第66話 お泊まり会!—中

「じゃあ飲み物持ってくるね」

「うん、ありがとう」


今日は久しぶりに会ったし、話のネタも色々と溜まっていた。夏休みにどんなことしたとか、学校の授業の愚痴とか、部活の話とか。そんな話をしていたら、気づいたら2時間半も経っていた。


前世じゃこんなに長く友達と話すこともなかったな。長くてもせいぜい30分くらいしかダベらない人生だった。

そうは言っても、やはり女子という生き物になってしまったからなのか、そんなものとは無縁の人生を送ってきた身をしても長時間のお喋りには適性があるらしい。


だが、ずっと話していれば喉も乾くし少しは疲れる。そんな訳で俺はジュースを取りに行くことにした。


部屋を出て1階のキッチンに向かい、冷蔵庫から2リットルのリンゴジュースを取り出す。

昨日買っておいた新品だ。

それを2つのコップと共にお盆に乗せ、ついでにポテチも乗っけて再び部屋に向かう。


…あ、両手塞がってるから扉開けられないや。


「まことー、扉開けてくれるー?」

「はーい。ちょっと待ってねー」


扉越しに声をかけると、中でゴソゴソとまことが動く音が聞こえてきた。

そしてすぐにまことは扉を開けてくれる。


まあ、片手でお盆を持てば開けられないことはないけど、コップを倒して割れちゃったりしたら面倒だし、安全策を取るに越したことはないからね。 


「ん、何やってたの?」

「見ての通りだよ。宿題宿題」


部屋に入りつつ、俺は丸テーブルに広げられたノートや教科書に目を向ける。真面目なまことが宿題が終わらせていないとは、珍しいこともあるもんだ。


「まことが宿題終わってないなんて、珍しいね」


俺は勉強机にお盆を置き、コップにジュースを注ぎながら尋ねた。

まことは床のクッションに座り、宿題に再び取り掛かりながら答える。


「実は結構忙しくて終わってなかったんだよ。せっかく時間あるし、分からないところがあったらシュンちゃんに教えてもらえるし、今日のうちに終わらせたいなーって思ってね」

「ああ、バイトで忙しかったんだったね。でもさ、まことって結構頭よかったよね?私が教える必要なんてないでしょ」

「全然そんなことないよ。私数学苦手でさ。シュンちゃん、数学得意でしょ?」

「別に得意ってわけじゃないけど、まあ、確かに出来る方ではあるかな」

「ほらー。分からなくなったら教えてね」

「じゃあその時は力になれるよう頑張るとしますか。はい、まことの分」

「ありがとう」


まことはジュースの入ったコップを受けとると、一口飲んでから再び勉強に戻った。


お泊まり会とは言えど、なにもずっと同じことをしている必要はない。むしろ、長時間一緒に過ごすという中でそんなのは不可能だ。

まこともこうして宿題をしていることだし、俺は俺で別のことをさせてもらおう。


「よっ、と」


俺はスマホ片手にまことの方を向いてベッドに横たわった。

そのままSNSアプリを開く。


ふむふむ。ふむふむふむ。


タイムラインに流れてくる投稿の数々。

フレンドである花の投稿が多めだな。


花は定期的にSNSに投稿している。メインはスイーツの写真投稿だが、今日のもそれだ。

おしゃれな雰囲気のカフェ。そしてドデカいチョコレートパフェの写真。美味しそうなものを投稿してくれるじゃないか、まったく。

添えられたコメントは『美味しいものはどれだけ食べても0カロリー♩』である。なんか聞いたことのあるセリフだな…。


にしても、いいなぁスイーツ。最近食べてないし、今度花のおすすめの店に連れて行って貰おう。


そんなことを思いついたちょうどその時、家族LIMEの通知が届いた。


なんだろう、とトーク画面を開いてみれば、水族館で喜ぶ涼太のピース写真が貼られていた。お父さんの言葉と共に。


『こっちは楽しくやってるぞ。そっちはどんな感じだ?』


俺だって水族館行きたかったよ!

…とか心の中で叫んでみるが、まことと2人で遊ぶ方が魅力的だから別に気にしない。


『こっちも楽しくやってるよ。今は別々にのんびりしてる』


そう返信すると、3秒くらいで既読がついた。


『そうかそうか。火事とか強盗とか、事件には気をつけるんだぞ』


火事は予防できるだろうけど、強盗に関しては鍵をしておくくらいしか出来ることがないと思うのだが…。罠でも用意しておけと?


