第77話 水泳部のある日の風景—上

「こんにちは!」


文化祭のことをみんなで話し合った日の放課後、俺は部室に向かい部屋にいた先輩たちに大きな声で挨拶する。各々がそれぞれの返事を返してくれた。


まだ人は少ない。先輩たち4人、同期3人の計7人だ。その人たち同士は普段から仲良くしているような間柄でもないので、部室は結構静かである。

そんな中で喋れば全員に会話が聞こえてしまうだろうが、友人がいるというのに静かに準備するのも嫌だったので、俺は水着セットの準備をしているルカの横に行き話しかける。


「やっほー。ねえねえ、ルカのクラスって文化祭何やるの?」

「やっほーシュン。うちらはお化け屋敷やるよ。なんとね、クラスに遊園地関係者がいてね、その子主体で色々やってくれるみたいなの!」

「すご!めっちゃ本格的なやつになりそうじゃん」

「そうなのー!みんなが気絶しちゃうような怖いお化け屋敷にするんだから!」

「そりゃ楽しみだ」


そういえばこの学校はスゲェ人が集まりがちだったな。ポムしかり御珠しかり。

ああ、ある意味俺もスゲェか。中身男だし。


「それで、シュンは何やるの?」

「よくぞ聞いてくれました。ふふふ、私たちはメイドカフェをやるのさ」

「おー!いいねいいね、女子校っぽい!勿論シュンはメイドやるんでしょ?せっかく美人なんだし」

「いや、私はやらないんだよね」

「え!? なんで!? そーゆーのやりたがるタイプだと思ってたのに」

「あはは、それは間違ってないけどね。その代わり、男装してキャッチのボーイやるんだよ」

「あー!そっちか!確かに男装も似合いそう!楽しみにしてるね」

「うん。期待しててくださいな」


ルカと話しながら俺もプールに向かう準備を終え、一緒に部屋を出てプールの方に向かう。

そうして2人で外を歩いていると、後ろから小走りで誰かが近づいてくる気配がした。

そして振り向いて確認するまでもなくその存在は俺たちの真後ろに辿り着き、俺とルカの背中を軽く叩きながら声をかけてきた。


「ふーたりともっ!盗み聞きしてたつもりもないんだけど聞こえてきちゃってさ。なになに、キミたちの文化祭楽しそうじゃん」

「「祇園先輩!」」


その声の主は祇園愛華ぎおんあいか。カッケェ苗字をした2年生の先輩だ。

痩せ型のしなやかな体型、サラサラで薄紫色の髪。切り揃えられたぱっつん前髪。普段プールで泳がない時は黒いカチューシャを頭のてっぺんにつけているのが特徴的な、ザ1軍って空気を放っている明るい先輩だ。

