものだ。


「お前、卒業後に入隊しないんだって?」

 どこから聞きつけたのか、パトリックが飛んでくる。

「その様子だと僕の家の事情も聞いたのでしょう? 無理しなくてよくなったんで卒業を機に別のことをします。元々軍人向きでない小心者なんですよ」

「馬鹿な。お前ほどの才能をゴミ箱に捨てるのか? なにをするつもりだ? 父親と事業でも始めるのか?」

「いいえ、民間軍事会社PMSCを立ち上げる予定です。身の丈に合った小さな商いで僕にできること、やれることをやってみようかなって」

 最後のあたりだけ本心を交えた。

「そうか。PMSC……、なるほどな」

「妙な御縁でしたけど、軍学校の生活も悪くなかったと思ってます。君にもお世話になりましたね、パトリック」

「かまわんさ、ルオー。ふむ……」

 学友は考え込みながら去っていく。


(さて、手持ちの資金いっぱいに使う方法から考えなきゃいけないな。アームドスキンはそれなりにするし……、となると船は中古の市場を漁らないといけないか)


 ルオーは慣れない相場調べでパトリックの反応を失念した。

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