第88話 文化祭—1

いよいよやってきた文化祭当日。

俺は校門の前で立ち止まり、思わず感嘆の息を漏らした。


「いいねぇ……」


まず目に入ってくるのは、昨日下校した時にはまだ無かった、生徒会の人たちが作ったという木製のデカいゲート。

更に建物同士を結ぶ様に括り付けられた紐には色とりどりの風船がぶら下がっていて、綺麗に整列した屋台ストリートは子供心をくすぐってくる。


そんな光景に胸を躍らせながら俺は校門をくぐり抜ける。校舎までの道の脇にはクラスごとの立て看板が立ち並んでいて、どこで何をやっているのかが一目で分かった。

体育館でやるらしい3年2組の劇、ぜひ見に行きたいな。


そんなことを思いながら下駄箱で上履きに履き替え、俺はワクワクしながら教室に向かって歩く。もちろんこの空気感に当てられて胸を躍らせているのもあるが、もう1つ、俺はクラスメイトの反応を想像してワクワクしていた。

なぜって?

…ふふふ。俺は今日バチバチにメイクしてきたからな!


いつもよりカッコよくなるために濃いめのアイシャドウを入れ、普段は全く使わないファンデーションまで使って肌も白くしてきた。

髪の毛はいつもより丁寧にかしてきたし、ヘアアイロンも時間をかけてしっかりやって真っ直ぐサラサラに整えてきた。

更に、ちょっとしたファッションとして金のイヤリングも両耳につけたし、後で男装した時につけようとチョーカーも持ってきた。

これならきっとみんなも驚いてくれるだろう。

そう思いながら教室のカフェエリアの方の扉を開けると——


「え、可愛いー!」

「こうするともっと可愛いかも!」

「キャー!!」


…あれ、みんな何してるんだろう?


カフェエリア中心のあたりに集まっている5人程のクラスメイトたち。みんな、その中心にいる〝誰か〟に集中していて俺の存在に気づいてくれなかった。

パッと見た感じ、みんなで誰かの髪をいじっているみたいだが、肝心の主役が誰なのかはここからでは分からない。入り口からじっと黙って見ていても埒が開かないので声をかけるとしよう。

教室に入った瞬間にみんなに驚かれたかったんだけどなぁ…。


「おっはよー。みんな何してるのー?」

「あ、シュンちゃんおはよ…って、ええっ!?」

「おはよ…、えっ!?!?」


俺が声をかけると何人かが振り返り、そして良い反応で驚いてくれた。


「シュンちゃんメイクしたんだ!めっちゃカッコいいー!」

「ホントだー!」

「キャー!!」

「ふふ、ナイスリアクションをありがとう。で、みんなは何してるの?」

「えっとね、ほら、まことちゃんのヘアアレンジしてたの」

「そうだったんだ!?」


主役はまさかのまことだったのか!

