流れ流され(4)
ルオー・ニックルの家は貧乏をしている。それは噂と違わないところ。ただし、彼本人は悪いことだとは思っていない。
(父さんや母さんの
そう考えていた。
ただ、食うに困るではいただけないので、ルオーは勉強ができて将来の報酬も約束される軍学校に道を見出した。今は福祉制度でどうにか生活できているが限界がある。せめて、彼の稼ぎで両親が普通に暮らせるようにしたかったのだ。
「そんな理由で軍学校に? お前、死ぬよ?」
「僕は頑張らないよ。苦手だし」
寮で同部屋の学友は目を剥いている。
容姿の所為か嘗められがちである。それほど目立ちたくないルオーには好都合。もちろん退学になったり、入隊しても後方勤務の事務方にまわされるのは困る。アームドスキンパイロットとして保証されるギャランティが程よい額なのだ。
(万が一にも真っ先に前線に放り込まれないようなポジションで)
それが彼の選択だった。
戦死などしようものなら当然家族に一時金は支払われようが、とにかく両親に大金を持たせないのが一番である。それというのも、二人は知人に頼み込まれて購入した株で大損し、事業を畳んで質素な暮らしを選ばざるを得なくなったから。
(小金があるだけでも人は寄ってくる。父母みたいなお人好しはただのカモでしかないんだ。だったら、身の丈にあったお金が入ってくるくらいがちょうどいい)
考えた末の結論だ。
両親が路頭に迷わず食うに困らないレベル。それはルオーがパイロットとして最低限受け取るギャランティが適当である。
(上手に立ち回ってきたつもりだったのに)
同学年で一番の有名人に目を付けられてしまった。
生身での運動もブレードアクション含めた格闘戦も苦手だったが、彼には特殊な才能があった。銃器を扱えば、正直どんな的にでも当てられる自信がある。
それは生身でもアームドスキンに搭乗しても同じ結果を出せる。一学年をクリアしたのは射撃授業で稼いだ成績と、こっそりシミュレーションで稼いだ成績の合わせ技であった。
(なんでかわからないけど射線が見えるのは助かる)
どんな距離でもどんな環境下でもどんな銃器を使おうが弾の行先を見通すことができた。
(便利だけど使いようだね。下手に目立つのは悪手。生きて、ずっと両親に仕送りし続けられるくらいのポジションが妥当かな)
しかし、ルオーも策謀家ではない。行き当たりばったりのどんぶり勘定でやっている。勝たないといけないところで、有名人のパトリックの隊に当たってしまった。
(まさか、見抜かれるだけじゃなくって誘われるとは)
完全に計算外だ。
将来設計が狂うのは困る。パトリックみたいなタイプに巻き込まれるといつの間にか目立ってしまって思いがけない所に引っ張り出される可能性を否めない。だから、一番遠慮したい事態だった。
「お前、パトリックさんに誘われてるんだって? あのゼーガンのお坊ちゃんに」
同部屋の学友に訊かれる。
「きっと気の迷いですよ」
「だよな。援護してると、たまーにまぐれ当たりするけど、まぐれはまぐれだもんな。下手に関わると使い捨てられる。愛想尽かされたなんて噂が出たら、今度こそ誰もお前を相手してくれなくなるから敬遠するのが正解だ」
「でしょう?」
この友人くらいのスタンスでいてくれるのがちょうどいい。
一度目の誘いを断ってからのパトリックは傍目を気にしなくなった。形振り構わずルオーに声を掛けてくる。見るからに周囲はいい顔をしていなかったが、問題を起こすような学生はふるい落とされてしまうので露骨な嫌がらせはない。
(ま、陰口はいたるところから聞こえてくるけど)
パトリック本人も格を落とすような行動なのに改めそうにない。
(もしかして、彼って言われてるほど道楽のお坊ちゃんじゃない? 僕の隠蔽工作を見透かしてる? お世辞にも上手じゃないのは認めるけどさ)
それでも、のらりくらりと逃げ切るのは無理ではないだろう。正規配属までの二年弱逃げて、彼の目の届かないところに収まれば大丈夫だと思った。
ただし、三学年ともなると宇宙に上がっての訓練や演習が始まる。地上でのそれに比べて隠れるのが難しくなる、開けっぴろげな環境は彼を苦しめた。
「ルオー、さっきの一射はオレでも当てられないものだった。やっぱ、お前、その気になればあのくらいのスナイピングはできるんだろう? その能力、オレのために使え」
強引に迫ってくる。
「だから遠慮すると何度も言ってます。対抗戦の最中ですよ? ここで僕なんかに付き合ってたら成績落としますけどいいんですか?」
「良くはないけど、こんな機会じゃなきゃ捕まらないじゃん。避けてるだろ?」
「避けますよ。もう一年近くもですよ? しつこいって悪い噂になるの気になりません?」
最近ではパトリックがルオーをからかって遊んでいるのではないかとまで言われている。
「『うん』って言うだけで事は収まる。早くしてくれ」
「余計におかしな話になるだけですって。わかりません?」
「お前が本気を出せば黙らせられるじゃないか」
(それが困るって理解してくれないのかな?)
食傷気味だ。
そんなルオーを仰天させる事態が卒業を前に起こってしまった。
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