第5話 芋を一緒に植える
今日も今日とて、色々と門徒さんが法要や相談に訪れる。
今回の朝一番の相談は、「息子夫婦が急用で来れなくなったから、男爵芋の種芋を植えるのを手伝って欲しい」という老婦人からのものだった。
この不思議な境遇になってから、そういえば一度も土に触ったことがないなと気づいた私。しかし、折々、門徒さんが人参やら玉ねぎやらをおすそ分けしてくださるということを唯念君から知り、農作業がどういう工程でなされているのかにも興味が出てきた。今回の相談はその絶好のチャンスといえよう。
眼の前の老婦人の名は東国原美由紀さんという。御年87歳。背中が若干曲がっている気がするが、見るからに鍛え上げられた筋肉をしてそうな身のこなしである。よぼよぼと歩くのでもなく、じわりじわりと歩くのでもなく、60代、いや50代といっても過言ではないような健全な歩きっぷりだ。
「ご縁さん、いかがされました?」
一瞬、物思いから覚めたようになる私。
「あ、いえ、何でもありません」
「うちの畑は車で5分ほどです。どうぞ乗って行ってください」
美由紀さんの運転するのは年季の入った軽トラ、ズツギ・キャピーである。唯念君は荷台でがんばってもらうことになった。だが、そもそも人を荷台に乗せるのは合法なのだろうか?
「唯念君、乗っても大丈夫?」
「問題なしです、西楽様」
美由紀さんが付け加える。
「いつも唯念君に手伝ってもらうときと一緒、わしはじいさまを横に、唯念さんは後ろにと決まってたんですわ。モノ守るときゃあ最低限の頭数乗せてもいいんですよ」
ご主人は数年前に大往生を遂げられたとのことだ。
「そうなんですね」
そうこうしているうちにあっという間にじゃがいも畑に到着した三人。
唯念君が感嘆し、
「うわー、相変わらずだだっ広い農園ですねぇ」
と言う。美由紀さんは、
「種芋は、ここの中に。スコップはこちらです。だいたい、このくらいの」
右手の親指と人差し指を広げて、
「これくらいの深さに埋めてくださいな」
「わかりました」
「種芋と種芋の間隔は、どれくらいにしたらよいでしょう?
すると美由紀さんは今度は右手と左手の平をつなげ、
「小指から小指くらいの長さ、これくらいですな」
30cmくらい、といったところだろう。
「では、よろしくお願いしますよ、ありがとうございます、ご縁さん」
「とんでもない。では、植えていきましょう」
「始めましょうか」
「はい、始めましょう」
そして種芋植えが始まった。
作業は意外と早く終わり、幸いなことに美由紀さんの家でお昼ご飯に預かることとなった。美由紀さんは近所でも指折りの料理家らしく、かなり凝ったものを出してこられた。彼女がご自身一番、お昼に食べたいという野菜キーマカレーである。野菜は衣をつけてフライされ、肉さえ使っていないが、ヴィーガン用のミートを使ってひき肉にしているのだそうだ。野菜はもちろん自分の農園でとれたもの。スパイスにいたっては、何とインターネットで海外から取り寄せているという。
その作り方はこうだ。まず、フライパンにてオリーブ油を熱する。次いでみじん切りにしたニンニクをたっぷりと放り込み、スパイスを順に加え、炒める。そこに秘伝の継ぎ足しカレーペーストをわずかの牛乳を加えてじっくりと煮て、一旦そばに置く。次いでミートである。燻製にしておいた塊を挽き、熱したフライパンでとことん炒める。最後に先ほどのペースト状のものと和えて、水気を飛ばして完成だ。
「すごくいい香りです。香ばしいだけじゃなくて、甘くて、辛くて…旨味すら感じますね」
唯念君はといえば、カレーを目の前にして文字通り目をキラキラさせている。
「これ、ほんとに全部美由紀さんの手製なんですね…!素晴らしいと思います」
「いえいえ、いつもどおりに作っているだけですよ。さぁ、召し上がれ」
私達三人はほぼ同時に合掌し、ほぼ同時に「いただきます」と言った。
これが旨いのである。野菜は、外はサクサク、中はしっとり。変に漬けたりしていない分、野菜本来の味がそのまま味わえる。ミートは本物の肉といってもいい程の噛み心地と喉越しなのだ。肝心のカレー味は、ミートと合わさって絶妙なカレー「らしさ」を醸し出している。
「レシピはどこで覚えはったんですか?」
問う私。
「若いころ、インドで料理学校に通ってたんですよ。そこのレシピを忠実に守ってきたんでさ。日本人の口に合うように、辛さと塩辛さの塩梅とかは加減するけどねぇ」
普通に、町の旨いインドカレー屋さんで食べるようなクオリティのカレーを、人様のお家──しかもご老人の手によって味わえるだなんて、私はなんて幸せなんだろう。私と唯念君は、あまりの美味しさあまってか、わずか5,6分ですべて平らげてしまった。美由紀さんが厨房に向かう。
「ね、唯念君、美味しかったね」
「はい、西楽様」
「あ、カレーがほっぺたについてるよ」
「えっ、恥ずかしいな」
両頬を指で確かめる少年。
(ふふ、ほんとは顎に付いてるんだけどね)
「私が取ってあげる」
言って、人差し指で顎先についたカレーの残りを拭ってあげる。
「す、すみません…」
そんなことをしている間に、美由紀さんが、お盆にプリンらしきものを乗せたプレートを積んで戻ってきた。
「じゃ、デザートはラッシープリンです」
カレーで良い汗をかいたが、このラッシープリンもまた冷涼感に溢れているものだった。
帰りは美由紀さんがお寺まで送ってくれた。なんと恵まれているのだろう。
家路に戻る車の窓から腕を出してバイバイする美由紀さんをお見送りすると、私は唯念君に向き直ってあらためてこう言う。
「カレー、おいしかったね」
「ありがたいですね。本来ならいくらか包んででも食べる価値の在るカレーですよね、ふふふ」
「うっフフフ」
其の夜、夢の中で私は唯念君とインドを旅行しているふうな不思議な情景を見た。そこで美由紀さんとも出会え、感謝の声を届ける私だった。
☆☆☆
次回は、『迷子の子供の親を探す』ですよ。お楽しみに。
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