冒険99.みちるの流産
====== この物語はあくまでもフィクションです =========
============== 主な登場人物 ================
大文字伝子(だいもんじでんこ)・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。
大文字[高遠]学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。
愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。階級は巡査。
愛宕[白藤]みちる・・・愛宕の妻。巡査部長。
久保田[渡辺]あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。
橘なぎさ一佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。
金森和子空曹長・・・空自からのEITO出向。
増田はるか3等海尉・・・海自からのEITO出向。
大町恵津子一曹・・・陸自からのEITO出向。
田坂ちえみ一曹・・・陸自からのEITO出向。
馬越友理奈二曹・・・空自からのEITO出向。
浜田なお三曹・・・空自からのEITO出向。
日向さやか(ひなたさやか)一佐・・・伝子の替え玉もつとめる。空自からのEITO出向。
斉藤理事官・・・EITO司令官。EITO創設者の1人。
新町あかり巡査・・・みちるの後輩。丸髷署勤務。EITOに出向。
結城たまき警部・・・警視庁捜査一課の刑事。EITOに出向。
物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。故人となった蘇我義経の親友。
物部[逢坂]栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。蘇我と学生結婚したが、蘇我は、がんで他界。最近、物部と再婚した。
依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。宅配便ドライバー。
小田慶子・・・依田の婚約者。やすらぎほのかホテル社長秘書。企画室長。
南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。
南原[大田原]文子・・・学習塾を経営。南原の妻。
南原蘭・・・南原の妹。美容院に勤務。山城の婚約者。
山城順・・・伝子の中学の書道部後輩。愛宕と同窓生。海自の非常勤一般事務官になった。
福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。
福本[鈴木]祥子・・・福本と同じ劇団員だった。福本の妻。
服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。
服部[麻宮]コウ・・・服部の、押しかけ女房。
江南(えなみ)美由紀警部補・・・警察犬チーム班長
久保田誠警部補・・・警視庁捜査一課刑事。EITOの協力者。あつこの夫。久保田管理官の甥。
久保田管理官・・・EITO前司令官。
草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。
大文字綾子・・・伝子の母。介護士をしている。
藤井康子・・・元伝子のマンションの区切り隣の住人。モールで料理教室を開いている。
森淳子・・・元依田のアパートの大家さん。元蘭の大家さん。
一ノ瀬孝・・・海自一佐。橘なぎさ一佐の婚約者。EITO準隊員。
本庄時雄・・・本庄病院副院長。
辰巳一郎・・・物部が経営する、喫茶店アテロゴの従業員。
市橋早苗・・・移民党総裁。現総理。
麻生島太郎・・・移民党副総裁。副総理。
南部総子・・・伝子の従妹。EITOエンジェルズのチーフ
窪内真二郎・・・窪内組組長
遠山新八・・・遠山組組長
ジョー・タウ・・・以前、伝子と対戦した那珂国人用心棒。
ジャック・タウ・・・以前、伝子と対戦した那珂国人用心棒。ジョーの弟。
天童晃(ひかる)・・・かつて、公民館で伝子と対決した剣士の一人。EITO準隊員。
副島(そえじま)はるか・・・伝子の小学校の書道部の先輩。書道塾を経営しているが、EITOに準隊員として参加。
筒井隆昭・・・伝子の大学時代の同級生。伝子と一時付き合っていた。警視庁副総監直属の警部。警視庁からの出向。
