第72話 犬猿の仲(一方的)

「ばいばーい」

「今日100メートルの計測なんでしょ〜?頑張ってね〜」

「うん。緊張するけど全力出してきます!」


部活に向かったシュンを手を振って見送る一方、花たちはまだ教室に残っていた。


「みんな部活あるんだっけ〜?」

「ミカはあるよ。後ちょっとしたら向かおうと思ってた」

「アタシは用事あるから部活休むんだー」

「そっか〜。じゃあアリスは?」

「ごめんなさい、ワタクシも今日は部活なんです」

「え〜〜、みんな暇じゃないのか〜。ダークネスちゃんも今日は休んでるし、じゃあわたしは寂しく1人で帰るとしますわ〜」

「どっかみんなで行きたかったの?」

「駅前のパフェ屋さんだよ〜!最近できたところ!」

「つい最近『ダイエットするんだ!』って意気込んでませんでしたっけ?」

「…朝にお菓子食べるのは我慢してるもん。だから放課後のスイーツはオッケーなの」

「はあ、こりゃダイエットは無理だね。少しはアタシみたいにカロリーを意識して生活することを覚えないと。じゃ、アタシは行くから。ばいばーい」

「じゃあミカも部活行ってくる」

「花、ワタクシは駅までなら一緒に帰れますよ?」

「おお、確かに!なら一緒に帰ろ〜! ……ん、だけどポムも駅までなら一緒に帰れるんじゃない?」

「あーごめん。今日はアタシみんなと逆方向だからさ」

「なるほど。じゃあ解散としますか〜」


そう言って花が帰り支度を始めると、他のメンバーも支度を始めた。



* * *


「じゃあねー」


ポムは校門で花とアリスと別れ、2人とは逆の道に進んで行く。

花たちと共に行けば最寄りの駅に着くが、この辺りにはもう1つ路線の違う駅があるのだ。ポムが目指しているのはそちらの駅。最寄りまでの道のりよりも少し複雑な道だが、歩く距離はそこまで変わらない。


イヤホンをつけて音楽を聴きながらその道を進んでいくポム。しかし、数分歩いたところでどうしてもソレが気になってしまい、イヤホンを外し、足を止めて振り返った。


「ねえ、なんで着いてくるわけ?」

「ウチも事務所に用事あるんだよ」

「まじ?…はぁ、どうして打ち合わせ被してくるんだか」


先ほどからポムの数メートル後ろを歩いていた桃山京香のスンとした顔を見ながら、ポムは小さくため息を吐く。


ポムの用事は撮影事務所に行って今後の予定について打ち合わせを行うことだった。

〝すれ違いが起きないように直接会って話し合う〟という会社の方針により、ポムは月に一度事務所に足を運ぶ必要がある。そして運悪く、その日程が京香と被ってしまった。


ポムは再び前を向いて歩き出し、常に京香と一定の距離を保ったまま言葉を交わす。


「で、何であんたがアタシと同じ学校に来てるわけ?」

「本当に偶然だよ。ウチもびっくりしたんだから」

「へぇ。そりゃたまげた確率だね」


ポムは「ははっ」と乾いた苦笑を飛ばした。


「それで、そもそも何で引っ越してきたの?」

「パパの仕事でウチらも一緒にこっちに来るしかなかったの。それに、ウチの撮影は高頻度じゃないからそれほど負担じゃなかったけど、毎回香川から何時間もかけて来るよりこの辺りから現場に行けた方が楽だからね」

「なるほど。その結果こうなったと」

「そう」

「へぇー」


ポムはどうしても桃山京香のことが好きにはなれなかった。これがまだ「ウチのがあんたより凄いの。話しかけないで」といった冷淡な性格をしている人間であったのなら割り切りやすかっただろう。

だが、実際の桃山京香という人間は気が弱く、いつも周りの大人にヘコヘコしているような人間だった。


自分にくる筈だった仕事を奪ってしまうほどの魅力を持っているのだから、もっと堂々としていて欲しかった。彼女を見ていると、ポムの胸中には絶えず「アタシはコレに負けたのか」という言いようのない敗北感が浮かんでくるのだ。

その結果、ポムは京香に強く当たってしまう。彼女の一挙手一投足が鼻につき、いちいち文句を言いたくなってしまう。

 

今だってそうだ。大人の前では慌てふためいているというのに、こうして自分と話している時は凛とした表情で淡々と言葉を返してくる。

心の中ではやはり自分のことを下に見ているのだろうか?

そんな疑念が浮かぶごとに、ポムの京香に対する思いはマイナス方向に進んでいくのだ。


「はぁ。まあ何でも良いけど、アタシの邪魔はしないでよね。色々と」

「…そんなつもり、ないよ」

「あっそ」


京香の歩速が少し早まったのを背中越しに感じたポムは、自分もさらに加速して足早に駅へと向かった。


* *


だんだん小さくなっていくポムの背中を眺めながら、追いつけないことを察した京香は歩く速度を遅くして小さくため息をつく。


「はあ。行っちゃった…。一緒に行きたかったのに」


1人取り残された京香は、心の中で自問自答しながら駅までの道を歩いて行く。


(それにしても紗夜ちゃん今日も可愛かったなぁー!せっかく同じクラスになれたんだから、もっと仲良くなりたいなー。…でもウチがまともに会話出来ないから難しいか。これでもあの子とは喋れる方なんだけど。でもでも、結構向こうからは話しかけてくれるし、やっぱりワンチャン仲良くなれるかも?…いやぁ、なんか紗夜ちゃんウチのこと嫌い説あるし無理かなぁー?ツンデレ説もあるけどどっちなのかなぁー。 うーん……)


頭を悩ませながら道を進む京香であったが、結局結論は出なかった。

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