第75話 これだから!!

「やっほー」

「久しぶりだねシュン。夏休み以来かな?」

「だね」


現地集合の俺たちは、約束の時間通りにショッピングモール最寄りの駅で合流した。

俺の方が少し遅かったみたいだ。龍也はスマホを弄りながら改札近くの柱に立っていた。


「待たせちゃった?」

「いや、ほんの5分くらいさ。問題ないよ」

「ならよかった」

「ああ。じゃあ、早速行くとしようか」


そう言うと龍也は歩き出したので、俺もその背中を追っていく。



…にしても、相変わらずイケメンだな。一体この顔面で何人の女の子を泣かせてきたのだろうか。ま、俺が泣くことはないけどな。

龍也がどんな手を使ってこようと俺のことは決して落とせない。残念だったな龍也!


と心の中でニチャつきながら、俺は龍也の背中に尋ねる。


「そーいえばさ、いつまでアリスの所にいるの?」

「ああ、その話かい? 実は、本来ならそう長くない内に出ていく予定だったんだ。だけど建築会社に問題が発生してね、もうしばらく泊めてもらうことになってるんだよ」

「問題?」

「どうやら会社がだいぶやらかしてたみたいでね、それが司法にバレちゃったみたいなんだ。そのせいで会社は倒産。僕の家は建て直し途中だったっていうのに」

「そ、それは壮絶だね…」


マジかよ…。クソ迷惑な話じゃないか。

龍也、ダブルな意味で可哀想だな。新しい家はまだ出来ないし、アリスたちと共にもうしばらく住まないといけないとだし。色々話は聞いているけど、結構大変そうだからな、アリスの家での暮らしは。

もっとも、なんだかんだで楽しんでいそうな節もあるけど。


「で、引き継ぎ先は見つかったの?」

「ああ、何とかね。だけどスムーズに作業が進むはずもなく、今の今まで作業は滞っているってわけさ」

「なるほど。大変だね」


俺は龍也の横にヒョイと移動して背中を軽く叩いてやる。すると龍也は少し驚いたような表情で俺の顔を見た後、ニコッと笑った。


 

そんなことをしているうちに俺たちはショッピングモールに入り、どの店がいいだろうかと周りを見回しながら中を進んで行く。


「シュン、早速だけどオススメの店はあるかい?」

「うーん、とりあえず店舗一覧を見ないことにはね」


俺たちは近くの館内図を確認しに移動する。

どんな店が入っているのか確認しないとアドバイスしようにも出来ないからな。


「ふむふむ。えっとね、このPonPonって所は結構有名だよ。私の友達でもここの化粧水とか使ってる人多いし。あとはCHALKAもアリかな」

「なるほど。じゃあ1つ目の方に行ってみようかな」

「オッケー。2階だね」


龍也はPonPonが気になったらしい。確かに名前もポンポンで可愛らしい響きだもんな。


そんなPonPonは2階にあるのでエスカレーターで移動する必要がある。

すぐそばにあったエスカレーターに向かいながら、俺はふと思ったことを龍也に伝えてみた。


「ところでさ、私たちって周りからしたらカップルに見えてるのかな?」

「あはは、そうかもしれないね。だけど僕とシュンはただの友達。そうだろう?」

「まあね。だけどさ、カップルだとしたら私らって結構高レベルの組み合わせだと思わない?」

「自分で言うかい? まあ、確かに間違ってはいないね。イケメンの僕に美人の君。確かにレベルの高いカップルだ」

「でしょでしょ〜。なんか気分いいね。『あのカップル美男美女すぎー』とか思われてるかもしれないって考えると」

「そこに『2人揃ってナルシスト』ってポイントを加えれば完璧かな」

「あはは。まったくその通りですわ」


まあ、俺的には優れたモノを持ってる人は少しくらいナルシストな方がいいと思うけどな。あんまり謙虚になられていても嫌味に聞こえるし。

誰がどう見ても可愛い女子に「私なんてブスだよー。あなたのが可愛いよー」とか言われたらむしろイラッとする。そーゆーことだ。


「ん。シュン、あそこの店かい?」

「そうそう!あそこあそこ」

「随分と派手な看板だね」

「そこがいいんじゃん」

「そうかい。やっぱり僕には女子の感性はピンとこないみたいだ」


エスカレーターを登って少し歩くとドピンクのベースに黒文字でPonPonと書かれた看板が目に入る。遠目に見ても分かるくらいに混んでいるようだ。やはり休日の大型ショッピングセンターは恐ろしい。