夏目房之助・・・市場リサーチの会社を経営。実は警視庁からの出向の警視正。
他に、EITOエンジェルズ・・・EITO大阪支部精鋭部隊。
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==EITOとは、Emergency Information Against Terrorism Organizationを指す==
==エマージェンシーガールズとは、女性だけのEITO本部の精鋭部隊である。==
==EITOエンジェルズとは、女性だけのEITO大阪支部精鋭部隊である。==
午前2時。本庄病院。
みちるが目を覚ました。愛宕はすぐにナースコールを押した。
目の前に、愛宕とあつこと久保田警部補がいた。
「あなた。家は?」「今、消火活動中だ。」愛宕は、ぶっきらぼうに応えた。
「叔父様は?叔母様は?」「無事だよ。」と、久保田警部補が応えた。
「赤ちゃんは?」「・・・。」愛宕は答に困った。
本庄副院長が看護師を伴って、病室に入って来た。みちるは怒号と嗚咽を始めた。
廊下に伝子となぎさが入って来た時に、二人は、その騒ぎに出くわした。看護師の一人が走って来て、病室に入った。入れ替わりに、久保田警部補とあつこが廊下に出てきた。
「あつこ。まさか。」「その、まさかよ。みちると愛宕君は署長夫妻を脱出させるのに精一杯だった。みちるの火傷は大したことなかったけれど・・・。」あつこは言い淀んだ。
あつこは首を振った。その時、久保田警部補のスマホのバイブが鳴動した。
久保田は、少し離れて小声で話していたが、やがて電話を切って、伝子達のところに来た。「全焼だそうです。消防士は、タダの放火じゃない、と言っているそうです。」と久保田は伝子に報告した。
「恐れていたことが現実になってしまった。セキュリティーシステムは?」「『歩くソックス』に入っていますが、それ以外にも警察に届く通信システムもブラックボックスもあります。緊急記録システムです。町内の監視カメラも実は、他の地域の倍近くあります。」
「放火犯人は現場に戻るって言いますよね。」「ええ。捜査はこれからです。署長夫妻は、取り敢えず当家に宿泊して頂きます。青山警部補が連れて行きました。」
二人の会話を聞いていた、なぎさが「おねえさま。奴らの仕業では?」と伝子に尋ねた。
「ああ。多分な。」と伝子は短く応えた。
同じ頃。大文字邸。高遠は理事官と話していた。
「初産が流産なんて。みちるちゃん。自分を責めるでしょうね。」「うむ。折角激しい運動を避けていたのに、残念だよ。また詳しい情報が入ったら、報せるよ。お休み。」
午前9時。大文字邸。
高遠のスマホに電話があった。愛宕だ。ひょっとしたら、みちるが?と高遠は思ったが、違った。
「昨日、先輩達、ウーマン銭湯に行ったでしょ。」「うん。」「あそこの店長さんが、貸し切りだったことにクレーム入れる振りした女がなんだかんだ探りを入れてきたらしいんです。前に協力した時に防犯カメラ、隠しカメラで色んなところにセットしたいたんで、その場所に誘導して映像を残したらしいんです。今朝早く、警視庁宛にメールで送ってきてくれて、もしやと思ってウチの家に仕掛けてある隠しカメラの映像と比較したんです。」
「残ってたの?全焼したのに。」「家の中じゃないですよ。お隣の家の植木の中。協力して貰っているんです。それで、同一人物がウチの近くをうろちょろしていました。」
「じゃあ、放火犯は間違いなく奴らの一味ですね。」「すぐに指名手配して、マスコミに発表すると管理官が言っていました。まあ、下っ端でしょうけど、いよいよ手段を選ばないようになったということです。みちるがEITOかDDに関係していると踏んでいるのかも知れない。それで・・・。」「放火ですか。消防では、燃え方が異常だと言っていると理事官が言っていましたが。」
「さっき、消防から連絡がありました。普通は放火するときは、燃えやすい場所にライターで火を点けて火種を放り込むとか、ガソリン巻いて点火するそうですが、今回は何か薬品が混ざった液を蒔いたようです。しかも、導火線を使っている。」「凝ってますね。」
「だから、死の商人の一味の仕業ですよ。」「愛宕さん、今どこです?」
「丸髷署。病院にいても仕方ないし。マスコミが嗅ぎつけて、消防車が早く着いたのは、身内の家だからだろうとか揺さぶりをかけて来ました。腹立つから、僕はそっと、撮影しました。」「貴重な画像ですね。その記者も奴らの仲間ですね。」「え?そうなんですか?」
