第71話 朝からヘトヘト

2学期が始まったと共に水泳部では朝練が始まった。いや、始まってしまったと嘆くべきか。


朝練開始は7時。HRが始まる8時半の30分前、だいたい8時にいつも登校している俺からすると1時間もそれが早まるのは中々キツイ。そもそも俺は朝に強いわけじゃないからな。

だけど、朝練の内容は30分ちょっとの軽めのトレーニングだけだ。

朝のラジオ体操とでも考えればそれほど悪くない気もしてくる。





…そう思っていた時期が俺にもありました。


「ん、どしたの〜?」


教室にて、チョコバーを咥えて登校してきた花が俺に質問しながら御珠の席に座った。

体操着姿で机に倒れ込んでいる俺は顔を右に向けて答える。


「おはよ、花。朝練がキツくてさぁ…」

「ああ、そう言えばLIMEで嘆いてたね。『いぎだぐなぃぃ』って」

「そうそう。なんだよ『軽い筋トレやランニング』って…。腕立て50腹筋50スクワット50ランニング10分の3セットのどこが軽めなんだよぉぉ〜!全然30分で終わんないしさぁ〜〜!!」


確かに自分を高めるべくしてこの部活に入ったわけだが、朝からこんなことをさせられるのは想定外だ。普通にキツイ。


「あはは、大変そうだね〜。お疲れ様〜。

じゃあ頑張ったシュンちゃんにはコレをあげよう」

「おお、ありがとう」

「いえいえ〜」


花はチョコバーを食べ終えてから取り出した3個入りのミニドーナツの1つをくれた。

フワフワした食感で美味しい。


「あー、疲れた体に染みるわー」

「へへ、まだあるよ〜。ほら」

「なんで2袋持ってるの…。花、流石に食べすぎでしょ」

「うーん、これでもやめないととは思ってるんだよ〜?」

「ホントかなぁ…。でもまあ、そんな見た目は変わってないし良いのかな。別にお腹とか出てないもんね。柔らかそうな肉付きではあるけど」

「いや〜、それがねぇ………ん、やっぱこの話はやめておこう」

「そうですか」


何か思い当たる節があったらしい花は明後日の方を向いて視線を逸らすと、そそくさと自分の席へ戻って行った。言っても俺の後ろに移動しただけだが。


…さてと、そろそろ着替えるとするか。


「よいしょっと」


朝からハードな運動をさせられてヘロヘロになった体を奮い立たせて立ち上がる。

そのまま俺は教室で制服に着替え始めた。


女子校の良い所はこうやってどこでも着替えられる所だ。

更衣室もあるにはあるが、使ってる人はほとんどいない。


「……」

「ん?どしたの?」


体操着のシャツを脱いでいる途中、花がこちらをじっと見ているのが分かった。


「いや、別に〜」

「怪しいなあ」

「べっつに〜」

「そうですかい」


花は下唇をむにゅっと噛みながらスマホを取り出して下を向いてしまった。


俺の引き締まった体に見惚れてしまったのだろうか?

俺は全体的に引き締めつつも出るところは出るように日々努力しているし、同性であっても俺の体に見惚れてしまうのは無理のない話だ。…きっと。


「タオルタオル……あった」


体操着を脱いで下着姿になった俺は、汗ばんだ体を綺麗なタオルで拭いていく。


9月とはいえ朝から十分暑い。今は少し汗は引いたが、そんな中トレーニングさせられていたもんで全身がベタベタする。

特にそう、胸だ。スポーツブラに抑えられた胸の谷間は非常に汗ばむ。しかも、スポーツブラは普通のよりもホールド力が強い分余計に汗が溜まるのだ。

男だった頃は「エロ!」としか思ってなかった汗をかいた谷間だが、実際味わってみると不快感が強い。


流石にブラを外して裸になるのは自重したいので、俺はタオルを谷間に挟んだり隙間から入れ込んだりしながら胸を拭いていく。

 

