流れ流され(3)

 パトリックの視線の先にいたのは「182」がナンバリングされている練習機。記憶していないということは彼が注意している同窓ではない。誰だか全くわからなかった。


(遠い。が、当てられない距離じゃない。いつからそこにいた?)


 普通の立ち姿勢でビームランチャーを構えている。ただし、相手の隊からは離れているので意識の外から狙われたのは確か。


(マズい。あの位置だと……)


 味方が狙われる。しかし、撃墜されているパトリックに警告を発する権利はない。演習のルールを守らない学生も少なくないが彼は自分を律していた。


「上手い」

 思わず呟いた。


 数歩移動した182番機は自然に砲口をずらしただけでもう一射。味方の隊の隙間を縫って彼の隊のアームドスキンに直撃させる。


(これは崩れるな)


 数で劣勢を取られると苦しい。彼が選んだ見込みのある学生たちといえど、そこからひっくり返すほどの実力差はない。予想どおり演習結果は敗北だった。


「ルオー・ニックル?」

 終了後に182番機のパイロットを調べるとその名が出てくる。

「どうしたんですか、パトリックさん? ルオー? こいつですよ、いつもギリギリの落ちこぼれ。一学年で落第して退学になると思ったのに、しぶとく残ってやがる」

「確か、君たちはなにもできないと言ってなかったか?」

「そうなんですけど、どうにか引っ掛かって進級してました」


(ギリギリで進級できた? そんな人間の振る舞いじゃなかったぞ?)


 意識の外にいたのは事実だが、それ以上に計算もされていたと感じる。182番機の僅かな移動は起伏を利用したもの。凸部の地面すれすれを走ったビームが直撃を奪っていた。だからパトリックも直撃するまで気づかなかったのである。


(一人ブラインドをやってた。あれは意図しないとできない)


 そんな学生が成績でギリギリだとは妙な話である。学生相手であれば、その気になれば演習でかなりの撃墜数を稼げるはず。それなのに目立った成績を残していないのが不思議で仕方がない。


「え、パトリックさん、あいつに直撃もらったんですか? そりゃ、劣等生が一生分の運を使っちまったってことですよ」

「そう見えたかい?」

「それ以外のなんだって言うんです?」


 わざわざ説明する気になれなかった。なぜなら、直感がルオーを必要だと囁いたからだ。必要以上に彼を立ててはいけない。これからパトリックが取り込むまで目立たない存在のままでいてほしい。


(予想どおりだったな)


 調べてみると、これまでの要所要所でルオーは成績を挙げていた。正確にいうと彼が属する隊が、だ。割り当てられた戦闘部隊を目立たない動きで勝利に導いていたと思われる。


(ただし、なんでそんなことをしてるのか理由がさっぱりわからんな)

 彼の常識を逸脱している。


 ともあれ、他者の目のない場所を選んで接触した。取り巻きがいる場では、つまらない横槍が入って邪魔だと考えたからだ。


「ルオー、オレの隊に加われ」

 単刀直入に言うと面食らった面持ちで固まっている。

「僕のこと知ってるんですか?」

「調べた。面白い動きをしていたからな」

「やっぱり君の前では控えるべきでしたか」

 気落ちした表情に変わってため息を挟む。

「オレのことは知ってるな?」

「パトリック君は目立ちますからね」

「だったら、この誘いの意味もわかるだろう? オレなら自分の隊のメンバーに融通を利かせられる」

 家の力を使ってだ。


 取るはずの手がいつまで経っても取られない。不審に思って凝視するとルオーは困った面持ちになっている。


「遠慮します。僕なんか誘ってもトラブルの元ですよ。君のところには優秀な学友が揃っているではないですか」

「その優秀な仲間の中に入れてやろうと言っているんだぞ?」

「だから遠慮します。僕は目立ちたくないんですよ」


 引っ込み思案なのか人間関係を不得意としているか。どちらにせよ、パトリックはもう彼を引き入れると心に決めている。


「家庭の事情は知っている。お前だって軍で身を立てて稼ぎたいんだろうが、それはオレの目的と一致してる。なんだったら、正規入隊まで援助してもいい」

「両親をですか? それこそ遠慮したいです。庶民は庶民の分に合った暮らしをしているのが一番です。変に関与されると本人も周囲も変節するものですので」

「しかし、今のままじゃお前、ろくに稼げないんじゃ……」

 家計を豊かにするほどのギャランティとなるとそれなりのランクが必要だ。

「それでいいんです」

「お前、なにを言って……」

「君とは生きている世界が違うんです。僕では役に立てませんよ」


 ルオーの言っていることの意味が全く理解できない。生活が楽になるというのに、それを拒む理由がどこにあるのか? パトリックの人生経験の中に答えは転がっていなかった。


(それでもルオーは必要不可欠だ)

 確信している。

(オレだけ優れていても限界がある。誰かがサブとして働いてくれてこそ生み出せる局面などこれから幾らでも出てくるはずだ。そのとき助けになって、なおかつオレを際立たせてくれる存在はルオーのような奴だ)


 将来英雄を目指すなら、最強のスナイパーに背中を任せるのが一番の近道だとパトリックは理解していた。

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