「『身内』って言ったんでしょ?」「ええ。」「世帯主は誰です?みちるちゃん?」「いえ、僕ですけど。」「署長の身内はみちるちゃんでしょ?」「あ。そうか。」
「巨産主義者の最大の欠点は『自慢したがり』だそうですよ。既に馬脚が現れている。」「写真、捜査本部に上げておきます。」「多分、偽記者ですね。でも、本物かどうか確かめる必要はあるかも。」
高遠は電話を切った後、Linenのメッセージを読んだ。DDメンバーから色んなメッセージを受け取っていたことが分かった。」
【依田:俺には慶子と社長を守る自信がない。】
【福本:祥子も身重だ。先輩。どうしよう?】
【物部:店と栞を守るには?大文字。高遠。知恵があったら、教えてくれ。】
【服部:僕は海自に寝泊まりすればいいけど、コウさんはどうしたらいい?】
【山城:僕だけでなく、蘭ちゃんもやはり狙われますよね?叔父さんやおばあちゃんはどうしたらいいですか?】
【南原:文子さんは、どこかに避難する位なら、僕と一緒に死ぬ、って泣きました。】
【文子:龍之介さんだけでも助けて下さい。】
【慶子:俊介だけでも助けて下さい。】
【祥子:お腹の子供だけ何とか助けられないかしら、先輩。】
【栞:物部だけでも、EITOのシェルターに逃げられないかしら?】
【コウ:私は最近入ったので、敵は知らないと思います。】
【蘭:私はお兄ちゃんのところへ行きます。】
【山村:一度、テレビ会議したら、どうかしら?高遠ちゃん。】
高遠は、PCで皆のLinenメッセージを表示させた後、愛宕に電話して、内容を伝えた。
「愛宕さん、編集長の言う通り、会議が必要です。愛宕さんも参加して下さい。」
1時間後。EITOの作業班が新しいディスプレイをセットし、高遠にシステムの説明をして帰って行った。
高遠は理事官に連絡し、EITO用のPCのディスプレイと、新しいディスプレイの中間になるように、自分のPCを置いた。2つのディスプレイにマルチ画面が映し出され、リモートテレビ会議が始まり、高遠が進行した。
午前11時から始まった会議は3時間続き、終了した。
「お腹減ったー。」誰もいない家で大きな声を出し、高遠はインスタントラーメンを作って食べた。
午後3時。物部から電話が入った。「高遠。今EITOの作業員が帰ったよ。上手く行けばいいけどな。」「副部長なら大丈夫ですよ。いつものポーカーフェイスでお願いします。」
続いて、福本が電話してきた。「今、作業員が来て、犬小屋の改造を済ませたよ。江南さん、こっちに常駐して大丈夫なの?僕だってジュンコの面倒見られるよ。」
また、電話が鳴った。今度は、山城から電話だ。「これから、オスプレイに乗ります。僕は一ノ瀬さんと海自で寝泊まりします。」
電話を切ると瞬く間にまた電話だ、服部からだった。「今、馬越さんが迎えに来ました。本当に現れますかね、高遠さん。」「分かりません。囮を頼んだりして済みません。」「いや、僕が言い出したことですから。」
「順調かな?」と言って現れたのは、依田と慶子だった。「済まないな。俺たちだけEITOのシェルターで。今行ったけど、映画のセットみたいだな。ちゃんと家があるのに、ドア開けたら、基地の中って。」「気にしないでいいよ。有給休暇取れた?」「うん。」「僕はね、ヨーダ。一度襲った相手は襲わないと思うんだ。襲ったのは社長でもターゲットはヨーダだったろ?」「じゃあ、副部長を襲って失敗したら、副部長は、今後無事ってこと?」「そう。拘る理由がないからね。でも、用心の為EITOがシステム入れたよ。」
「やっぱり高遠さんは名探偵ね。」「おだてないで。まだ作戦は始まったばかりだよ。」
そこへ、森と綾子がやって来た。「婿殿。森さんも泊まっていいのね。」「はい。森さんはヨーダと蘭ちゃんの大家さんではあるけど、大文字関係者だからね。そう言えば、蘭ちゃん、着いたかな?」
その時、EITOのPCが起動した。理事官が映った。「南原蘭さんを送った結城警部から連絡が入った。あおり運転まがいの車が来たので、後方支援の白バイに任せた、と。もうすぐ南原家に着くだろう。」
南原から高遠にLinenのメッセージが届いた。【蘭が到着した。】
午後4時半。喫茶アテロゴ。
物部と栞が忙しく働いている。
若いカップルが入って来る。注文を済ませると、男の方が外にスマホの電話をかけに行き、帰ってくると、女の方がトイレに行く。その間に物部は注文のコーヒーを2つ、テーブルに置いた。
