第89話 文化祭—2

第一体育館で行われた文化祭の開会式は意外とあっさりしていた。実行委員陣の挨拶や事務的な話だけで、かかった時間は20分もないだろう。もっと「ウェェェイ!」ってなる感じの何かがあると思っていたけど、文化祭実行委員長による「頑張っていきましょー!」くらいの掛け声で終わりだった。

そして聞こえてきた先輩たちの話曰く、その「ウェェェイ!」ノリは明日行われる後夜祭に全振りのようだ。


そんな開会式を終えて再び教室に戻ってきた俺たち。今から1時間、10時になるまでは最終準備の時間であり、各々が担当場所で最後の確認をしている。

が、俺たちボーイ組はそこまで確認することもないので、シフトの確認だけしてから他の人たちの手伝いをすることにした。


俺は箒を携え、まことと一緒に暗幕内の掃き掃除をする。

ちなみにまことの髪型はみんなにいじられた結果ハーフアップに落ち着いた。


「ねえねえまこと、今日は無理だけど明日は一緒に回ろうね」

「うん、そうしよう!今日も回りたかったけど仕事あるし仕方ないよね」

「だね」


俺の今日のシフトは午後。一方まことのシフトは午前なので今日は一緒に回れない。

だけど明日は2人とも午前シフトで午後が暇だから、その時なら一緒に回れるだろう。


とすると、今日は誰と回ろう…。

色々と誘いたい人はいるが、やっぱり俺と今日のシフトが同じポムを誘うのが無難だろうか。午前は暇なはずだし。


そんなことを考えながら箒で床を掃いていると、隣で一緒に掃除していたまことが俺に耳打ちしてきた。


「…ところでさ、あの子いつもと雰囲気違くない?」

「ああ、確かに」


「あの子」と言いながらまことが小さく指さしたのは暗幕内のテーブルにノートパソコンを置いてカタカタやっている御珠だった。

確かにいつもとは違う点が複数ある。

まず、普段のダークネス装備を装備していない点だ。今日は簡易装備のサングラスが頭に乗っているだけである。

次に髪型。ポニーテールだったのがツインテールになっている。おそらく文化祭限定だろうけど、ただでさえ普段は髪がフードに隠れているのだ、違和感がすごい。もちろん似合ってるけどね!

そして最後に独り言。ここからでは何を言っているのか全く分からないが、何かブツブツ独り言を言っているのは分かる。それもパソコンの画面を見てニヤニヤしながら。


一体御珠は何をしているのだろうか?

その謎を解くべく、俺は箒片手に御珠の所に向かった。


「御珠ー。何してるのー?」

「ん?ああ、藤宮。これよ」


そう答えながらパソコンの画面を俺に向けてくる御珠。

なるほど、口調からして今日はノーマルな御珠らしい。だからダークネス装備もしてないし普段より明るめの雰囲気を纏っているのだろう。

ノーマルなのはやはり文化祭効果だろうか?


「…えっと、何これ?プログラム?」

「そう。ちょっとしたモノを作っててね。完成したらみんなに配るんだー」


ニコニコしながらそう話す御珠はとても満足そうだ。

だけど、本当に何これ?


