第70話 その正体は…
ムワムワして暑かった体育館での始業式、そして教室でのHRが終わって今日は解散となった。
部活に行く人。友達と盛り上がってる人。
クラスメイトは各々楽しそうに活動している。
「眠いから帰る!」と言って帰ってしまった御珠を除き、俺たちいつメンはポムの座席に集まってお喋りしていた。
「いやぁ、にしても体育館暑かったね〜」
「まだしばらく暑いままだしさ、オンラインなり放送なりで始業式やればいいのにね」
「ホントですよ。空調もそこまで効いていませんでしたし…」
みなさん体育館の暑さにお怒りのご様子だ。
勿論俺だって嫌だった。汗をかいて体がベタつくからとっても嫌だった。
だけど、体育座りのおかげで色んな人のパンツが拝めたから許している。
『女子校ではパンツ丸出しでスカートをうちわ代わりにしている』なんて話があるが、俺の高校においてその話はガチだ。だけど、その時に見えるパンツと体育座りの時に見えるパンツはありがたさが違う。
ふと後ろを振り返った時に後ろの子のパンツが見えてしまう。
そんなシチュエーションにこそ価値があるのだ。
ちなみに、花の今日のパンツは黒でした。
「確かに死ぬほど暑かったけどさ、まあそれはそうとして、あんたどうしたの?」
ミカが椅子に座るポムの肩をツンツンしながら尋ねた。
俺たちも同じく質問を重ねる。
「そうそう〜。どしたのポム?」
「私も気になってた」
「ワタクシもです」
そう、ポムは今朝から様子が変なのだ。
血走った目は虚空を見つめているし、話しかけても「うーん」とか「へー」とか、まともな返事は返ってこない。さらに、いつも背筋を伸ばして自分の胸を張りながら歩いているのに、今日は力なく猫背になってトボトボ歩いていた。
俺たちがこうしてポムの席の周りに集まっているのも、何となくポムが心配だったからだ。
そして当の本人は未だにポカンと口を開けてぼんやりしている。
それを見かねたミカはポムの両頬をムギュッとつまんだ。
「ねえ!」
「はっ…!! ごめんごめん、意識飛んでたわ。何の話だっけ?」
「何でそんな変な感じになってるのって話」
「ああ、それね…」
ミカにつねられて何とか人間性を取り戻したポムは、椅子の背もたれにデロンと寄りかかってとある方向を指差した。
「アレだよアレ」
「アレって…桃山さん?」
「そう」
俺たちはポムの指差す先に目をやる。
そこは今日やってきた転校生、桃山京香の席だ。
教室の右上端のポムと丁度真逆の席に座る彼女は机に突っ伏している。寝てるのかな?
まあその真偽は別として、あの子、結構可愛いんだよな。真面目でお堅そうな性格してたけど、可愛らしい太めの眉毛とキリッとした目つきのギャップがいい感じの子だ。
何にせよ、そんな彼女のことをポムは黙って睨み続けた。
そしてミカは引き続き質問する。
「桃山さんがどうかしたの?」
「あ!分かった!あの子おっぱい大きいから妬んでるんでしょ〜!」
「なるほどね。あんた自分のが負けるとしょっちゅう悔しがるもんね。仕事仲間の文句もよく言ってたし」
「…そいつだよ」
「「「え…?」」」
呟くように吐き捨てられたポムの言葉に、俺たちは綺麗なハモりを奏でた。
「え、ちょ、えっ!? あの子がその子なの!?」
動揺しまくりなミカが尋ねると、ポムは背もたれからヌッと体を起こして机に身を乗り出し、今までの抜け切った魂がいきなり戻ってきたかのような威勢で答えた。
「そう!ホントさ、いやホントに信じられないんだけどさ、桃山京香、あの子がアタシと同じ事務所で働いてるその人なんだよ!!!そーいえばチラッと『今度引っ越すからここにも来やすくなる』みたいな話してたわー」
「えぇ……。そんな偶然ってあるんだ…」
驚きのあまり半ば呆れたような声で言い吐く花に、俺たちは「うんうん」と無言で頷いた。
引っ越ししてきて転校した先がポムと同じ学校だったというだけでも十分凄いのに、さらに同じクラスになってしまうとは恐ろしい。
そもそも高校の転校って面倒で大変だろうし、そーゆーのも踏まえれば本当に奇跡と呼ぶのに相応しい事態になっているんだろうな。
まあ、これでポムの様子がおかしくなっちゃった原因も判明した。
自分の仕事を奪った宿敵がまさかまさかのクラスメイトになってしまったことで頭がオカシクなっちゃったわけだ。
そうは言っても、なってしまったものは仕方ない。
俺は「あーあー」と唸って再びおかしくなり始めたポムの頭をナデナデする。
「ま、元気だしなよ。ポムも十分デカいんだから」
「んー!その慰め方なんか凄く嫌だー!」
足を伸ばしてバタバタさせるポムのことを俺たちは苦笑いしながら見守った。
* * * *
父親の仕事の都合で四国からはるばる関東まで転校してきた彼女は、転校初日にして全ての行動に失敗してしまった。
転校生。それは良くも悪くも注目されるものである。だからこそ第一印象は良いものにしないといけないと彼女は意気込んでいた。
良い挨拶ができれば「この子、いい感じの子じゃん!」となるし、悪い挨拶になれば「あ、この子そーゆー感じなんだ…」と落胆されてしまうからだ。
しかし…。
(あーー!!!もう最悪!!なんでウチってこんななんだろうー!!)