女がトイレから帰って来ると、コーヒーがまずいと言い出した。女が男と揉めだした。
物部が喧嘩を割って入って止めようとすると、カップルは物部に殴りかかった。
物部は平気な顔をして、「痛いな、お客さん。」と言った。
青山警部補とあかりが、それぞれカップルに手錠をかけた。「現行犯だからね。録画もしているよ。」他の席の客も立った。
「え?警官?」「ご明察。じゃ、署で詳しく話を聞こうか。」そう言って、青山警部補は栞と物部に会釈して、他の警察官と出ていった。
辰巳が、奥の倉庫から出てきた。「どうだ?」「ばっちりですよ、マスター。」
同じ頃。服部は馬越の運転する車に乗っていた。
「今のところ、何もないですね。お送りした後、私が張り番していますから。」「自衛隊でも張り込みってあるんですか?」「まさか。あつこ警視が誰か派遣してくれるそうです。私は、オマケ。」「オマケですか。」二人は笑った。
アパートに入ると、コウが待っていた。「馬越さんの夕食はいいの?あなた。」と、服部に言うコウに、「お構いなく。交代したら食事とりますから。」
午後5時。
依田と慶子がやってきた。どうやら、EITOの基地内の家では落ち着かないようだ。
「どうも、大変なことを見逃していたようだよ、ヨーダ。」「どうした?」と、依田が尋ねると、「慶子ちゃん。ウーマン銭湯って何時閉店?」と高遠は依田には答えず慶子に尋ねた。
「午後8時。」「ウーマン銭湯にいたのは?」「午後5時から午後6時。」「貸し切りは、伝子さんが連絡したのかな?」「いや、銭湯から。ちょうどいい、って先輩が腹ごなしに誘ってくれたの。」「何で貸し切り状態だから、ってクレームつけた客がいたんだろう?6時まで待てばいいのに。」
「その時間に入りたかったんじゃないの?」と横から依田が言った。
「普通、諦めないかな?」と高遠が言うと、「まあね。僕は違うことが気にかかっているんだけど。」と依田が言いだした。
「なんだい?」「先輩、死んだことになってなかった?」「なってた。池上病院に行った時にばったりあったんだよ。」「で、ばらした。」「うん。みちるちゃん家が燃えだしたのは、何時だっけ?」
「午後9時。特殊な薬品を混ぜた灯油だそうです。」答えたのは、入ってきた愛宕だった。「それで、燃え広がったのが午後11時。」愛宕がため息をついた。
午後5時半。高遠はEITO用のPCを起動させた。
「草薙さん、ウーマン銭湯のこと、調べて貰えませんか?先代の経営者のことから。」と、高遠は言った。「うーん、何か考えがあるんですね。調べましょう。」
話の途中で、高遠のスマホが鳴りだした。高遠が出ると、「高遠さん、Linenのメッセージ読んでくれた?」と愛宕が言った。
「ごめん、まだだ。」高遠は、スマホのスピーカーをオンにした。
「市橋総理が誘拐されたんだよ。犯人からの要求は身の代金じゃなくて、エマージェンシーガールズ13人との交換だって。」電話を切った高遠は「14ひく1は?」と呟いた。
午後6時半。テレビナショナル。
以前はテレビAという仮名だったが、今はそう命名されている。一般には、テレビ1と呼ばれている。
政府とEITOの合同記者会見場は、テレビナショナルのスタジオになった。リモートによる会議で、マスコミしかスタジオにいない。
画面の斉藤理事官と、麻生島副総理は苦虫を潰している。斉藤理事官は状況を説明した。
「午後5時。総理官邸に煙幕弾が撃ち込まれました。スナイパーの仕業だと思われます。SPがすぐに対処しましたが、SPに化けた犯人に連れ去られてしまいました。そして、こともあろうに、EITOのエマージェンシーガールズとの人質交換を要求してきました。場所と時間はまだ分かりません。」
理事官に続いて、副総理が発言した。「政府は早急に閣議を開きます。野党の皆さんやマスコミの皆さんは、ご不満だろうが、閣議決定で緊急対処します。」
また、理事官は言った。「事件が解決次第、詳細を発表します。犯人を刺激することになりますので、取材等の活動はお控えいただきたい。」会見は、僅か5分で一方的に終わった。会場の記者たちは不満を漏らしたが、かまわず副総理と理事官は退席した。
大文字邸。
高遠たちは、テレビを見ていたが、突然終わったので、テレビを消した。
午後7時。
慶子が作ってくれたハヤシライスを依田と高遠は食べた。
コーヒーを飲んでいると、EITO用のPCが起動し、画面に草薙が映った。