2学期になってから結構話しかけてくれるようになった人で、俺がルカやレイカと一緒にいても声を掛けてくれるのでその2人ともそれなりに仲が良い。


「先輩もお化け屋敷来てくださいねー」

「メイドカフェもよろです」

「勿論勿論。楽しみにしてるよ」


先輩は俺の左に移動して、俺たちは3人で横になりながらプールに向かう。


「先輩は何やるんですか?」


俺の右を歩くルカの純粋な質問に、先輩は腕を組んで唸りながら答えた。


「それがねー、実はまだ決まってないんだよねぇ…。中々みんなのやりたいことが合わなくて。夏休み前からちょくちょく話し合ってたんだけど、全然決まらないんだよ」

「それは大変ですね…。どんな案がぶつかってるんですか?」

「確かに。気になる気になる」


俺もルカに合わせて聞いてみた。

すると先輩は指で1、2と数えながらどんな案が出てるのか教えてくれた。


「まずはルカちゃんと同じでお化け屋敷でしょー。んでカジノがあって、駄菓子屋もあって、そうそう、焼きそば屋もあったな」

「色々ありますね。そりゃ決まらないわけだ」

「そうなんだよ。しかもウチのクラスの人、去年の文化祭で妥協したらしい人が多くてさ、みんな今年こそはと自分がやりたいことを通そうとしてて一歩も譲らないんだよー」

「なるほど。複雑っすね」

「私のところはすぐにお化け屋敷で決まったしラッキーだったんだなぁ」

「そーだよそーだよ。すぐに案が決まるのは幸せなことなんだよ。よーく噛み締めな」


そんな話をしているうちにプールの更衣室に着いた俺たち。

先輩は自虐的にハハッと乾いた笑い声をあげながら扉を開けてくれた。俺たちはぺこりとお辞儀しながら更衣室に先に入る。

そして更衣室の中にいたのは部長ただ1人。体育祭の時に染めていた青い髪は結構色が落ちているが、依然としてそこそこ青い。むしろ少し色が薄くなって良い感じの明るさになっているまである。

そんな部長はちょうど水着に着替えようと制服のボタンを外しているところだった。


「あ、部長!こんにちは!」

「こんにちは!」

「こんにちは。珍しいメンツじゃないか」

「こんちゃー。そうですか?ウチら結構一緒にいますよ?」

「そうだったか。それはすまなかった。学年の壁を超えた交流、仲睦まじくて素晴らしいことだな。それはそうと、3人とも、1つ相談がある」


なんだろう?と思いながら俺たちもロッカーに荷物を置いて着替え始める。

部長はボタンの外れたワイシャツに下は黒パンツ1枚という中々ユニークな格好で俺たちに相談とやらをしてきた。


「今日の活動内容、特に1年生の内容だが、100メートル10セットとクロール特訓、どっちが良いと思う?」

「クロール特訓がいいと思います!!」

「クロール以外あり得ないです!!!」

「…そうか。そこまで即答されるとは思ってなかったぞ。愛華はどう思う?」


若干困り顔の部長が祇園先輩の方を向いて尋ねると、先輩は笑いながら答えた。


「2人ともこう言ってるんで、ウチもそれが良いかなって思いますよ」

「そうか。ならそうするか」

「はい!」

「よかった〜!」


おいルカの馬鹿!喜んだら部長が100メートルの方にしちゃうじゃん!


と思ったけど、部長は裸になって水着を着ようとしていたのでルカの言葉はそれほど気にしていなかったらしい。ふぅ、助かったぜ。

ちなみに部長の体は言うまでもなく引き締まっていて、俺よりもはっきり腹筋が浮かび上がっている。それに1学期よりも日焼けしていて、褐色水着女子属性を追加獲得している。たぶん夏休み中にいっぱい外で過ごしたんだろう。

そして先ほどからチラチラ盗み見ていた部長の下着だが、上下黒で揃っていて、オシャレなレースのついた大人っぽいやつだった。

流石3年生と言うべきか、色気がある。

それにしても、体つきがしっかりした褐色女子か。イイな。

しかも部長は男っぽい性格してるし、こんな人が女々しいところを見せてくれるとギャップが強くて大変萌える。イイな。


なんてことを思っていると、早くも着替え終えたルカが部長に尋ねた。


「ところで部長のクラスは文化祭何やります? さっきみんなでそーゆー話してたんですよー」

「ああ、そうだったのか。3-5はチョコバナナとリンゴ飴を外で売るぞ。教室は休憩スペースとして改造するつもりだ」

「へえー!なんかすごいですね!」

「いや、これが中々難しくてな、チョコバナナもリンゴ飴も結構作るのが難しいんだ。夏休みにクラスメイトで集まって作ってみたりしたんだが、そりゃあもうドタバタだった」

「そうなんですか」

「ああ」


ハハハと笑いながら楽しそうに話す部長。大変と言いつつも楽しんでいるのだろう。

俺も大変と思うものを楽しめるような精神性を身につけないとだな。今の所、大変なものはそのまま「大変だなー。やだなー」って思いがちだし。


さて、俺も着替え終えたし他のみんなも終わっている。というより、みんな俺が着替え終わるのを待っていてくれたみたいだ。


「よし、行くか」


部長が一言そう言いプールサイドに向かう。俺たちもその背中に着いて行った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る