第80話 あれ?いつのまに?

文化祭まで約2週間。このタイミングで準備のために放課後7時までの居残りが可能になる。形の上では担任への居残り申請が必要であったが、毎年どのクラスも申請を出して準備に力を尽くすため、数年前から申請の必要はなくなっている。

そんな風に学校全体が文化祭ムードに沸き立ちつつある中で、残念ながら吹奏楽部は部活を優先させていた。


「アタシもみんなと準備したいよー」

「ねー。確かにもうすぐ演奏会あるけどさ、文化祭準備くらいさせてくれたっていいじゃんね」

「ホントだよ。ホントにホントだよ!」


教室は生徒が残っているため練習には使えない。そのため空いている会議室で練習していたポムたちトロンボーンとトランペットパート。休憩がてら、ポムはトランペットの友人と壁に寄りかかりながら雑談していた。


「そう言えばポムのところってメイドカフェやるんだってね?」

「そうだよ。誰かから聞いたの?」

「いや、3年生にも1クラスメイドカフェやるところがあるみたいでさ、『1年とバトルじゃー!』って廊下で話してるのを聞いたの」

「マジ?アタシらも負けてられないやつじゃん」


文化祭では3部門で表彰がある。

1つ目は集めた一般客の数。

2つ目は売り上げ。

3つ目は校門横に並べる立て看板のデザインだ。

どのクラスも受賞を目指して頑張っている。


「頑張ってお客さん引っ張ってね。1年生が3年生に勝つの、カッコいいじゃん」

「うん、こっちのメンツは逸材揃いだから簡単には負けないよ」

「ああ、藤宮さんとか六坂さんとかいるもんね。あの2人、ホントに最強のペアだよねー。憧れちゃうわー」

「あそこはいつも一緒にいるってわけじゃないんだけど、一緒にいる時は存在感が凄いんだよね。ザ可愛いとザボーイッシュのペア、強すぎる。クラスでも際立ってるよ」

「そうなんだ。私もあんな風に外見強かったらなぁ」

「えりかも十分可愛いと思うよ?ま、胸は壁を通り越して床に垂直だけど」

「あ!言っちゃいけないこと言った!!」

「はははっ。揉みたいかー?自分には無いもの揉みたいかー?」

「んー!揉むー!」


ポムは自ら胸を突き出して友人に揉まれにいく。そうして数秒の優越感に浸ったあと、ポムは会議室を出て目の前のトイレに向かう。

そして尿意を解消した後、戻り際に合奏の音を捉えた。


「…見てくか」


その合奏はポムたちが練習に使っている第一会議室の横にある第二会議室から聞こえてくる。ミカたち木管組の合奏だ。

ポムは嫌な予感を感じつつもその様子を見てみたくなってしまった。


ポムは会議室の扉の前に立ち、音を立てないようにゆっくり扉をスライドさせる。そして数センチ程隙間を作り、片目をピッタリくっつけて盗み見を始めた。

中では合奏形態が組まれていて、やはりミカが指揮を振っている。


「——ストップストップ。Bの3小節目、フルートとクラのユニゾンがズレてるから合わせて。ちゃんと指揮見ててね」


演奏の途中、ミカは指揮棒を素早く横に振って演奏を止める。そしてどこがダメなのかの指摘を始めた。

それを見たポムは心の中でため息をつく。


(結局こうなるかー。もう少し優しい口調にすればいいのに。やっぱ難しいよなぁ)


やはりと言うべきか、ミカの態度はポムが想像していた通りで威圧的だった。

そんな様子に少し落胆したポムは、もう行こうと扉を閉めようとする。


しかし、次の瞬間ポムは全身の動きをピタッと止めた。

ミカの言葉は続き、それはポムに大きな衝撃を与えるに足るものだった。


「あと、サックスはさっきよりも発音良くなってるからその調子で。佐藤さんのソロも綺麗に歌えてると思うから、そんな感じでのびのび演奏して良いと思う。…うん、全体的には昨日より上手になってるから、一旦休憩してからもう一回通しでやろう」

「「はーい」」


(!?!? え? え?? あれ、ミカめちゃくちゃ成長してない!?)


今までだったら一方的なアドバイスを続けていたミカが、相手を褒めながら指摘をしている。数ヶ月前では考えられなかったような事態がポムの目の前で起きていた。


この学校の吹部は人数が多い上、最近はパートごとの練習が多かったのでミカの様子はしばらく確認できていなかった。

少し見ないうちに急成長を遂げていたミカの姿に動揺を隠せないポム。

そんな彼女の方に近づいてくるミカは、トイレに行こうと会議の扉を開け、すぐそこに立っていたポムと出会って体をビクッとさせた。


「おっ、ビックリした。何であんたがいんの?」

「いや、さっきトイレから出てきた時に合奏聞こえたからちょっと見てただけなんだけどさ、え、ミカいつの間に心変わりしたの?」

「心変わり?ああ、そーゆーことね。みんなでお泊まりした時にシュンに色々アドバイスれてね、少しづつミカも変わらなきゃなって思ったの」

「そうだったんだ…」

「うん。どうだった?少しはマシになってた?」

「なってたと思うよ。少なくとも前よりは格段に」

「なら良かった。じゃ、ミカ漏れそうだからバイバイ」

「うん、バイバイ」


軽く手を振りながらトイレに入って行ったミカを見送り、ポムも自分の練習場に戻ろうと踵を返す。


(…へえ、ミカも変わろうと思えば変われるんじゃん。シュンのおかげなのかな?アタシも色々話したつもりだったけど、ずっと一緒にいた人間よりも新しい友達から言われる方が何か感じるところがあったのかな? てか、アタシらが御珠ちゃんのこと可愛がってた裏でそんな真面目なことやってたんだ。ぬぅ、案外シュンは真面目なのかー?)




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