「お待たせしました、高遠さん。大変なことが分かりました。ウーマン銭湯のオーナーは偽物かも知れません。先代夫婦には子供がおらず、銭湯は赤字で一旦閉店しました。近所には適当にごまかしていたようですが、いつの間にか後を継いだ形になっています。夫婦の死亡届は出ていません。また、改造に関して金融機関から融資を受けておらず、夫婦の預金も手つかずです。改造資金はなしでした。詳細は分かりませんが、乗っ取られたと考えてよさそうです。何か役に立ちますか?事件はまだ起こっていないようですが。」
「ええ。もう起こっていますよ。」画面が消えた後、愛宕は「死の商人の拠点だった、ということですか、ウーマン銭湯は。」と驚いた。
「そうです。伝子さんと一佐がEITOに戻り次第、会議をしましょう。もう病院を出たはずだから、8時くらいになるかな。」と、高遠は言った。
「愛宕さんは、ついていなくて大丈夫だったの?」と、依田が尋ねると、「追い出されちゃった。家はまだ入れないし。」と愛宕は舌を出した。
「今夜は、ウチのゲストルームに泊まってください。明日は忙しくなりますよ。」
午後8時半。EITOのPCが起動し、画面に理事官と伝子となぎさとあつこが映っている。
伝子は高遠の報告と推理に驚いた。「理事官・・・。」
「うむ。頷ける所が多いな。誘拐犯人から副総監宛に連絡が入った。人質交換は明日午前9時。場所は神明球場だ。心して作戦を練ろう。」
翌日午前9時。神明球場。
バッターボックスに市橋総理が、椅子に座った姿勢で縛り付けられていた。
側に1組の男女が立っていた。アメリカンポリスらしき格好をしている。目にはマスクをしている。
一方、ピッチャーマウンドに檻が設置されている。エマージェンシーガールズが入場した。
女は言った。「檻の中に入れ、エマージェンシーガールズ。そして、鍵をかけろ。」
ぞろぞろとエマージェンシーガールズは檻に入り、その一人が鍵をかけた。
「今度は、そっちの番だ。総理の縄を解け!」と、その一人は言った。
「いいだろう。おい。」男は、女の命令通り、縄を解いた。
数分が経過した。男女は総理を解放しようとしない。
「エマージェンシーガールズ、素顔をさらせ。それが総理を解放する条件だ。テレビ中継で全国に晒すんだ。顔を、恥を。」居丈高に言った。
エマージェンシーガールズは、何やら話し合いをしていたようだが、やがて、一人ずつ顔のマスクを外して行った。
それを見ていた女は、慌てて檻に近寄り、「ち、違う!こいつらは・・・大文字は、大文字伝子は誰だ?」と叫んだ。
最後に顔のマスクを脱いだ、エマージェンシーガールズの一人、日向が言った。「私が大文字だ。」「違う。ちがーうう!!」
「じゃあ、こっちはどうだ?」女が声の方角を見ると、総理の側にいた男は倒れ、一人のエマージェンシーガールが足を乗せていた。そして、反対側に総理は立ち、総理が座っていた椅子にワンダーウーマンが悠然と脚を組んで座っていた。
「くそ!!みんな、出てこい!!」女が叫ぶと、三塁側から大勢の男達が走り出た。
エマージェンシーガールズは、簡単に檻を出て、一塁側から避難した。入れ替わりに、ワンダーウーマン軍団が現れ、暴漢達と闘い始めた。『幸い』、拳銃を持った者はいない。ダイナマイトを腹にくくった者もいない。
ワンダーウーマン姿の伝子が、顔のマスクを取り、『音の出るホイッスル』を吹き、合図を送った。そして、伝子は総理にウインクしてみせた。
すると、暴漢達は二手に分かれ、闘い始めた。一方の暴漢達は、もう一方の暴漢達とワンダーウーマン軍団によって、劣勢に追い込まれた。
「くそ!!」女は拳銃を取り出し、乱闘している方向に銃口を向けた。
伝子は『ティアラ』を、女の方向に投げ、ブーメランを跳ばした。
ブーメランはティアラを撥ねて、ティアラは女の頬を掠めた。そして、女の顔のマスクが外れ、顔が露わになった。「やっぱりな。」
伝子は、女の方向、ピッチャーマウンドに向かって走った。後方から飛んできたシューターが女の拳銃を弾き飛ばした。シューターとは、EITOが開発した、うろこ形の手裏剣で、先端に痺れ薬が塗られている。
背後に気配を感じた伝子はしゃがんだ。
「ウォーリャア!!」エマージェンシーガールの一人が走って来て、伝子の肩をステップにして飛び、女にニー・キックを見舞って着地した。
女は失神した。愛宕が走って来て「通称リン・磯子。色んな罪で逮捕する。」と言い、手錠をかけた。青山警部補が近寄ってきて、愛宕に頷き、女を連行した。