『はいはい。大丈夫だよ。じゃあまたね』


そんな返信を送りつけ、再びSNSを漁るべくアプリを切り替える。


そうしてしばらく色んな投稿を眺めているうちに、だんだん眠くなってきてしまった。


少しづつ瞼が重くなっていき——


「…!!」


——ちょっとまどろんでからハッと目を覚ます。


せっかくまことが遊びに来てくれてるんだから、寝るなんて勿体無いことはできない。

ここは頑張って起きてないと。

まことだって、俺が寝ちゃったら困っちゃうだろうしな。

うんうん。寝ちゃダメだ寝ちゃダメだ。


…だけど、一度横になると体を起こすのも億劫だな。

……うう、まずい、再び眠気が。

………やばい、ダメかもしれない。

…………ごめんまこと!ちょっとだけ寝る!!


「…………」


そうして俺はいつの間にか眠りに落ちてしまった…。


* * * * *


「………んん」


……あれ、今何時だろう?

どんくらい寝ちゃったのかな。なんか凄く寝てた気がするけど。


「…って、おおっ!?!?」


重たい瞼をゆっくりと開き、世界とこんにちはしたその瞬間に目に入ったのはまことの顔だった。

ゼロ距離。あと少しでキスできそうなくらいの近さ。そんな所に、柔らかな笑みを浮かべるまことの顔があった。

そう、まことが俺の隣で寝ていたのだ。

もっとも、まことは起きているようだが。


俺の眠気は驚きのあまり一瞬で吹き飛び、俺は跳ねるようにして起き上がった。


「い、いつの間に!?」

「20分くらい前からかな」

「そうだったんだ…。もう、びっくりさせないでよ」

「あはは、ごめんごめん。シュンちゃんの寝顔が可愛くてつい」

「それなら仕方ないか〜」


照れるように頭を掻きながら上半身を起こすまこと。

俺たちはベッドの上に座りながら顔を合わせて笑った。


「んで、今何時?」

「だいたい5時だね」

「えっ!? …めっちゃ寝てたじゃん私。ごめん」

「大丈夫だよ。私も宿題やってたし、さっき終わったところだから」

「そっか。分からないところなかった?」

「うん。案外簡単だった」

「ならよかった。それはそうと、もうこんな時間か…」


5時か。もう夕飯の支度をしないとダメな時間じゃないか。

せっかくお泊まり会なのに、まことと過ごせる時間が少なくなってしまった。

恨むべきは睡魔か、俺の精神力の弱さか…。


俺は崩れた髪の毛を手で直しながらベッドから降りる。まことは女の子座りで俺のことを見つめてきた。


「今度は何するの?」

「ごめんだけど、また下行くね。夕飯の支度しないと。せっかくだから私の手料理を食べてもらいたくてね。まあ、大したものは作れないけど」


俺がそう言い終えて部屋を出ようとすると、まこともベッドから降り、目を輝かせながら俺に質問してきた。


「何作る予定なの?」

「ハンバーグとサラダだよ」

「じゃあ一緒に作ろうよ!!私も料理は出来るんだからね!」

「ああ、その手が!」


確かに、なにも俺1人で作ることもないじゃないか。せっかくのお泊まり会なんだし、一緒に夜ご飯を使って食べるというのも悪くない。

いや、むしろそれが最適解なんじゃないか??


「いいねいいね。じゃあ一緒に作ろっか」

「うん!!」


俺の回答に満足したのか、歯を見せてキリッとした笑顔を見せるまこと。

嬉しそうなのが伝わってきてこっちまで嬉しくなってしまう。


「じゃあ行こうか」


そうして俺たちは1階のキッチンに向かった。


* *


「はい、これどーぞ」

「ありがとう」


キッチンに着き、俺はお母さんのエプロンを装着した。まことには俺が中学の家庭科の授業で作ったエプロンを貸した。

少し拙い出来上がりだが、使うに困ることはないだろう。それに、友達のお母さんのを借りるよりは、友達のものを借りた方が気が楽だろうし。


「おー、似合ってるね!」


水色のエプロンを着たまことは、ヘアゴムを口で咥えながらサラサラの長い銀髪をポニーテールに束ねる。

俺が褒めるとウインクして返してくれた。

とても可愛い。


そしてポニーテールに束ね終えると、俺のことも褒めてくれた。


「シュンちゃんも凄く可愛いよ。やっぱり可愛い子は何着ても可愛いね」

「ありがとうありがとう。ま、それほどでもあるかな〜、なんてね」


俺は舌をペロっと出しておどけてみせる。

可愛いと言われて悪い気はしない。普通に嬉しい。

だけど、願わくは「かっこいい!」と思われたいな。

女子力を磨くと共に、もっと男子力も伸ばしていかなければ。


「よし、じゃあ準備も出来たし、早速作っていくとしますか」

「おー!」


やる気満々で右腕を振り上げるまこと。

そんな楽しそうな彼女と一緒に、初めての共同作業が始まった。

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