流れ流され(2)
軍学校二学年に上がって、本格的に宙軍への道を歩み始めたパトリックは横っ面を叩かれた気分だった。誰一人として彼を上回る実力の持ち主などいなかったのに、四回目の実機訓練で初めての敗北を喫したのである。
それまでルオーの名など聞いたこともなかった。正確には耳に入ったこともなかったのである。ただの落ちこぼれとして意識の表層を流れていった存在の一人。
「びっくりだぜ、あの落ちこぼれ。ほんと、なにもできないんだな」
一学年の同窓が噂している。
「おー、シミュレーションでもたった一度も勝ったことないんだってさ」
「なんの技術もないのに、なにしに軍学校に入ってきたんだ?」
適性試験で振り分けられるので、まったく適正がなくはないはずなのに最下級の成績の男子学生がいると聞く。どこにでも劣等生というものはいる。その一人という程度の認識しかパトリックにはない。
「なんでも事業をやってた父親がほぼ破産同然という状態らしくて、普通に学費払えないから軍学校を選んだらしいぜ」
「軍に進めば学費は免除だもんな。来る者拒まずだし」
「でもよ、退学になったら意味ないじゃん」
ゲラゲラと笑っている。
死因は事故死か戦死かといわれるこの時代、病死はランキングの下位のほうに追いやられている。それも、自国が星間銀河圏の一国として発展してきたお陰。加盟国の技術格差を無くす努力を惜しまない星間管理局の施策である。
そんな状況下で戦死に一番近い職業を選ぶ者はなにか求めるものがある者に限られる。例えば彼のように名誉だったり、保証されている高いギャランティだったり、趣味のミリタリーに傾倒するあまり自身がアームドスキンに憧れてのことだったり。
「差し迫った事情が事情といえばそれまでだけどな」
「そこまでして勉強したいか?」
「もしかしたら、戦場でならなにか能力が覚醒して英雄になれるとか思ったんじゃね? 夢見すぎだっての」
劣等生が笑い話の肴になっているだけなので興味なさげにしていると言い訳が始まる。
「パトリックさんには指一本触れられないような奴ですよ」
「そうそう。そんなのもいるって話です」
「ああ」
その場かぎりの話として聞き流していたパトリックが発したのはその一言だけ。焦った同窓たちは話を切り替えて感心を惹こうとしていた。
(なにが面白いんだ)
気が知れない。
(お前たちだってオレにとっては取るに足らない存在なんだよ。どうせ、うちの名を当てにして、将来に役立たせようとしているだけのくせして)
彼らも支給された
後頭部を通して耳に掛ける馬蹄形の
性質からして親和性もある。向かない者は、システムのサポートが強めのシミュレーションでさえ幼児程度の運動能力しかない。
そんな同窓たちが目に入るシミュレーションでもパトリックは優秀さを示し、他を見下していた。それを表に出しはしない。名家の一員として培ってきた処世術だ。同格であると思わせておけば人は擦り寄ってくる。
(いずれオレを際立たせるのに利用されるのさえわからないのにな)
本心では馬鹿にしていた。
そんな日常を送っていたパトリックも二学年に上がれば実機訓練が始まる。初めてアームドスキンに乗れるとなると胸が踊って睡眠不足にもなる。
(いよいよオレの未来が花開くときが来る)
失敗など想定もしない。どれだけ差を付けられるかが肝要だ。ここで有象無象に飲まれるようでは将来の名誉など望めない。
なぜなら祖国マロ・バロッタには戦争の気配などない。政情不安もない。となれば、頭角を現すには軍での演習成績しかない。周りを囲んでいるのは同僚だがライバルでもある。いずれ蹴落とさねばならない相手だった。
「それまで。機体停止」
教官の声が掛かって実機訓練を終える。
「パトリック、いい動きだったぞ。皆、彼を見習うように」
「おお」
「さすが」
そんな反応がくり返される日々に満足する。当たり前のことで計画どおりではあるのだが成功すれば安堵する。
「勝者、ゼーガン隊」
「まただぜ」
「やっぱ、パトリックんとこか。もう誰も勝てないな」
地上での実機演習も三度を数え、二学年の中でもヒエラルキーが確立しかかっていた頃合い。誰もが競って彼の戦闘単位である部隊に加わりたがっていた。そして、四度目の実機演習。
『直撃判定です。機体を停止させてください』
システムアナウンスが愕然とする彼の耳に届く。
「そんな馬鹿な……。今のは誰だ?」
「それはないぜ、パトリック!」
「ヤバい! 連中、突っ込んでくるぞ!」
「立て直せぇー!」
(いったいなにがあった?)
パトリックは呆然としたまま狙撃を受けた方向に目を凝らした。
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