【学園百合小説】紫紺の乙女と花園の秘密

藍埜佑(あいのたすく)

第1話「窓辺の乙女、その瞳に映るもの」

 聖薔薇女学院の寮5階、優雅な調度品に囲まれた一室で、暁月蒼あかつきあおは長い脚を投げ出してベッドに横たわっていた。彼女の纏うシルクのパジャマは、その肌の白さを際立たせ、漆黒の髪は枕の上で扇のように広がっていた。窓から差し込む柔らかな陽光が、彼女の端正な横顔を優しく照らしている。


 蒼は溜息をつきながら、足首に巻かれた包帯を見つめた。体育祭での華麗なる跳躍の後遺症だ。全治二週間。

 彼女の指先が、ネイルアーティストによって施された繊細なフラワーアートを纏ったネイルに触れる。深い藍色の地に、白い小花が咲き誇るその模様は、まるで夜空に輝く星々のようだった。


「ああ、この世界は、なんと退屈なことか」


 蒼の囁くような声が、静寂を破る。


 彼女の瞳は、窓の外に広がる風景へと向けられた。向かいの棟が一望できるその眺めは、退屈な静養生活における唯一の慰めだった。特に、302号室に住む「紫紺の乙女」こと綺羅きら月姫つきひめの姿を追うのが、蒼の密かな楽しみだったのだ。


 月姫は、学院きっての美少女として名高い。その優雅な佇まいは、まるで宝塚の舞台から抜け出してきたかのよう。長い睫毛に縁取られた大きな瞳、優美な鼻筋、桜色の唇……全てが完璧だった。彼女が廊下を歩く姿は、まるでキャットウォークを歩くモデルのようだ。


 蒼は、月姫の一挙手一投足に目を奪われていた。彼女の着こなすセーラー服は、他の生徒たちのものとは一線を画していた。襟元のリボンは、常に完璧な結び目を保ち、スカートの丈は規定ぎりぎりの長さで、その美しい脚線美を存分に引き立てていた。



 ある夜、蒼は月姫がいつもと違う様子で部屋を行ったり来たりしているのに気づいた。普段の優雅な立ち振る舞いは影を潜め、何かを必死に探しているようだった。その姿に、蒼は思わず身を乗り出した。


「月姫様……何を探されているの?」


 蒼の囁きは、誰にも届かない。


 翌朝、蒼が目を覚ますと、月姫の姿が見当たらなかった。不思議に思った蒼は、一日中その部屋を観察し続けた。しかし、彼女の姿を見ることはできなかった。


 その晩遅く、蒼は隣の部屋に住む親友であり恋人の燐・黒羽にノックされた。


「お入りなさい」


 蒼の声に応えるように、ドアが開く。そこには、いつもの黒羽くろはの姿があった。漆黒のショートヘアに、凛とした眼差し。彼女の纏う深紅のシルクのパジャマは、その白い肌を引き立て、まるで薔薇の花びらのようだった。


「蒼よ、大変事態が発生したわ」


 黒羽の声には、普段の冷静さが欠けていた。


「月姫様が姿を消されたのよ」


 蒼は驚いて身を起こした。彼女の「闇の予感」は的中したのだ。


「黒羽、私は昨夜、月姫様の異変を目撃したわ」


 蒼は昨夜見た光景を黒羽に説明した。二人は顔を見合わせ、すぐさま寮長に報告することを決意した。しかし、寮長は彼女たちの懸念を真剣に受け止めてくれなかった。


「きっと実家に帰られたのでしょう。心配には及びませんよ」


 寮長の言葉に、蒼と黒羽は納得がいかなかった。


「私たちで調査するしかないわ」


 蒼の決意に、黒羽は頷いた。


「ええ、月姫様のために、私たちにできることをしましょう」


 二人は固く手を取り合った。その手の温もりが、互いの決意を一層強くする。


「さあ、闇に包まれた真実を、この手で明らかにしましょう」


 蒼の言葉に、黒羽は微笑んで応えた。


「ええ、どんな謎も、私たちの前では白日のもとに晒されるのよ」

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