第90話 文化祭—3

文化祭がスタートし、ボーイ姿の俺とポムは

早速2年6組の入り口に立つ。

すると、ポムに気づいたからか、すぐに1人の先輩が教室内からトコトコ近づいてきた。


「ん!来てくれたんだ〜!」

「やっほー」


手を振りながら近づいてくる先輩に、ポムも軽く右手を振って答える。

なるほど、この人がポムのお姉さんか。

ポムと同じく茶髪で、首元まで伸びた髪はくるくるに巻かれている。身長はポムより少し高く、全体的に肉付きのいいおっとりした雰囲気の人だ。もしこの人が魔法使いだったら、得意魔法は花畑を生み出す魔法だろう。


「シュン、コレが姉の夏凛かりん

「もー、コレとか言わないでよね。けどそう、あたしは夏凛。よろしくね」

「よろしくお願いしまーす」


俺はぺこりと小さくお辞儀し、ニコっと微笑んだ夏凛先輩は俺たちを教室の中に案内してくれた。

教室には4つの机が合体した塊がいくつも並んでいて、それぞれに1人の先輩たちが座っている。どうやら、このクラスはバルーンアートをやっているようだ。


そして夏凛先輩は持ち場と思われるテーブルに着いて俺たちの正面に座り、俺たちもそれに続いて先輩と向き合うように座った。

すると、先輩は机に置いてあったバルーンアートの見本一覧を差し出してくれた。


「見ての通りあたしたちはバルーンアートをやってるの。好きなのを選んでね。1つ作ってあげるわ」


そう言いながら夏凛先輩は風船を袋から取り出し始めた。

その間、俺たちは紙を見てどれを注文しようか考える。犬やハートなどの定番なものもあれば、羊やら花束やらの難しそうなものまである。

うーん、どれにしよう…。


「ポムはどれにする?」

「んー、アタシはハートにしようかな」

「じゃあ私は剣にしよっと」

「〝じゃあ〟じゃないよねそれ!?」

「ふふっ、2人とも決まったみたいね。じゃ、その2つでいい?」

「うん」

「お願いします」

「はーい」


俺たちの注文を受けた夏凛先輩は、ポンプを風船に突き刺して空気を入れ始めた。

そして、流石バルーンアートを文化祭の出し物として行っているだけある。作成中に無言になることなどなく、先輩は風船をモニュモニュしながら話し始めた。


「ところでシュンちゃん、あなたのことは時々紗夜から聞いてたわ。イケメン系の子って聞いていたけど、本当にカッコいいのね」

「あはは、ホントですかー?照れちゃうなぁ〜」


そう言いながらポリポリ頭を掻く俺。実は、結構本気で照れている。

というのも、ポム姉ちゃんの〝お姉さん感〟が強すぎるのだ。全てを包んでくれそうな柔らかい口調も相まって、褒められると全身が痒くなってしまう。


よし、こんな時は視覚的に落ち着こう。

ポム程とは言わないが、夏凛先輩の胸も結構な大きさだ。クラスTシャツのロゴが歪むくらいにはデカい。

そんな巨胸を机に乗せながら作業する先輩の様子を眺め、俺は心の平穏を取り戻す。


そうすれば、とある引っ掛かりが見えてくるというものだ。


「…ん、てかポム、家で私のこと話してくれてたの?」

「まあね。だってさ、シュンって何かと話題が豊富じゃん」

「そう?」

「そうだよ。最近だって髪切って一気にカッコよくなってたし、そもそもシュンって目立つし」

「そっかそっか。ま、確かに私レベルになると何しても目立つかもねぇ〜」

「あーあー、少し褒めたらすぐ調子に乗るんだから」

「ふふ、自己肯定感が高いのはいいことじゃない。紗夜もそうでしょ?」

「くっ、何も言い返せん…」


下を向いて悔しそうにするポムを見て、先輩は何か思いついたような顔で俺のことを見てきた。


「そうだシュンちゃん。面白い話があるのよ?」

「お!是非是非!」

「ちょちょちょ夏凛!? 何の話しようとしてるのっ!?」


突然の先輩のセリフに飛びついて焦るポム。そんなポムのことは意に介さず、先輩はそのままニヤリと笑って話を始めた。


「あのね、紗夜のナルシストっぷりを分かりやすく伝えられる話があってね——」

「ちょちょちょちょ!」

「——紗夜、毎日お風呂場の鏡の前で色んなポーズをしながら『うん、今日もエロい!』って呟いてるのよ。もちろん裸でね。まあ、呟くって声量ではないけど」

「へえ〜!良いこと聞きました〜!」


俺は隣で「くっっっ!!」とダメージを受けて身悶えるポムの顔を覗き込む。

ポムは下唇を噛み、耳を赤くしてプルプル震えていた。

話の内容自体は別に「へえ意外!」ってなるものでもなかったが、ポムからしたら言われたくない秘密だったのだろう。それを平然と言ってのける夏凛先輩、実は結構やり手なのかもしれない…。


そんな夏凛先輩は風船をグニュグニュしながらさらに続けた。


「あとはね、特に休みの日の夜とかによくあるんだけど——」

「ちょっと夏凛!!それは流石にダメだって!!!」

「えー、ダメー?シュンちゃんも聞きたがってるよー?」

「聞きたい聞きたーい!」

「ダメ!!流石にダメすぎる!!」

「そっかー。ごめんねシュンちゃん、見ての通り今日はダメみたい」

「今日以外でもダメだからね!?」

「あはは、流石にポムが可哀想なんで大丈夫ですよ」

「あらそう。ふふ、シュンちゃんは優しいのね。良かったわね紗夜」

「いやいや、全部夏凛が悪いんだからねっ!?」

「ふふふ、聞こえなーい」


初めて見るレベルで動揺するポムと、それとは対照的に鼻歌を歌いながら笑顔を浮かべる夏凛先輩。

果たしてポムがここまで焦るナルシストエピソードとは何なのだろうか?