確かに、言われてみればここにいるクラスメイトは普段まことと喋っているのを見かける人たちだな。どちらかといえば大人しめの子たちだ。


そんな彼女らに囲まれるまことは、椅子に座ったまま俺の方を向いて手を振ってきた。

俺のことを見ても特段驚きもせず、その代わり満面の笑みを見せてくれた。


「おはようシュンちゃん!私あんまりヘアアレンジ得意じゃないからみんなにやってもらってたの!」

「なるほどね。いいじゃんハーフアップ。似合ってるよ」

「そうだよね!あたしらもまことちゃんのハーフアップ似合うと思ってたのー!」

「ほほーん。ナイスチョイスだね!」


俺はヘアアレンジを担当していたと思われるリーダー女子に親指を立てながらその場を離れ、暗幕の内側に荷物を置いてから再びそこに戻って輪に加わった。


「てか、まことだけじゃなくてみんなも髪型変えてるじゃん?やっぱり文化祭ともなるとみんな力入れるねぇ」

「そう言うシュンちゃんだって結構バッサリ髪切ってたじゃん。気合いたっぷりなのはそっちもじゃんねー」

「そうそう。あんなの見せられちゃったら同じ女子として私も頑張りたくなっちゃったよ」


そんなことを言いながら可愛くしてきた自分の髪を指の先で弄るクラスメイトたち。まことはそんな彼女たちに羨望の眼差しを向けた。


「いいないいなー、私もみんなみたく自分で髪型変えられるようになりたいなー」

「まことちゃん要領いいし、少し練習したらすぐ出来るようになるでしょ。てか、今までずっと下ろしたままだったの?」


そう尋ねるリーダーちゃんに、まことは目を曇らせ、少し俯いて答えた。


「うん、あんまりそーゆーことする機会なかったから…」

「へえ…」


そんなまことの反応に何かを察知したのだろう。リーダーちゃんはそれ以上深く尋ねることはしなかった。そして無言でまことの髪を編み込み始める。


椅子に座るまこと。その髪を弄るリーダー。

2人を囲んでその様子を眺める俺たち。

客観的に見たら少しシュールそうな光景に俺はクスッとしながら、少し気まずくなってしまったこの空気を切り替える狙いを込めて隣に立っていた子の髪の毛を触ってみた。


「すご、サラサラだね」


そう言いながら彼女の髪を撫でてみると、彼女は突然の出来事にビクッと体を震わせながら俺の方に顔を向けた。


「そ、そんなことないよー。シュンちゃんのがサラサラだよー」

「私は縮毛矯正したばっかだからね。普段は水泳部のせいもあって結構荒れてるんだ」

「そうだったんだー」

「うん。丸山さん、元々髪の毛サラサラじゃん?羨ましいよ」

「そんなことないよー」


あはは、とめちゃくちゃ棒読みな感じで笑う丸山さん。いきなり触っちゃって嫌がられちゃったのかな…。

せっかくイケメンメイクしてきたし、堂々とクラスメイトに接触していくムーブをやってみたい気持ちもあったんだけどな…。


…よし、風がこちらに吹いていないと分かったら即座に退散だ。適当な理由で一旦撤退するとしよう。深追いは危険だからな。


「じゃ、ちょっと私トイレ行ってくるねー」


そう言って、俺はそそくさとその場を後にした。


* * * *


そうしてシュンが教室から出て行った瞬間、突然まことに髪を触られた張本人である丸山は「はぁ、はぁ」といきなり息を切らし始めた。


「…っっ、心臓に悪いよ!! 普段ほとんど話さないのにいきなりあんなことされたら!!」


そう叫ぶ丸山に、友人たちは苦笑いしながら声をかけた。


「今日はメイクもキメててゴリゴリにイケメンだったもんねぇ〜。ありゃあ罪深い女だ」

「ホントだよ!ビジュ良すぎてまともに話せなかったよ!」

「あはは、けど良かったじゃん丸山。あんた普段は一軍との関わりないんだし、これを機に仲良くなれるかもよ?」

「まさかー。たまたま話しかけてくれただけだろうし、第一あたしみたいな三軍女子は一軍に話しかけに行く勇気もありませんよ」

「いやいや、シュンちゃん優しいからそんなの気にしないと思うよ?ほら、真の一軍陽キャはみんなに優しいって言うじゃん?実際あの子はみんなに優しいし」

「ホントホント。丸山は知らないかもだけど、実はあの人結構ゲームの話にも理解があるんだよ?この前、スマホゲームの話で少し盛り上がったもん」

「へー!あの見た目で実は生粋のオタクだったりするのかな?」

「あはは、ないない。イメージ湧かないよ」

「まあ確かにね」


そんな会話を自分の背後で繰り広げられているまことは、心の中で「シュンちゃん結構オタクだと思うんだけど…」と思った。だが、何となく言わない方がいいかなと判断したまことは黙って友達の会話を聞いていた。

しかし、まことには1つ気になったことがあった。だから、会話の切れ目を察知してそれを尋ねる。


「あのさ、シュンちゃんって一軍なの?」

「「え?」」


そんなまことの言葉に、その場の全員が頭にハテナを浮かべた。

そして直後、「あははは!」と笑い声を上げながらまことに答えた。


「当たり前じゃんそんなの!あの人が一軍じゃなかったら誰が一軍なんだよー!」

「あんなに可愛くてカッコよくて運動もできて何気に頭もいいんだよ?一軍そのものじゃん!」

「へえ、そういうものなんだ…」

「そうだよー!」


まこともスクールカーストというものは理解している。一軍や二軍、そのような呼ばれ方が存在することはしっかり理解している。

だが、自分の友達が何軍なのか、そんなことを考えたことはなかった。だからこそ、シュンがそのように言われていることに少し引っ掛かるものがあったのだ。


(私、一軍の子と仲良くしてたんだ…)


そう考えると少し複雑な心境になってしまう。

自分は友人として釣り合っていないのではないか。シュンは、実は手の届かない所にいるのではないか。

そんな思いが生まれてきてしまう。


だが、すぐにまことは思い出した。自分はシュンとのお泊まり会を経験しているのだと。

なにせ、自分たちは裸を見せ合った仲なのだ。ならば対等な関係と言えるだろう。少なくとも釣り合っていない人間関係などではないはずだ。

それに、相手が一軍の人間だろうが何だろうが、自分はそんな人間と同じベッドで寝たという事実があるのだ。


そう思うと、つい数秒前まで感じていた複雑な思いはすっかり消え去り、今度はちょっとした優越感が湧いて出てきた。


(…ふふ。ふふふ。シュンちゃんのこと、私はみんなより結構知ってるんだもんねー)


そうして人知れずニヤニヤし始めたまことの横では、丸山が疲れたように天井を眺めながら呟いた。


「てかそもそもさあ、シュンちゃんが仲良い人ってみんな強いよねぇ〜。コミュ力お化けの花ちゃんに、おっぱいお化けのポムちゃん、ザ清楚系お化けのミカちゃんに、お化けのアリスちゃん。後は神咲さんも従えてるし、ほら、やっぱヤバい。みんな怖いし自分からはぜったい話しかけられないよ」


そう呟く丸山に、リーダーは「おい」と小突きながら答えた。


「アリスちゃんは何のお化けなの?それじゃあただのお化けじゃん」

「いやぁ、まあ悪く言うつもりもないんだけどさ、実際あの人って少し怖くない?何考えてるか分からないって言うか、全てが見透かされてると言うか…?」

「あー、言いたいことはなんか分かるかも。溢れ出てる余裕が逆に怖いんだよね」

「そうそう!そんな感じ!あの子が慌てふためいてるイメージとか湧かないもん」

「確かに確かに」

「それに関して言えばさ———」


そうして、まことのヘアアレンジをみんなで眺めながらの雑談はシュンが帰ってくるまでしばらく続いた。


その頃シュンは何をしていたかと言うと——


「…くっ、まさかトイレに逃げてきたら本当にお腹が痛くなっちゃうとは。うっ…、朝のヨーグルトがダメだったかぁ?」


——絶賛トイレに引きこもっていた。

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