最初の自己紹介から失敗を重ねてしまった桃山は、自分の机に突っ伏し、心の中で絶叫する。
唯一の救いは自分の座席が教室の隅であったことだろう。おかげで少しだけ存在感を薄められる。
(何!?好きな物は猫と梨ですって何!?テンパるにも程があるでしょ!!)
数時間前のことを思い出しては過去の自分を殺してやりたいと心の底から強く願う。
(体はカッチカチだし、声も震えてたし、もう何から何まで全部ダメだったじゃん!みんなウチのこと怖がってるのか全然話しかけてくれないし!)
己の失態に身悶えしながら、彼女はゆっくりと顔をあげる。
周りにはグループで固まってお喋りしているクラスメイトの姿があった。
(あぁ、ウチもあの中に入ってるはずだったんだけどなぁ…)
そんなことを思いながら、入り口の扉近くに集まっている集団に目を向けた。
(てかそうだよ!!なんで!?なんで
教壇に立ってみんなの顔見てたら紗夜ちゃんいたから、ビックリして話そうと思ってたこと全部すっ飛んじゃったんだから!!)
桃山は現役女子高校生を売りにしてグラビアアイドルをしている。そこの仕事仲間がこのクラスにいたのだ。
その事実は桃山の調子を狂わせるのには十分だった。
(あー、紗夜ちゃんこっち見てるよー。絶対『なんだあいつ』って思われてるよー。てか知り合いなんだから話しかけに来てくれたっていいじゃん!ウチからは行く勇気ないから!!)
そう願いながら再び机に突っ伏し、人がいなくなるのをただひたすら待つ。
桃山は、程よく賑やかなこの空間から1人寂しく出ていく度胸を持ち合わせていなかった。
しかし、いくら待てども人は減らない。
それどころか、午後からの部活がある人たちは昼食を食べ始める始末だ。
(あ、やばいかも。完全に出るタイミング失ったやつだ…)
時間が経てば経つほど自分の惨めさが際立っていく。
そんな風にどんどん状況が悪くなっていく中、ついに桃山は腹を括った。
(よし、帰ろう。明日こそは何とか挽回しよう…!!今日はさっさと家に帰ってふて寝しよう!!)
スクールバッグを肩に掛け、桃山は帰宅しようと席を立ち上がる。
今まで机に突っ伏していた人間がいきなり立ち上がったからか、何人かの生徒は「お?」と桃山の方を振り返った。しかし次の瞬間には再びそれぞれの作業、会話に戻ってしまう。
(…はは、そうだよね。こんなよく分からない奴、なんか怖いよね)
分かりきっていたことだが、改めて現実を目にすると寂しい気持ちになってしまう。
肩を落としたまま桃山は教室を後にした。
「はぁ…」
そして誰にも止められないまま下駄箱に着き、ローファーを取り出した時だった。
「——あ!」
(ん?)
いきなり背後から聞こえてきた声に驚きながら桃山は振り返る。
するとそこには体操着姿の女子生徒が立っていた。
高身長でスタイルの良い銀髪の生徒が。
(えっと、確か同じクラスの…)
名前を思い出そうとするが、思い出したのは誰の名前も聞いていないという事実。
とはいえ、彼女はクラスでも一際目立つ美人だったので印象に残っていた。
そんな彼女は走ってきたのだろうか、息を切らして膝に手をつき、呼吸を整えようとしている。
その様子を見て、桃山は一言。
「なに?」
そう冷たく言い放つと、相手は一瞬戸惑ったような表情を見せた。
(もう!違うでしょバカ!『どうしたの?』とか、自分の顔を指差して『わたし?』って言いながら可愛く首を傾げるとか、もっと別の言い方があるでしょ!!ホントもう、緊張すると思ったことそのまま言っちゃうんだからー!!……終わった。この子にも嫌われちゃう…)
表には出さず、自分の失態に体の内側で悶絶する桃山。
そんな桃山とは裏腹に、声をかけてきた彼女は小さく微笑んで語りかけてきた。
「えっとー、私は藤宮春。クラスメイトの!明日はお話しようね!じゃ、部活でちょっと急いでるから!!」
一気にそう言い終えると、彼女——シュンは下駄箱から体育館の方へと走り去ってしまった。
「……」
まるで嵐のようなその状況に戸惑いつつも、桃山の心には確固たる確信が生まれた。
(……ああ。女神っているんだな)
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