「ふう。ちょっとマシかな」


さっきから続いていた不快感もこれで少し解消された。やっぱり夏はシャワーでも浴びてサッパリしたい季節だな。


その後、全身を拭き終えた俺は半袖の制服に着替えて支度を完了させた。


ちょうどそんな時だった。


「ん、京香ちゃんだ」

「ほんとだ〜。ねえ、話しかけに行こうよ」

「私もそう思ってたところだよ」


俺が制服に着替え終えた直後、昨日来たばかりの転校生、桃山京香が教室に入ってきた。

相変わらず背筋を伸ばして姿勢良く歩いている。そして顔色は険しい。

昨日部活に行く途中に話しかけた時も強張った表情をしていたし、やっぱり緊張しているのかもしれない。


そんな彼女のもとへ俺と花は歩いて行った。

早いうちに仲良くりたいからな。


「おはよー京香ちゃん」

「おっはよ〜」


俺たちは軽く手を振りながら彼女の席に近づく。


しかし…


「……」


京香ちゃんは一瞬俺たちのことを見るとすぐに視線を逸らし、席に着いてバッグから荷物を取り出し始めてしまった。


「「……」」


俺と花はあと一歩で彼女の席の目の前という所で立ち尽くし、顔を合わせて困惑した。 そして、心の中で会話する。


(ねえ!? この子、誰も寄せ付けないって空気出してるんだけど!?)

(私に言われたってどうしようもないよ! きっとまだ緊張してんだよ)

(じゃあもう一押ししてみるかぁ〜)


俺たちは無言の会話の中で結論を出し、なんとか前に進んで彼女の机の所までやってきた。


「えっとー、どう?学校は」

「やだシュン〜。昨日来たばっかりなんだから、まだ学校のことは分からないんじゃないの〜?ねぇ京香ちゃん?」

「…うん」

「ほら〜!」

「あはは、そうだよね。ごめんごめんー」


ナイス花!返答があったぞ!!


俺は心の中でグッジョブしながらチラリと花の顔を見る。


(その調子で私に合わせて!)

(うん!)


「それはそうと、京香ちゃんポムの知り合いなんでしょ?こんな偶然ってあるんだね」

「そうそう〜。よく話は聞いてたんだよ。仕事仲間に色々とスゴイ人がいるって」

「……?ポム?」

「ああ、紗夜のことだよ。私らはポムって呼んでるの」

「へえ」

「そうそう、ずっとポムって呼んでるから時々本名忘れかけることがあったりしてさ」

「え〜!ひどい〜!」

「あははー」

「……」


あ、まずい。

大根演技すぎたのか、京香ちゃんがまた黙ってしまった…!


(ばか!もう少しなんか良いセリフないの!?)

(そっちだって棒読みじゃん!私にばっか責任を押し付けないでよ!)

(……で、どうするの?今日はもうダメそうだけど?)

(だね。一旦退くとしよう)


「…じ、じゃあまた来るね」

「ばいばい〜」

「……」


ぬぅ…。なかなか頑丈な城だな、桃山京香。


(よし、戻ろう)

(うん。戻ろう)


形勢が悪いと見た俺たちは戦略的撤退を試みた。


* *


そしてシュンと花が自席へと戻った頃、桃山京香は机に突っ伏し1人反省会を催していた。


(あーーー!ウチの馬鹿ぁー!!せっかく2人も話しかけに来てくれたのにぃー!!)


京香は、油断すれば口からビームが放てそうなくらいの後悔の念を心の中で叫び上げる。


(緊張しすぎてどんな反応すればいいのか分からなかったよー!!可愛い子2人に話しかけられたら緊張しちゃうじゃん!絶対1軍だよあの2人ーー!ああ、せっかく仲良くなれるチャンスだったのにーー!!それに藤宮さんには昨日話しかけてくれたお礼もしたかったのに!!)


桃山京香がクラスに馴染めるまでの道のりはまだまだ長い。



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