第2話「秘められた想いの行方」

 翌朝、蒼と黒羽は早々に身支度を整えた。蒼は淡いブルーのブラウスに白のプリーツスカート、首元にはパールのペンダントを添えて。黒羽は黒のタートルネックに赤のチェック柄スカート、耳元には小さなルビーのピアスが揺れている。二人とも、ナチュラルメイクで清楚な印象を醸し出しながらも、目元にはほんのりとしたパープルのアイシャドウを施し、知的な魅力を放っていた。


「さて、どこから調査を始めましょうか」


 蒼が問いかけると、黒羽は思案顔で答えた。


「まずは月姫様のお部屋の周辺を当たってみましょう。何か手がかりがあるかもしれないわ」


 二人は302号室の前に立った。黒羽が軽くノックすると、隣の303号室のドアが開いた。


「あら、お二人さん。何かあったの?」


 そこに現れたのは、あおい花凛かりんだった。彼女の姿は、まるで森の妖精のようだった。淡いグリーンのワンピースは彼女の優しい雰囲気を引き立て、首元で揺れる小さな四葉のクローバーのネックレスが、愛らしさを添えている。艶やかな茶色の髪は、ゆるやかなウェーブで肩に落ち、大きな瞳には不安の色が浮かんでいた。


「花凛さん、月姫様のことで……」


 蒼が言葉を紡ぎ始めると、花凛の表情が一瞬曇った。それを見逃さなかった黒羽が、さりげなく尋ねる。


「花凛さんは月姫様と親しかったのね?」


「えっ? ああ、はい……隣同士ですから」


 花凛の声が僅かに震えた。蒼と黒羽は視線を交わし、何かを悟ったようだった。


「もしよろしければ、お話を聞かせていただけないかしら」


 蒼の柔らかな声に、花凛はゆっくりと頷いた。


 303号室に招き入れられた二人は、花凛の部屋の雰囲気に目を見張った。壁には繊細なタッチで描かれた水彩画が飾られ、窓辺には様々な観葉植物が並んでいる。部屋全体が柔らかな色調で統一され、花凛の優しい人柄を表すかのようだった。


「月姫様のことで、何か気になることはありませんでしたか?」


 黒羽の問いかけに、花凛は僅かに体を強張らせた。


 花凛の部屋に漂う甘い花の香りが、突然反転したかのように重苦しい空気に変わった。蒼の鋭い眼差しが、花凛の一挙手一投足を逃さず捉えている。


「実は……」


 花凛は躊躇いがちに話し始めた。

 その声は、まるで風に揺れる薔薇の花びらのように儚げだった。


「月姫様のこと、何か知っているの?」


 蒼の声は優しくも、その眼差しは鋭く花凛を射抜いていた。花凛は僅かに体を強張らせ、無意識のうちに首元に手を伸ばした。


 その瞬間、蒼の鋭い眼差しが花凛の首元に留まった。そこには、薄いレースのブラウスの下に何かが光っているのが見えた。


「その……ペンダント」


 蒼の声に、花凛の手が驚いたように縮こまる。彼女の瞳に一瞬、恐怖の色が浮かんだ。


「これですか? ああ、これは……祖母からもらったものです」


 花凛は慌てて言い訳をしたが、その声は震えていた。


「本当に?」


 黒羽が静かに問いかける。その声音には、疑いの色が濃く滲んでいた。


「え、ええ……そうです」


 花凛の答えは、まるで砂上の楼閣のように脆かった。


「花凛さん」


 蒼が一歩前に出る。その仕草は優雅でありながら、まるで捕食者が獲物に近づくかのような緊迫感を醸し出していた。


「私たちは、月姫様の失踪と、について調査しているの」


 蒼の言葉に、花凛の顔から血の気が引いた。彼女の指先が、無意識のうちにブラウスの襟元をつまむ。


「もし、何か知っていることがあれば……」


 黒羽が言葉を継ぐ。その声は冷たく、まるで氷の刃のようだった。


「私は……私は何も……」


 花凛の声が掠れる。彼女の瞳に涙が浮かび始めた。


「花凛さん、嘘をつくのはやめましょう」


 蒼の声は厳しくも、どこか優しさを含んでいた。彼女は花凛の手を取り、真っ直ぐに目を見つめた。


「私たちは、あなたを責めるためにここにいるのではないわ。真実を知りたいだけなの」


 蒼の言葉に、花凛の防壁が崩れ始める。


「でも、私は……私は……」


 花凛の声が震える。黒羽が近づき、もう片方の手を優しく握った。


「大丈夫よ。私たちがついているわ」


 二人の優しさと、その圧倒的な存在感に、花凛はついに観念した。


「もしかして、それは……」


 黒羽の言葉に、花凛の瞳に涙が溢れた。


「私……月姫様のものを……」


 花凛の声が震え、突然彼女は泣き崩れた。蒼が優しく花凛の肩に手を置くと、花凛は全てを話し始めた。


「私、月姫様のことが好きで……でも、私なんかじゃ釣り合わないって思って……」


 花凛の告白に、蒼と黒羽は息を呑んだ。二人の視線が交差し、そこには驚きと、どこか理解の色が浮かんでいた。


「だから、せめて月姫様のものだけでも……私のそばに置きたくて……でもこれがそんなに大切な物だって知らなくて……」


 花凛の言葉に、部屋に重い沈黙が落ちた。その静寂は、まるで彼女たちの心の内を映し出しているかのようだった。


 そして、その静寂を破るように、突然ノックの音が響いた。


 三人の少女たちは、その音に驚いて顔を上げた。扉の向こうに待ち受けているのは、これまでの真実を全て覆す、新たな展開だった。


「花凛、いる?」


 その声に、三人は凍りついた。間違いなく、それは月姫の声だった。


「ま、まさか……」


 花凛の顔から血の気が引いた。蒼と黒羽は顔を見合わせ、次の行動を決意した。


「花凛さん、全て正直に話しましょう。きっと月姫様は理解してくれるわ」


 蒼の優しい声に、花凛は震える手でドアノブに手をかけた。


「さあ、真実の時よ」


 黒羽の言葉とともに、ドアが開かれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る