閑話 小さな戦い

夏休み某日。

黒上ロングの小学2年生、斉藤真由さいとうまゆはクラスメイト3人と映画を観に来ていた。

1人は鈴木玲那すずきれな。茶髪のツインテールが目印の、気の強い性格をした友人だ。

もう1人は村田拓也むらたたくや。いつも明るい元気な少年である。

そして最後に、藤宮涼太ふじみやりょうた。真由が密かに恋心を抱く中性的な顔立ちをした凛々しい少年だ。


学校では涼太の両隣に座っている真由と玲那。

夏休みに入る前に涼太が拓也と遊びに行く約束をしていたのを近くで聞いていた2人は、その際に揃って「私たちも行く!」と発言したのだ。それに対し、拓也が快諾したことで2人の願いは簡単に叶った。


涼太は渋い顔をしていたように思えたが、何はともあれ一緒に遊べるところまで漕ぎつけたのだ。この際そんなことは気にしない。


真由は拓也に感謝しながら、胸を張って涼太の隣を歩くのだった。


「ねえねえ、面白かったね映画」

「うん」


4人が観た映画は『劇場版ウミウシのウッちゃん 〜ウッちゃん、海に帰る!?〜』だ。

全国の小学生に大人気のアニメの映画である。

夏休みに入る前から公開されていて、何を観に行こうかと話し合った時には満場一致でこの映画が挙げられた。


そして真由は涼太が生粋のウッちゃんファンであることを知っている。もちろん真由自身もウッちゃんは好きなので、これを通して一気に距離を詰めようという狙いでいた。


しかし、涼太の反応は冷たい。

それでも真由は諦めなかった。


「ほら、特に最後のシーンとかさ! ウッちゃんがワカメの呪いから解放されるところとか凄かったよね!」

「うん。そうだね」


(—!! 「うん」だけじゃなくて「そうだね」も増えた!やった!………でもどうしよう。話が続かないよ…)


真由が頭をフル回転させながら次の話題を考えていた時、前を歩く拓也が前方を指差しながら振り返ってきた。


「なあなあ、ゲーセン寄ってこうぜ!」

「お昼ご飯は?」

「いいじゃんかよ。ちょっとだけだからさ」

「えー」


拓也の隣でムスッと頬を膨らませる玲那。彼女は先ほどからお腹を空かせているのだ。

映画が終わったのが1時なので仕方のないことだが、どうやら拓也はご飯よりも先にゲームがしたいらしい。


そんな拓也は援護を求める。


「涼太もやりたいよな、クレーンゲーム」

「うん!やりたいやりたい!」

「ほらな」

「まあ、涼太君がそう言うなら付き合ってあげてもいいわよ…」

「よし。真由ちゃんもいいよな?」

「うん、いいよ」

「よっしゃ、決まりだな!じゃあ早く行こうぜー!」


そう言いながら拓也が走り出す。真由の隣にいた涼太も小走りで拓也に着いて行ってしまった。

残された真由は玲那と顔を合わせながら2人の後を足早に追う。


「ねえ、真由?」


その道中、玲那が真由を睨んできた。


「なんでずっと涼太君の隣にいるの?わたしだって隣歩きたいんだけど」

「じゃあ玲那ちゃんも隣に行けばいいじゃん。右が空いてるでしょ?」

「そしたら拓也君が1人になっちゃって可哀想じゃない。…次はわたしが涼太君の隣に行くからね」

「…分かったよ」


真由は玲那も自分と同じく涼太のことを好いているのを知っている。だが、自分も涼太のことが好きなのだ。友達として複雑な心境ではあるが、真由は譲るつもりはなかった。

とは言え、今の玲那の話は納得できた。

だから真由はその提案を素直に受け入れ、彼の隣を玲那に渡すことにした。


隣を歩けなくともチャンスはある。

大したハンデではない。


(…だけど玲那ちゃんは強引なところがあるからなぁ。私もしっかりアピールしないと!)


真由の推測では、藤宮涼太という人間は自分の興味がないものにはとことん興味を抱かない性格をしている。だから、一番大事なのは彼に興味を抱かせること。

どんな手を使ってでも何かしらの興味を自分に向けさせたい。

それが彼女の切実な願いだった。


「あ、いたいた。なにやってるのー?」


そうして2人を追うこと数分。

2人の姿を見つけた玲那は、問いかけながら2人に近づく。


「やっと来たな。ほら、これだよこれ!」

「おお!」

「ウッちゃんだ!」

「そうそう。たまたま見つけたんだよ。よしよし、良い感じだぞ〜」


2人はウッちゃんのクレーンゲームの前に立っていた。

拓也が操作し、涼太がその横で目を輝かせながらそれを見守っている。

女子2人も見守り隊に加わった。


「あ、そこら辺いいんじゃない?」

「いや、もう少し右だな。…やっぱ左か?」

 

拓也がプレイしているのは制限時間式の台。

時間が来ない限りいくらでもアームを動かせる。

そしてあまりにもじっくり狙いを定める拓也に痺れを切らした玲那は、その隣にある同じ台に移動して財布を取り出した。


「待ってられないわ。わたしもやる!」

「じゃあ真由も玲那ちゃんの後にやろうかな」

「いい度胸ね。あんたの分なんて残さないくらいに掻っ攫ってやるわよ」


そうして男女2人ずつ、2台のクレーンゲームに熱中していくのだった。


* * * *



「うそでしょ…。これ以上やったらお昼ご飯のお金が…」

「だからあれだけやめなって言ったのに…。私はそうならないために早々に諦めたんだからね」

「うう…。あと少し、あと少しって思っちゃったのよ。クレーンゲームは悪魔だわ…」


クレーンゲームに金をごっそり持っていかれて肩を落とす玲那。その背中をさする真由。


その真横では拓也が涼太の肩をポンポン叩きながら笑っていた。


「やっぱすげぇな涼太! それ何個あるんだ!?」

「へへ、6個あるよ」

「やべぇー!!」


涼太は小さなぬいぐるみたちを両手に抱えながら笑って答えた。

それを見た真由は一瞬思う。


(いっぱいあるし、もしかしたら1個くらい私にくれたりするのかな? …いやいや、そんなことあるわけないか)


理想を描き、即座に掻き消す。


その横で、真由の友人は威勢良く言い放ってみせた。


「すごいすごい!そんなにあるなら1個くらい頂戴よ!」


(えっ、ちょ、玲那ちゃん!? あの涼太君がウッちゃんグッズをくれるわけないじゃ——)


「いいよ」


(—えぇ!?!?)


真由は無言で驚愕しながら涼太を見た。

驚きすぎて最早声は出なかった。


「じゃあ、これあげる」

「本当に!? やったぁ!ありがとう!」


動揺する真由の視線の先で、涼太が玲那にタコのキャラクターを手渡した。

玲那もまさか本当に貰えるとは思っていなかったのだろう。だいぶ驚いているようだ。


「たっくんもいる?」

「いや、俺はいいや」

「そっか。じゃあ早くフードコート行こ。僕もお腹すいたよー」

「だな」


そう言いながら、2人はまたしても女子たちを置いて先に歩き始めてしまった。

真由と玲那も一歩遅れてその背中を追う。


そして真由の数歩先を歩く玲那は、振り向きざまにニヤリと微笑んだ。タコのぬいぐるみを手のひらに乗せて見せびらかしながら。


「へへん。わたしの勝ちね」


それに対し、真由はムッと頬を膨らませることしかできなかった。


(もうー!玲那ちゃんにあげるなら私にもくれたっていいのに!涼太君のバカ!)


彼女の戦いはまだまだ続く——。

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