そんなPonPonに向かう途中、突然龍也が何かから隠れるように細い脇道に移動し、俺の口を右手で塞いできた。


「んんっ!?」

「シーっ。まずい、セフレだ」

「……」


おいおい龍也さん…。

確かにこれだけ混んでたらセフレと会うこともあるかもしれないけど、何も壁に隠れてやり過ごそうとするほどですかね?

…ん?

待てよ、今セフレって言ったか!?

龍也から出る言葉としてあまりにも違和感がなさすぎてスルーしかけたけど、なんで当たり前にセフレがいるんだよ!

これだからヤリチンは!


「ん、んんー!」

「静かにしてくれ!もう少しで通り過ぎるから!」


龍也のやつ、俺が喋ろうとするとさらに力を込めて俺の口を塞いでくる。

これが男と女の差か…。手が大きいし力も強いせいで全然対抗できない。大人しく諦めるとするか。


そして龍也は壁の端から少しだけ顔を出して対象の動向をチラチラ窺い、息を呑んで彼女が通り過ぎるのを待った。


そうすると、やがて若い女子3人組が俺たちには目もくれず通り過ぎていった。

直後、龍也は「ふぅー」と息を吐いて俺の口からも手を離した。


「シュン、すまないね。これで一安心だ」

「何もあそこまでしなくたってよかったじゃん。びっくりしたよ」

「ごめんごめん。だけど、僕が女子といるのを見られてたら面倒くさいことになってたんだよ」

「というと?」


俺たちは脇道から戻り、再びPonPonの方に進みながら話す。


「あの子はセフレのくせに、僕が他の女子の気配を漏らすと妬いてくるんだよ。『わたしがいるのに!』ってね」

「へぇ…」


なんか生々しいのきたな。


「それってアレじゃない?龍也はセフレだと思ってるけど、向こうは龍也のことを彼氏みたいに思ってるとか」

「ははは。もしそうだったらだいぶ面倒くさいねぇ。僕は全然そんな風に思ってないのに」


肩をすくめてヘラヘラする龍也。つくづく女の敵だな。

いや、この場合龍也と関係を持ってしまった女の方が悪いとも言えるのか…?

まあいいや。とにかくこのヤリチンは罪深い。

ギルティギルティ。



そんなこんなで俺たちはPonPonに到着した。

やはり混んでいるが、入らないことには何も始まらない

俺らは肩を狭くして店の中に入っていく。


「うーん、色々あるね。どれがオススメとかあるかい?」

「王道に化粧水でいけば間違いはないだろうけど、香水も結構人気あるよ。少し濃いから好き嫌いは別れるけど」

「なるほど。シュンは好きかい?ここの香水」

「何とも言えないね。好きな香りもあるし苦手な香りもある。完全に個人の好みの問題だよ」

「なるほど、難しいね。じゃあ君の言う通りに化粧水にしようかな」

「それがいいと思うよ。女子高校生にとってピチピチすべすべの肌は命だからね。ちなみに予算はおいくら?まあまあ値段張るけど」

「5万は入れてきたからそれまでなら。そこまではしないだろ?」

「…うん。それだけあれば何本も買えるよ」


これだから金持ちは…!!