「配る…?マジで何作ってんの?」

「それは内緒。完成するまでのお楽しみってやつだよ」

「へぇ。じゃあ楽しみにしとくね」

「是非」


ドヤ顔でそう言う御珠は、再びパソコンの画面に向き合うとニコニコしながらキーボードを打ち始めた。

そんな御珠の隣に座り、俺は机に肩肘ついて質問を投げかけた。


「ところでさ、なんで今日はツインテールなの?」


そう尋ねた瞬間、タイピングしていた御珠の両手が止まる。そして少し俯き、耳を赤くして小さく答えた。


「……そりゃあ、私だって女の子なんだから文化祭くらい可愛くなってみたいなって」

「!!!」


俯いた状態で、髪を指先で触りながら上目遣いで俺のことを見つめてくる御珠。

あまりにも純粋で可愛らしいその回答に俺は意識を飛ばされかけた。

ノーマルな御珠はほんの少しツン属性があるから、こんな反応をされると不意を突かれて困っちゃうぜ。


「なるほどね…。まさか御珠からそんな言葉が出てこようとは…」

「む、失礼な。普段はあんなだけど、私だってちゃんと乙女心があるんだから」

「別に馬鹿にしたつもりもないんだけどね?ただ意外だなって思っただけだよ。それにめちゃくちゃ似合ってるし」

「ホント?」

「ホントホント」

「それは…うん、ありがと。じゃ、そーゆーわけで今日の私は乙女だからそこんとこよろしく。はい、行った行った」


右手で「早くどっか行け」とやってくる御珠に従い俺は席を立つ。

恥ずかしくなっちゃったのかな。


「はいはい。じゃあソレの完成を待ってますよ乙女さん」


そう言いながら俺は御珠のもとを離れ、再びまことの所に戻る。

するとまことは「どうだった?」と不思議そうな顔で尋ねてきた。


「よく分からないけど、何かのプログラムを作ってるっぽいよ。私には分かんない文字が画面に沢山並んでた」

「へぇ、それは凄そうだね」

「うん。なんか自信あるみたいでさ、完成したらみんなに配るとか言ってたし、楽しみにしとこう」

「へえ、それは凄そうだね」


まことが「へぇ、それは凄そうだね」botボットになってしまったその時、カフェエリアからポムが暗幕を掻き分けて入ってきた。少し焦っている様子だ。

だけど言うタイミングを逃すと後で後悔しそうなので、俺は急いでポムのことを引き止めた。


「ねえねえポム、午前一緒に回ろ」

「オッケー!」


俺とすれ違いざまに短く答えたポムは、そのまま暗幕内に置いてあった道具の入った袋を取って扉から出て行ってしまった。

アレは屋台を組み立てる時の工具が入っていた袋だから、多分外で必要となったのを持って行ったのだろう。花とかミカあたりにパシられたに違いない。ドンマイ!


…むむ?

まことの様子がちょっと変だな。ポムが出て行った扉の方を見つめる目が切なげだ。


どうしたんだろうと疑問に思いながらまことの顔を見てみると、まことは扉の方を見たまま呟いた。


「…シュンちゃんってポムちゃんと仲良いよね」

「うん、なんだかんだ波長合うからね」

「そうなんだ…」


そう言い、まことは床に視線を落として少し寂しそうな表情を見せた。

これはアレか?自分の友達が別の友達と仲良くしていた時に感じることがあるアレか??

「あいつ、俺と話してる時よりもアイツと話してる方が楽しそうだな」ってなるアレか?


俺も前世で感じたことがあるぞ。よく分かる。

つまり…嫉妬!?


だとしたらこうするしかないな。


「んっ!? シュンちゃん?」


俺はまことの腰に腕を回して自分の体に引き寄せた。

いきなり俺に抱き寄せられて驚いたまことの顔を見つめ、俺は最大限に優しい口調で語りかける。


「勿論まこととも仲良いと思ってるよ。なんなら1番可愛いと思ってるよ」

「ホント!?嬉しいなぁ〜!」


よほどその言葉が嬉しかったのか、まことは俺の背中をムギューって音がしそうなくらい強く抱きしめてきた。

俺はそんなまことの背中をポンポン撫で、やがてスッと体を離した。


「さ、掃除の続きだ」

「うん!」



* * * * *


時刻は午前9時50分。あと10分で文化祭のスタートだ。

そんな頃、俺たちはクラス全員でカフェエリアに集まり、実行委員である柳下さんの話を聞いていた。


「みんな、ここまでの準備ありがとう!みんなが頑張ってくれたからこんなに凄いものが作れたよ!勿論外の人たちも頑張ってくれててホントに感謝してる!」


柳下さんはクラスメイトみんなの顔を見ながら笑顔で続ける。


「きっと疲れてる人もいると思う。だけど、あと2日間みんなで頑張ろう!そうすればきっと良い思い出になると思うから!それじゃ、頑張るぞー!!」

「「「おー!!!」」」


右手を振り上げた柳下さんに合わせ、俺たちも声を合わせて腕を振り上げた。

心地のいい一体感だ。


「じゃ、みんな解散!持ち場につけー!」

「「「はーい!」」」


そうしてクラスメイトはカフェエリアから散らばって各々の担当場所に向かって行った。

俺も暗幕内に戻り、ボーイの格好に着替え始める。

ここの文化祭では過度な露出がない限り衣装を着て校内を回ることが許されている。だから、せっかくならボーイの服装で回りたいなと思ったのだ。

それはポムも同じなようで、ボディライン丸出しの服装に意気揚々と着替え始めた。

過度な露出こそないけど、これはこれでダメな気がするが…。


「ねえポム、最初どこいく?」

「アタシ2年6組行きたいんだよね。お姉ちゃんがいるから」

「あー、そういえばポムのお姉さんこの学校だったね。全然会話に出ないから忘れてたよ」

「あはは、確かにあんまり話してなかったかもね。別に仲悪くもないんだけど、別段みんなに話すようなこともなくてさ」

「なるほど。じゃあ後でお姉さんに私のこと紹介してねー」

「もっちろーん」


やがて俺たちは着替え終わり、まだ暗幕内で着替えているまことやアリスなどの午前シフト組に別れを告げて教室を出た。


「みんな頑張ってねー!ばいばーい」

「「ばいばーい」」


かくして、俺たちの文化祭は幕を開けた。




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