第73話 百合の香り

学校が始まってから早くも2週間が経った。

流石にこれだけ経てば夏休みでへたれていた体も元の調子に戻ってくる。学校に行き、部活をして、ヘトヘトで帰ってくるのルーティンの復活だ。


そして今は部活後にルカ、レイカと近所のカフェに寄っているところである。

3人でテーブル席に座り、甘い物を食べながら部活の疲れを癒しているのだ。

俺の横にレイカ、正面にルカが座っている。


「はぁぁ〜、今日も疲れたね〜」

「連日泳がされてるからね。まさか筋トレの方を自ら望むことになるとは思ってもなかったよ…」


1時間泳ぐのと1時間筋トレをするの、どちらの方が楽かと言えば筋トレの方が楽だと確信を持って言える。初心者が本気で水泳の練習をするのは信じられないくらい疲れるのだ。

おかげで毎日筋肉痛。それも、筋トレによるそれとはまた違う、全身から漏れ出る疲労感を伴った筋肉痛だ。

もちろん筋トレもハードではあるが、そっちの方がある意味ラクだということに俺は最近気づいた。


「てかてか、レイカって速いんだね!」


キャラメルラテ片手にルカが言った。

対してレイカはドーナツを咥えながらぷつぷつ答える。


「昔から、習い事でやってた、からね」

「へえー!私たち遅いから憧れちゃうー!」

「しれっと私のことまで含めるのやめてもらえます?」

「でもシュンだって遅いじゃん」

「むむ、何も言えん…」


結構泳ぐのって難しいんですよね…。

特に平泳ぎ。あれは全然前に進めない…。

今日の俺、全力で泳いでるのに中々前に進めない姿は滑稽だっただろうなぁ。


そんなことを思いながらパンケーキを切っていると、ルカがにんまり微笑みながら俺の方を見つめてきた。


「と、こ、ろ、で。そのパンケーキ、一口くれたりしないの?」

「えー。食べたいの?」

「うん!!」

「なら仕方ないなぁ」

「やったー!!」


そんなキラキラした目で見られたら断れないじゃん!


俺はシロップのかかったパンケーキの一角を切り取り、フォークを刺してルカに渡そうとする。

しかしルカはそれを受け取らずに口を開けた。どうやらアーンして欲しいらしい。


「あ〜〜〜」

「分かった分かった、唸らなくても分かるから。ほれ」

「んむっ。んん〜!あま〜い!」

「そりゃ良かった。レイカもいる?」

「私は、いい」

「そっか」


レイカも3個セットのドーナツ食べてるもんな。お腹いっぱいになっちゃうか。


「ところでさ、あそこの2人組って付き合ってると思う?」


ちょうどみんなでモグモグする静かなタイミングが生まれたので、俺は先ほどから気になっていたことを2人に共有してみた。

俺たちのテーブルの向こう側、道路の方を向いたカウンター席に座るJK2人組。異様に仲が良く見えるが、果たして付き合ったりしているのだろうか。


「どれどれ、恋愛マスターの私が見てしんぜよう」


自称マスターさんがカウンターの方に顔を向ける。そして数秒後、「ふっふっふ」と笑いながらこちらに向き直した。


「あれはね、デキてるね」

「ほんとに?」

「うん。ほら、よーく見てごらんよ。あの2人がカウンターに乗せてる方の手、繋いでるでしょ?それにずっと肩くっつけてるし、イヤホン共有までしちゃってるし、あれは確実にデキてるよ」

「なるほど。流石はマスター、するどい観察眼です」

「おみごと、です」

「むっふっふ。存分に褒めてくれ」


「褒美を寄越せ」とでも言わんばかりにルカが口を開いてきたので、仕方なく俺はパンケーキを一切れ追加であげた。美味しそうに食べているので良しとしよう。


そしてレイカもドーナツのかけらをルカにあげながら質問する。


「でも、ただの仲良しってことは、ない?」

「ないない。じゃあ今度はカバンを見てみ。何個もお揃いのキーホルダーくっつけてるでしょ?それに極め付けはアレ。左右に割れたハートの飾りなんかつけちゃって〜。合わせたらハートが完成するやつだよアレ」 

「ほんと、だ」

「よくそこまで見えたね」

「これがマスターの力なのだよっ!」


恋愛未経験恋愛マスターの力、恐るべし…!!


「にしても、そっかー。あそこは付き合ってるのかぁ。いいねぇ」


俺は残り少なくなったパンケーキを口に運びながらニヤついて呟く。


あの2人、俺と同じ学校だろうけど1年生の階で見かけたことはないし、おそらく上級生と思われる。

とすると、17、18歳の百合カップルか。

ふふふ、素晴らしいじゃないか。きっと濃密な関係を築いていくのだろう。


「私もシュンの気持ち分かるよー。幸せそうなカップルを眺めるのは良いよねぇー」

「ルカちゃんは、彼女、欲しいの?」

「ううん。私の夢は高身長高学歴イケメン彼氏に養ってもらうことだから彼女はいいかな」

「ふふ。お子ちゃまな夢、だね」

「いいじゃん夢見たってー!!」

「あはは、夢見るだけなら無料だからね。でも、分からないよ?あの人たちだって最初はそんな風に思ってたかもだし」

「まあ、確かに…?」

「実際どうなんだろう、ね。女子校の、カップルの割合って」

「そこ気になるよね。恋愛マスターさんは分からないの?」

「結構話は聞くよ。先輩たちはカップル多いみたいだし、最近うちのクラスでもカップルできたし」

「え!?ほんと!?」

「ほんとほんと」

「私の方にも、1組、いる」

「えー!…実は私が知らないだけでこっちのクラスもいるのかな」

「どうだろうねえ〜」


マジかよ…。1年生、しかもまだ2学期だというのに既にカップルが成立しているとは…。

まさか花にも彼女がいたりするのか?

…いや、ないない。

髪の色も食欲もポワポワした緩い雰囲気も、何でも吸い込む一頭身のピンクのアイツみたいな花に限ってそれはないな。いたらびっくりだ。


「でもさぁ、私前から疑問に思ってたんだけど、女子同士のカップルってどんなことして過ごしてるんだろうね?」

「そりゃあ一緒に遊んだりでしょ。ルカだって仲良い友達とやりたいことあるでしょ?あんまそーゆーのと変わらないんしゃない?」

「いや、うん、それはそうなんだろうけどさ、その……ほら、えっちの時、とか…」

「あー、そゆことね」


少し顔を赤くして話すルカを前に、俺とレイカは顔を合わせてニヤリと微笑む。何気にレイカはそーゆー方向に詳しいからな。


「ふふふ。レイカ、ここは1つ聖なる知識を与えてあげる必要がありそうだね」

「賛成。さあルカちゃん、こっちに」

「んー?」


顔を寄せろとジェスチャーするレイカに従いルカは訝しむ表情でこちらに身を寄せた。


そんなルカに、俺たちはあんなことやこんなこと、そんなことまで教え込んだ。


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元男子高校生、イケメン女子になる 餅わらび @hide435432

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