わざわざ聞いた俺が間違ってたぜ。


そんな富豪の龍也さんは化粧水コーナーの前に立って首を傾げる。

沢山ある化粧水。どの種類にすればいいのか分からないみたいだ。


「…シュン、どれだい?」

「ごめんごめん、いっぱい種類あるんだよね。この青いボトルから順に、黄色、緑、赤、白で品質が上がるよ。見ての通り値段もどんどん上がってくけど」

「なるほどなるほど。例えば青と白だったらどのくらい違うんだい?」

「青はどこでも売ってるようなやつと大差ないかなー。それこそ白はアリスが持ってて、この前みんなで遊んだ時に少し使わせてもらったけど、ホントに違うよ。朝起きたらほっぺモチモチだったもん」

「じゃあそれに決まりだね」

「流石です」


白ボトル、1本12000円もするのに即決とは流石だ。高校生の財布には厳しすぎる値段なのに。羨ましいぜ、まったく。


「じゃあ混んでるし、私外で待ってるね。あとは買うだけでしょ?」

「そうだね。見ての通りレジは混んでるから時間かかると思うけど、大丈夫かい?」

「うん。漫画読んで待ってる。じゃ」


用がない人間は邪魔になるだけだからな。


そんなわけで俺は店を出て、壁に寄り掛かって鞄から漫画を取り出す。『転生したらスライムだったヨ』の漫画版だ。

ちょっと前にラノベの方は読み終わったし、今度は漫画の方を読み進めているのだ。


人混みの喧騒はちょうどいいBGMになる。静か過ぎるよりも少しうるさいくらいの方が集中できるってもんだ。


そうして黙々とページをめくっていると……


「ねえねえ君、綺麗だね。今暇してる?」

「俺ら暇してるんだけどさ、一緒に遊ばない?」


はい。ナンパされました。

金髪に焼けた肌のザ•チャラ男と筋肉のあるイカつい兄ちゃん2人組だ。

確かにカッコいいが、相手が悪かったな。俺は文字通りそこら辺の女子とは中身からして違う。ナンパは成功しないぜ!


俺は漫画をパタンと閉じて、堂々と面と向かって断る。


「すいませんね。暇じゃないし、連れがいるんですよ」

「じゃあその子も一緒に遊ぼうよ」

「いや、男ですよ?」

「またまたー。君真面目そうだし彼氏なんていないでしょ。ね、名前は?」

「言わないですよ。それに本当に男ですよ?ほら、あそこの……」


俺は店の方を振り返って龍也を探すが、生憎の混雑で全然姿は見つからなかった。

その状況に少し困っていると、金髪の方が俺の肩を掴んで体を引き寄せてきた。


「ほらほら、そーゆー誤魔化しはいいからさ。連れがいるってのも嘘なんじゃねぇの?少し遊べば緊張も解けると思うしさ、ほら、行こーぜ」

「そうそう。ちょっとでいいから」

「ちょ、やめて下さい」


こいつら、2人して俺の両隣に立って俺の逃げ道を塞いできやがった。

やり方が悪質なキャッチのそれじゃんか!

強引すぎるだろ。俺、そんなにチョロそうに見えるのか?

ここはしっかり断らないとダメだな。


俺は両腕を強く振り払って2人から一歩距離を取る。


「やめてよ!もう行くから」


プイッと彼らに背中を向け、そのまま龍也がいるであろう店の中に入って行こうとする俺。

しかし、ムキムキの方が尚も俺の肩を掴んできた。


「まあまあ、少しくらいはいいじゃんかよ」


しつこくそう言ってくる兄ちゃんのことを俺は肩越しに睨みつける。

このしつこさは面倒くさいな。

そう思った時だった。


「おまたせー。待たせちゃったね」

「あ、龍也!」


ナイスタイミングで現れた龍也は俺の左肩を掴む兄ちゃんの腕を片手で払う。その際、兄ちゃんの顔なんて一切見向きもせずに俺のことだけを見つめて。

そして俺の腰を掴んで自分に引き寄せ、そのままその場から離れようとした。


「ささ、行こうか」

「うん」

「「……」」


俺は龍也に連れられながら後ろを見やる。

取り残された2人は一瞬の出来事に呆然と立ち尽くしていた。


「ありがとう龍也。最高のタイミングだよ」

「いやいや、悪かったね。君みたいな美人を1人にさせちゃった僕にも責任があるよ」


あーあー、こんなこと平然と言っちゃって。

こんなところが沼るポイントなんだろうな。


「まあ何にせよありがと。ところで、いつまで私の腰に手当ててるの?」

「おっと、ごめごめん。いい触り心地だったもので」

「あーあ。台無しだよ台無し。せっかくカッコよかったのに」

「ごめんなさい」


龍也はガクンと顔を落とす。


なんだろう、龍也が俺の体を狙ってるのでは?と思った瞬間すごく嫌な感じがした。

確かにだいぶフランクな関係だとは思うけど、女子相手に平然とこんなことを言ってのけるなんて。

これだからヤリチンは!!