「みちる。よくやった。」伝子はエマージェンシーガールの一人に言った。
みちるは、エマージェンシーガールの顔のマスクを取り、「おねえさま。おねえさま!」と伝子に泣きながら抱きついた。
エマージェンシーガールの顔のマスクを取り、総子が言った。
「もう。みちるちゃんたら。好かんな。一番エエトコ取って。一個『貸し』な。」
市橋総理が伝子に近寄り、言った。
「羨ましいわ。大文字さん。素晴らしい部下に素晴らしい『いもうと達』。貴女たちに恥じない政治をするわ。」
エマージェンシーガールズと交替した、ワンダーウーマン軍団が伝子の方に向かってきた。そして、『倒れていない方』の一団から窪内組長と遠山組長が言った。
「日本のヤクザもいいとこあるだろ?大文字。全員がそうかは分からないが、那珂国の連中は掃除したぜ。警察から金一封出すように言ってくれよ。」
「そいつは無理かな。ボランティアの清掃活動だからな。まあ、煎餅くらいはEITOから出るだろう。」久保田管理官が言った。
「煎餅?」「今年聞いた冗談で一番面白いぜ、管理官。」二人は笑いながら、帰って行った。
その後。二人の那珂国人の兄弟が、久保田管理官と伝子に近づいた。「とうとう、やったな、大文字。」「やっぱり大した野郎・・・お方だぜ。」「しかし、『死の商人』の幹までごっそり倒しても、違う幹はあるかも知れない。俺たちは知らないが。」「油断するなよ。」「油断?兄貴。相手は大文字だぜ。」「そうだったな。」
「ありがとう。ジョー。ジャック。また助けられたな。」「まあ、ボランティア活動が好きなだけだ。いい運動になったよ。感謝してるぜ、管理官。」
「じゃ、行くか。」久保田管理官は二人と共に引き上げて行った。一時的な出所。超法規的措置での『散歩』に過ぎないので、彼らは刑務所に戻る予定だ。
「いつか『恩赦』が叶うといいわね。」と総理は言った。
SP達が近づいて来た。「お別れね、大文字伝子さん、またSPやってね。」そう言い残して総理はSP達と去って行った。
「連行は終ったよ。」と声がするので伝子が振り向くと久保田警部補と、顔のマスクを外したあつこが立っていた。「今度は、みちるを『連行』しなくあちゃね。」と、あつこは言った。
「おねえさま。今度からはお風呂は、池上先生のところの大浴場を借りましょうよ。」と、なぎさは言った。
「それがいい。『災い転じて幸いとなす』。大敵が近くにいたことに気が付かなかったのは、お前の責任じゃない。我々も帰りましょうか、天童さん。」
副島と天童達も帰って行った。「あれ?副島さんや天童さん達って参加してたっけ?」と増田が言うと、「あそこよ。」と金森が実況ブースを指した。
「テレビ放送なんかさせるかいな。天童さん達がやっつけた奴らはもうみんな、連行されたみたいやけどな。間に合って良かったわ。伝子ねえちゃん、今日泊めてな。」総子が言うと、伝子は涙を流しながら言った。「いいとも!」
愛宕は、みちるを背負っていた。黙って歩くのを皆は止めなかった。
EITOエンジェルズメンバーが扮したワンダーウーマン軍団も帰宅の途についた。
伝子はLinenで『終ったよ』と、一斉送信したら、マルチ画面になって、DDメンバーは口々に『おめでとう。』『お疲れ様。』『祝勝会は大文字邸で。』などと言った。
「別の幹の『死の商人』かあ。」「自信ないか?なくても、やるんだろ?元カノ。」
後ろから来た筒井が言った。「自分から元カノって言うな!」涙を拭いながら、伝子がグーパンチしようとすると、素早く避けて、「ああ。総子ちゃん。夏目房之助警視正だ。初対面じゃないよな。」
「え?夏目リサーチの社長さんと違うのん?」「それは、表向き。実は副総監の直属の部下。今後は、EITO大阪支部長との連絡役も担う。よろしくね。」と、夏目は総子にウインクした。「あかん。そんなん。浮気してまう。」
「大袈裟だな、総子は。筒井、送ってくれよ。」と、伝子が言うと、「仕方ないなあ。元カレから今旦那の家に送るか。」「まだ言ってる。」
筒井のジープに乗り込む二人を見送って、夏目と中津健二は顔を見合わせ、どちらからともなく、「一杯やる?昼だけど。」と言い、笑った。
球場には、誰もいなくなった。ピッチャーマウンドには、檻と、みちるが投げたシューターと、伝子が投げたティアラが残った。
―完―
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