流れ流され(1)

 パトリック・ゼーガンがなぜそこにいるのかと問われると言葉に窮する。明確な理由は自分の中にあるはずなのに妙に不確かなのだ。


(訊かれることもないだろうけど)


 第三者視点で見れば彼らのマッチングは悪くないと映るだろう。見た目は凸凹でも仕事となれば見事に一致する。


(二年前までそんな気は欠片もなかったのにな)


 そこは一隻の戦闘艇の操舵室ステアハウス。船の名前は『ライジングサン』。相方の持ち船である。

 透明金属窓キャノピーの外は全面に星の広がる宇宙空間。彼は民間軍事会社PMSC『ライジングサン』の共同経営者としてそこにいるのだ。ただし、従業員は二人しかいない。


(せめて対等にってのは意地みたいなもんか)


 パトリックは我ながら美形だと思う。女子の人気も上々だったので自惚れではない。無論、努力もしている。


 両親からもらった整った容姿には感謝している。切れ長の目は青く透きとおり、視線一つで異性の嬌声を浴びるほど。鼻筋も通り、続く唇も男らしく薄い。若干面長なところも十代後半からは大人っぽさを醸しだしていた。

 人種的特徴である浅黒い肌もミステリアスを感じさせるだろう。髪を伸ばして輪を掛けた神秘性を演出する。その髪も地毛の薄茶を大好きなイメージカラーの紫に染めていた。パイロットらしからぬ伊達男と男子には陰口を叩かれたものだ。


 対して相方のルオー・ニックルは凡庸にも届かないレベル。普通なら彼が目もくれないタイプの男である。


 いつも眠そうな目をした目立たない男。見るからに童顔で目鼻立ちに際立つところがない。男らしさとは無縁だといえよう。柔らかそうな印象がなくもないが魅力には欠ける。

 しっかりと鍛えているパトリックに比べて、あまり筋肉の付きもよくない。冴えない男子というのが誰もが思うところ。ただし、容姿では一つだけ。明るい見事な金髪が憧れる点。ルオーのそこだけはうらやましいと思っていた。


 そんな二人がタッグを組んで経営しているのが民間軍事会社PMSC『ライジングサン』。傭兵協会ソルジャーズユニオンに所属しているのでもない、純粋な民間の軍事を請け負う事業者である。


 ライジングサンは株式会社であるが、その株式はルオーの両親が全て保有している。彼ら二人が業績を上げれば株主の父母も儲かる仕組みになっている。それに関しては異議はない。

 なぜなら、パトリックの家も故郷の惑星国家マロ・バロッタでは有数の財閥である。何人も政治家を輩出するほどの名家だ。ただし、彼は五男であり、家を継ぐ意思も持たなかった。それよりも名声を望む気持ちが強く、アームドスキンパイロットを目指して軍学校に通っていたのだが、なぜか今は小型艇の操舵室ステアハウスの中。


「依頼はクリアか?」

 戻ってきた相方に尋ねる。

「終わりましたよ」

「何発?」

「五発です」


 ルオーをうらやむ点をもう一つ挙げるとすればこれである。彼は天才的なスナイパーだった。有名でもなければ、同窓の誰もが認めるところでもない。しかし、パトリックだけは相方の凄まじいほどに優れた腕前を知っていた。


「クガ艦長はなんて?」

 折りに触れ、依頼してくる上客である。

「別に。いつもどおりでした」

「あっさり済ませればな。GPFは払いがいいから顔は繋いどくべきだ。お前ときたら、いつもろくに儲からない仕事ばかり拾ってくるんだから」

「いいじゃないですか。依頼選びは同格でいいって条件です。僕は僕の請けたい依頼を請けます。君が参加するか否かも自由です」

 二人で事業を始めたときの条件である。

「そうは言ってもお前一人でなにができる?」

「一人なら一人なりのやり方をします」

「今回みたいにか? そんなの条件が整わないと無理じゃんか」


 とびきりのスナイパーであるルオーだが、引け目を感じないのは彼は他がからっきしだからである。パトリックは砲撃戦はもちろん、ブレードアクションでも格闘戦もマルチに人並み以上にこなす。比して相方一人ではまるで守備力がないのだ。


「放っとけるか。最初からオレがいなきゃ、ろくに依頼もこなせなかった癖に」

「えー、そんなことないですよ。転がり込んできたのは君のほうじゃないですか」

「不憫に思って協力してやったのに、ずいぶんな言い草だな?」

「頼んでません。そもそも、絡んできたのはいつも君からでしたよ?」


 心当たりがあるので反撃はしない。確かに軍学校時代からルオーに積極的に話し掛けていたのはパトリックのほう。


「もういいですか? そろそろチェックしときたいんですけど」

「あー、オレもチェックしとく。それが済んだら次の依頼選びな?」

「まあ、いいですけど。せっかく跳んできたから、近場で一件くらいは済ませましょうか」


 そう言いながらルオーは自機のほうへと跳ねていく。作業支持架ワークスリフトに吊られてボディに取り付く。


(思えば、なんだかよくわからない状況なんだよな)


 相方は生意気にも専用機を持っている。とはいえ、ほぼスナイピングショットに特化した『ルイン・ザ』というアームドスキン。背中には太い砲身のスナイパーランチャーを背負っている。


(オレのカシナトルドに見劣りしないんだよ)

 餞別と言って実家を出るときに目いっぱいのコネを使わせてせしめた、最新鋭のイオン駆動機搭載のアームドスキンなのに。

(妙な巡り合わせに振り回されてる感があるのはなんだろな)


 パトリックは今に至る経緯に不可思議なところを感じていた。

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