俺がそんな風に思っている隣で、龍也はなにやら買い物袋を漁り出した。


「まあコレで許してくれよ」

「ん?」

「ほら」


俺が尋ねると、龍也はPonPonの買い物袋から白ボトルの化粧水を取り出して俺に渡してきた。


「え?これはプレゼントするやつでしょ?」

「2本買ったんだよ。これは君の分さ。今日付き合ってくれたお礼だよ」

「えー!マジですか!!」


やったー!もう何言われても許しちゃーう!


…おっと。いけないいけない。

早速龍也のテクにやられるところだった。

これだから金持ちヤリチンは!!


「本当にいいの?」

「ああ。ぜひ貰ってくれ」

「じゃあ遠慮なく…」


俺は少し遠慮がちに、内心では喜び飛び跳ねながら白ボトルを受け取った。

自分じゃ買ったことないのに、まさかプレゼントしてもらえるとは。 

今日付き合った甲斐があったぜ。


「本当にありがとう。なんか申し訳ないくらいだよ」

「そんなに喜んでもらえるならよかった。これならあの子にも喜んでもらえそうだ」

「絶対喜んでもらえるよ。ところで、その気になってる子の写真とかないの?」

「ん、あるよ。えっとねー」


来た道を戻り、ちょうど1階に向かうエスカレーターに乗りながら、龍也はスマホの写真アルバムをスライドしていく。

龍也は俺の前に立っているので、覗こうと思わずとも下を向けばその画面がチラ見できてしまう。色々とえちえちな写真があった気がするが、きっと気のせいだろう。


「あったあった。この子だよ」

「へえ。ちょっと意外かも。もっと派手というか、明るそうな子がタイプかと思ってた」


見せてくれたのはクラスの集合写真。ズームされたその人はメガネをかけてマスクをした大人しそうな子だった。

龍也みたいな陽キャとは相性の悪そうな人だが、案外こーゆー子がタイプなのか?


そんな俺の疑問に、エスカレーターを降りた龍也はスマホをポケットにしまいながら答える。

気のせいか、少しニヤついて見える。


「今の子はね、確かに地味だけど胸が大きいんだ。そのギャップがいいんだよ。分かるだろ?」

「分かるよ?うん、分かるけどさ、直接女子に聞くもんじゃないよ?」

「まあまあ、僕と君の仲じゃないか」

「まあね」


確かに大人しい子が巨乳だとなんか興奮するよな。俺も時々思うもん。

だけどこれでも俺は女子なんだよ!

これだからヤリチンは!!


まあ、それだけ心を許されてるのだと好意的に受け取っておこう。


「けど、程々にしておきなよ?相手の子が可哀想だから」

「何を言うんだいシュン。僕はいつだって本気で相手のことを思っているのに」

「はいはい。そうですか」


仰々しい態度でそう言う龍也の姿に俺は小さくため息をついた。

きっと彼女も龍也のいいようにされて……

ああ!なんと無情な!

これだからヤリチンは!!


「そうだシュン。フードコートで食べて行かないかい?いい時間だしお腹も空いただろう?」

「ああ、もう昼だもんね。いいね。奢ってくれるの?」

「いいよ。僕が出してあげよう」

「やったー!じゃあ高いやつ食べるね!」

「ははは。ほどほどにしてくれよ」


ま、ヤリチンだろうと何だろうと俺には優しくしてくれるから何でもいいや!


俺はルンルンでフードコートに足を進めた。





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