第6話 迷子の親を探す
とある蒸して暑い昼下がり、夕飯の具材を揃えようと、唯念君と商店街を歩いていたときのことである。比較的大きなゲーム屋さんの前で、ぼろぼろと大粒の涙を流して泣いている、5,6歳と思しき小さな男の子が居た。あたりに親御さんと思しき人は一人もみられない。怒られて外に立たされているのだろうか…? いや、それは考えにくい。私は駆け寄り、
「大丈夫? お父さんかお父さん、どこかにいっちゃったの?」
「っぐ…はぐれちゃった…」
目を拭う彼。
「そうなのね。お母さん?」
「うん。ゲームソフトを見てる間に買い物をするって言ったっきり、戻ってこないの」
「どれくらい前にいなくなっちゃったの?」
「んー…」
お店のガラスドアの向こう、壁に貼り付けられた丸い時計を見る男の子。
「二時間前くらい前」
これは大変だ。場合によっては警察に連絡しなければならないだろう。
「ぼっちゃん、もしかしてスマホとか、もってない?」
「ううん、今日はおうちに置いてきちゃったの」
「そう。お母さんの番号、わかる?」
「わからない」
言うと、再びしくしくと鳴き始めてしまう子ども。どうしたらよいものか。
「ね、唯念君、どうしよう」
「ここで待っていても来るかどうかは怪しいですね。そもそも親御さんが必ず戻るとおっしゃっていたなら、泣く理由もありませんし…いや、あまりに長い時間待ったから泣いている、ということも考えられるでしょう」
合点がいく言葉だ。
とりあえず唯念君のアイディアで、唯念君にはお留守番としてゲームショップに居てもらい、私は其の子の姓を聞き出して一緒に動き、商店街数十メートル半径の中で大きめの声で訪ね歩くことにした。
「熊川さん、いませんかー」
「健太くんのお母さん、いませんかー」
「熊川さん、お子さんが迷子ですー」
梨の礫である。母親は全く姿をみせる気配すらない。仕方がないので、ゲームショップに戻ることにした。相変わらず唯念君が一人で佇んでいるだけだ。
「どうしよう唯念君、警察に電話したほうがよさそうね」
「そうですね」
数分後、近所の駐在所から若い男性の巡査さんがやってきた。
顔を見るなり、
「熊川健太くんだね。お母さんは暑さでちょっとしんどくて駐在所で待ってるから、もう大丈夫だよ」
私と唯念君は思わず顔を見合わせた。
「お巡りさん、どうしてわかったんですか」
「どうもですね、行き違いになったみたいなんです。お母さんがそろそろ戻るかと思って外に出ていたら、お母さんはいなかった。で、探そうとしてしまって、その場を離れる。今度はお母さんが健太くんに合流しようとショップに戻ったら、健太くんがいなかったので、私どもの詰めている駐在所にいらっしゃった、というわけなんです」
健太くんが感極まったのか、大泣きを始めた。私は彼の手をとってあげて、
「よかったね、健太くん」
言うと、さらに鳴き声がボリュームアップした。
健太くんを駐在所に送り届ける間に、お巡りさんに色々と話しを伺った。巡査さんの名前は御手洗群馬というらしい。数年前に警察官になった、23歳になりたての身、だという。
「試験は筆記試験が難しくてですね、模擬テストでは何度も何度も落ちたんですよ。でも、合格できて、今こうして警察官をやれてるのも、こうやって健太くんを無事届けられるのも、それもこれも、ご縁さんにいただいたこれのおかげですよ」
右手の指が指した左手首を見ると、数珠ブレスレットというのだろうか、腕輪がしてある。星月菩提樹がメインで、アクセントに印度翡翠があしらわれているものだ。
(…私、この腕輪の材質まで……知ってる…?)
「これをつけたまま筆記試験を受けたら、通ったんです。ただ、先輩にややこしい人が一人いてはって──その方は異動になったんですが、ともかくネックレスやブレスレットの類は外せ、と言って聞かなかったんですよ」
「なるほど」
「でも僕は抗いました。この功徳のおかげで、そうして警察官になれたのだから、って」
駐在所には、これまた泣きに泣いているお母さんが居た。飛んできて息子を抱きしめる。
「健太ァ! お母さん、心配したのよ!」
「うわぁぁん、お母さーん!」
迷子事件は、無事解決したのである。
帰り道、もといお買い物の最中、唯念君が数珠ブレスレットについて教えてくれた。門徒さんでもあった巡査さんが、二年ほど前、試験勉強がうまくいかずに悩みまくった末、私の寺に頼みに来たという。
「西楽様は、『私が一生懸命編みました。救いは今ここにある、合格でも不合格でも、あなたは救われているということを覚えておいてください』とおっしゃってましたよ」
聞けば、私はなんと14歳ごろから住職としての務めを始めていたらしい。
これからどんな悩み相談が来るのだろう。
緊張するとともに、こんなポンコツな私でも人助けが出来てありがたい、唯念君のような助手が居てくれて本当にありがたい、と阿弥陀様に感謝するのだった。
☆☆☆
次回は、『桜から数珠を造る』ですよ。お楽しみに。
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