ああは言ったがめちゃくちゃ気になるので、いつかこっそり教えてもらおう。


そんなことを心の中で考えていると、復活したポムが反撃を開始する。


「はぁ、まったく…。夏凛、アタシのことバラしたんだから自分もバラされる覚悟あるよね?」


お、夏凛先輩にも何らかの秘密があるのか!

気になる気になる!


「もちろん。だけど、あたしにはバラされて恥ずかしい話なんてないわよ?」

「いやいや、そんなことないじゃん。例えばさ……例えば…………あれ、やっぱりないかも」


ないんかーい!!


「ほら、そうでしょ?あたしは穏便に生活してますから」

「チッ、アタシが穏便じゃない生活を送ってるみたいに言いやがって」

「少なくとも穏便ではないでしょポム」

「いやいや、それを言ったらシュンだって!」

「はは、違いない」

「素直に認めるなよー!」

「ふふふ、仲良しさんね。…っと、ほら、できたわよ」


俺たちが色々話しているうちに夏凛先輩はバルーンアートを完成させた。

黄色の剣と、ピンクのハートだ。

それを俺たちに手渡した先輩は席を立ったので、俺たちも一緒に立ち上がる。


「今日はのんびりお喋りする時間がなかったけど、また今度一緒にお話ししましょ」


そう言ってスマホを取り出す夏凛先輩。

これは連絡先交換のチャンスか!?

そう思って俺もスマホを取り出すと、俺の推測通り、先輩はLIMEのフレンド追加QRコードを見せてきた。

俺はニコニコ笑顔でそのQRコードを読み取る。


「よし、できました!」

「よかった。これでいつでも話せるわね」

「はい!」


俺の言葉に夏凛先輩は「うんうん」と頷き、

そして俺たちの体をクルリと扉の方に向けて背中を押してきた。


回転率のことを考えれば一組の客が長居できないのは妥当だ。

だから俺は、教室の扉に向かいながらの最後の会話の時間を噛み締めて過ごす。


「そういえば、2人はメイドカフェのボーイ役なんだっけ?その服装もそうだけど」

「そうだよ。アタシらはシフト午後だから今こうして回ってるの。夏凛は午後暇?」

「いや、あたしは今日一日中シフトなのよー。残念だけど今日は行けそうにないわ」

「そっか」

「じゃあ明日は呼び込みに行きますね」

「うん、楽しみに待ってるわ。じゃあ、またねー!」


先輩の見送りの声を背中に受け、俺たちは手を振りながら2年6組を後にした。


「うげー」

「めっちゃ混んでるね」


そうして廊下に出てきた俺たち。

中でバルーンアートを作ってもらっている間に、外の廊下はだいぶ混雑してきていたようだ。行ったり来たりと、人の流れが複雑である。

そんな廊下を通り抜け、階段付近の十字路に辿り着いたところで俺たちは立ち止まった。


「次はどこ行く?」


ポムは文化祭のパンフレットを取り出して俺に尋ねる。

俺はそのパンフレットを眺めながら提案した。


「ここは?3年のお化け屋敷」

「いいねいいね。文化祭っぽい」

「でしょー」

「うん。じゃあ向かいますか」


次なる目的地が決まり、俺たちは階段を登っていく。


「てかさ、さっきは何であんなに焦ってたの?そんな激ヤバエピソードなの?」

「…うん。流石のシュンでもアタシを見る目が変わっちゃうんじゃないかってレベルでヤバい」

「え、そんなにヤバいんだ」

「めっっちゃヤバい。そもそも夏凛にアレがバレてる時点でだいぶヤバいんだから…」

「へぇ…」


そこまで言われるとやっぱり気になるな。

けどポムがここまで言うのだ。本当にヤバいのだろう。 

…だけどやっぱり気になるな!!!

いつか先輩が教えてくれそうになったら断らないで聞いちゃおっと。


そう決意した時、俺の数歩先を進むポムは階段の上から俺の方を振り返りつつ尋ねてきた。


「ところで、何でシュンは剣なんて頼んだの?」

「別に特別な理由はないよ。何となく手ぶらは寂しかったから、握りやすいものがいいなって思っただけ。逆に、ポムはどうしてハート?」

「そりゃあ——」


そう言いながら、ポムは手に持っていたハートバルーンを頭の上から首に向かってスポッと嵌め込んだ。


「——こうするためでしょ!」

「はははっ!マジかよ!それで回るの!?」

「そんのが面白くない?」

「確かにオモロイ」

「でしょー!」


ネックピローのように、首にハートの風船をつけたポム。そして剣を握った俺。

奇妙なコンビが爆誕してしまった。


「きっとアタシのことを見た人たちが真似しだすよ」

「んなわけあるか。みんな首に風船つけ始めたら末期だよ」

「いーや、きっと真似するね。アタシはそれにミカの魂を賭ける」

「じゃあ私は真似しないに御珠の魂を賭ける」

「御珠ちゃん、勝手に魂賭られて可哀想に」

「ミカも可哀想に」


そんなくだらない会話で笑い合いながら、俺たちは無駄に長い階段を登って行った。

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