第3話 住職、早起きして音楽に目覚める
私は早朝、しかも三時半に目が覚めてしまった。
住職の朝は早いとはいえ、これは早すぎだ。
もぞもぞと布団に戻り、がさがさと寝返りをうっていると、
「西楽様、お目覚めですか」
隣の部屋から声がする。
「え? あ、ごめん、起こしちゃったかな」
「そうかと思って朝げのご準備をしておりました」
「朝…ごはん?」
はきはきとした溌剌な声で、
「はい。お気に召されると嬉しゅう存じます」
直食は、ご飯、みそ汁、漬物、小松菜の炒め物に、アジの塩焼き。
デザートのプリンまであった。シンプルながらお腹がいっぱいになる。
「ふう、おいしかった。ごちそうさま」
「お粗末様でございます」
「そういや今更だけど、思いっきり魚を食べたよね。大丈夫なの?」
「肉食に関しては、このお寺の宗旨では全く問題ございません」
「ほえー」
我ながら間抜けな答え方をしてしまったものだ。
その後、五時くらいから「
「あとは、順序ね」
「そうですね」
「不思議ね、自分の読む声で覚えられたら一番なのに、どうして他人様の声じゃないとだめなんだろうね」
「ん-…仏様に戴いた賜物、というものなのでしょうね。全部自分で覚えられたら、それはそれで慢心してしまいそうじゃありませんか?」
「それは、そうね」
「そ、それに…僕は、さい…いえ、木之葉様のお声を聴くのが…」
もじもじとする唯念君。
「す、す……」
「?」
「す……恥ずかしいなぁ、もう。言わせないでくださいよ!」
言うと背中を向けて行ってしまった。
「ちょっと唯念君!どこ行くの!」
遠くから、
「早風呂を浴びてきます。…お菓子がお部屋にございますので、ご賞味ください」
と聞こえてくる。
草庵の離れにお風呂専用の部屋があるのである。そこに行くのだろう。
「やれやれ、困った男の子だなぁ」
苦笑いを浮かべながら彼の背中を目で追う。
早起きは三文の得という。
私は、壁の一面を占めていた棚に、これほどまでもかというぐらいに積みあがっていた『ヘラヘラしてんじゃね~よ』という、タラのすり身を使った駄菓子を見つけた。一つを開封し、お経を脳内でそらんじながら、噛みしめてみる。
旨い。
おそらくは私の好みのお菓子だったのだろう。新鮮ながらも懐かしい味がする。何もかもが新しい経験である。何もかもが大切な経験となっていく。
再び本堂に戻り、木魚を叩いてみる。
ぽく、ぽく、ぽく。
リズム。拍子。
閃くものがあった。
そういえば、「パソコン」で「作曲」が出来ると、どこかの誰かが言っていた記憶がある。どうしてそんなことを思いついたのだろうか、皆目見当が付かないが、ともかく私はトンボ返りをして草庵に戻り、パソコンの電源を入れ、「ソフトウェア」があるかどうかを確認した。『フルーツ・ビート・ステュディオ』。恐らくこれだろう。
画面を開くと、摩訶不思議な画面が現れた。試しにキーボードのLを押してみる。音が鳴った。マウスを動かし、とある場所の上でクリックし、ブロック(部品? 音符? 何というのだろう)を左から右へと配置していき、「再生」ボタンを押す。
──音楽になった! さらに、「音色」のボタンを押してみる。音色一覧という画面が出て、「ギター」「マンドリン」「バイオリン」などの楽器名が表示される。試しに「ギター」を押してみると、音色がまるまるギターに変わった。
(なんで、こう懐かしい気持ちになるんだろう)
そうこうしているうちに唯念君が戻ってくる。
「唯念君、これ、なぁに?」
画面を見た唯念君は、ピンと来るものがあったらしく、
「おっ、西楽様、お目が高い。DTMってやつですね。前の…いえ、木之葉様が得意とされていた、パソコンでの作曲です」
と云う。
「そうなんだ。使い方がまだわからないんだけれど」
「僕にお任せください。少しなら、木之葉様に教わっておりましたから」
訊くと、お祭りや各種イベント、ダンスクラブなどでDJやビートメーカーとして活躍していた一面もあったとのことだ。草庵の本棚を改めて見てみても、音楽理論やら合成音声ソフトの解説書やらが多数を占めている。
が、一冊場違いらしき本を見つけた。『桜に関する雑学』とある。
唯念君もそれに気づいたらしく、
「そのご本は、西楽様が何より大切にされていた、桜に関する『うた』を多数収録しているんです」
「うた?」
「ええ。
「DJをしてた、ってことなの?」
「そうなりますね。若い方たちが望んで檀家さんに加わってくれたのも、そのお陰といえましょう」
誇らしげな唯念君。
DJ住職は珍しくないというが、若者だけでなく、老若男女にもウケがいい楽曲を作るのが得意だった、とのことだ。過去のファイルを聴いてみても、ヒップホップのみならず、デスメタル、マキナ、ポップスそして演歌にいたるまで、様々な「法話ソング」がいっぱいあった。
私も音楽は嫌いではない。むしろ、この過去の私に追いつけ、追い越せと思わされるのであった。
☆☆☆
次回は『消えた道具箱』ですよ。お楽しみに。
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