第64話 夏だ! 海だ! —7
帰りの電車に揺られながら、花、ポム、ミカ、そして御珠の4人はシートに座って眠っている。
今日も海で少し遊んだし、昨日の疲れもあって眠かったのだろう。みんなスヤスヤ寝ている。
そんな4人の寝顔を見ながら俺は吊り革に捕まり、隣に立つアリスに話しかけた。
「アリスはみんなと探さなくてよかったの?ナマコ」
「ワタクシは浮き輪の上からみんなの姿を見ているだけで十分だったんですよ。昨日はいっぱい動いて疲れちゃいましたから」
「あはは、それは同感。私も全身筋肉痛だよー」
「だからビーチで寝ていたんですか?…そういえば、確かパラソル閉じてましたよね?」
「あれはね、確かにあんまり体を動かしたくなかったってのもあるけど、本命は別。少し肌焼いてみたかったんだよね」
「あら、せっかく真っ白で綺麗な肌なのに」
「まあね。だけどちょっと興味あったんだよね、褐色女子」
「きっとシュンは白いままの方が似合いますよ」
「そっかー。アリスはそう思うかー」
「ふふ、シュンがやりたいようにするのが1番だとは思いますけどね」
アリスそう言いながらは小さく微笑んだ。
俺も口角を上げて返した時、ちょうど次の駅が近づいていることを告げる放送が流れた。
乗り換えのためにみんなで降りなければならない。
「おーい、起きて起きて」
俺が4人の頭をポンポン叩いて起こすと、みんな目を擦りながら眠たそうに反応した。
「ん〜〜。もう駅〜〜?」
「そうだよ花。ほら、立って立って」
「藤宮ぁ、アンパン出来上がったのかー?」
「何言ってんの御珠。寝ぼけてないで立ち上がって」
数秒寝ぼけた後、4人はハッと気づいたようにシートを立ち上がった。
そうして俺たちは電車を降り、そのまま乗り換えのために駅の構内を歩いて行く。
デカい駅だから移動が大変だ。
歩き始めてから数十秒で花が
「疲れたよ〜。足がパンパンだよ〜」
「ナマコなんて探すんじゃなかったね。結局見つからなかったし、アタシも足が痛くなっただけだったよ」
「そもそも何でナマコなんて探そうと思ったの…?」
「だって人生で一度は見てみたいじゃん、生のナマコ。シュンは見たくないの?」
「んー、そこまでして見たいものでもないかな。水族館にでも行けば見れると思うし」
「うわ!夢がない!!」
「少年心が足りてないね〜」
一体ナマコのどこが彼女らをこうも駆り立てるのだろうか…。
俺もいつか取り憑かれちゃうのかな。
「少年心はさておき、私はこっちだから」
俺は使ってる路線の都合でみんなと最後まで一緒に帰ることはできない。
ここでお別れだ。
俺はみんなに向き合い、手を振りながら別れを告げた。
「ホント、楽しかったよ。また夏休み明けに!」
「ばいば〜い!また今度ね〜!」
花を筆頭に、みんなが笑顔で手を振ってくれる。
俺も笑顔で返しながらみんなとは別のプラットホームに向かった。
「……」
あと1週間もすれば夏休みは終わる。
すぐに会えるようになるんだから当たり前と言えば当たり前だが、案外こういう時の別れはサッパリとしている。
俺は満足感の中に少しの寂しさを感じながらこの旅行に幕を閉じた。
* * *
「ただいまー!! ……あれ?」
いつもなら、帰宅の挨拶をしたらお母さんが大きな声で返事をくれる。
だけど今は誰からも返事はなかった。
俺は荷物を携えて静かな我が家に上がり、そのままリビングに入る。すると、ソファーに横たわるお父さんの姿が目に入った。
「お父さんいたんじゃん。ただいまー」
「………」
「ん?」
返事はない。何なら動いてすらいない。
俺は荷物を壁の近くに置き、お父さんの様子を確認しに向かう。
「ああ、寝てたのね」
お父さんはソファーに横になりながら寝息を立ててスヤスヤ眠っていた。
日曜の昼間から昼寝。さぞ気持ちよかろう。普段から仕事を頑張っているものなぁ。
さぞかし疲れていたのじゃろう。
だけど、起こします。
「た、だ、い、ま!」
俺はお父さんの顔に自分の顔を近づけ、お父さんの鼻をツンツンしながら話しかけた。
すると、「んん…」と唸りながらお父さんが目を覚ます。
そしてゼロ距離の俺と目が合うと、勢いよく飛び跳ねながら起き上がった。
「……うぉっ!? し、シュン!?」
「ただいま〜」
驚きのあまり息を切らしているお父さんに、俺は笑顔で手を振った。
「びっくりしたぁー! 帰るなら帰るって連絡してくれよ、心臓に悪いぞ」
「ごめんごめん、完全に忘れちゃってたよ。
まあ、そのおかげで寝起きドッキリ出来たんだけど」
「起きたら目の前にいたもんだから本当にびっくりしたぞ…」
「じゃあドッキリ大成功だね。ところで2人は?」
「お母さんはスーパーに買い物、涼太はお友達と遊びに行ってるぞ。お母さんはもうすぐ帰ってくるだろうけど、涼太は分からないな」
「そっかそっか。じゃあお土産はみんなが帰ってきたら渡そうかな」
「お、買ってきてくれたのか?」
「そりゃあね。まあ、大したものじゃないけど」
「構わないさ。お父さんは娘がお土産を買ってきてくれた事実だけで嬉しいからな。はっはっは」
「それはそれは」
俺は手洗いうがいを済ませてきてからテーブルのもとに座る。
お父さんも俺の対面に座り、笑顔で尋ねてきた。
「それで、どうだった?」
「楽しかったよ。疲れたけど、良い思い出になったよ」
「そうかそうか! そりゃあ良かったな」
お父さんは腕を組みながらウンウンと頷く。
そして、笑顔だったその表情が少し神妙なものに変わった。
「…実はな、お父さん少し心配だったんだ。昔からお前は友達を作らない方だったし、あんまり遊びにも行かなかったからな。だけどこうやって楽しんで帰ってきたお前を見て、お父さん、安心したよ」
「…そうだったんだ」
確かに俺はこの体になってから幼稚園、小学校、中学校を通してあまり友達は作ってこなかった。それは周りの人の精神年齢が俺よりも低すぎたからだ。友達を作れないような性格をしているんじゃなくて、作ろうとしなかっただけに過ぎない。そもそも前世でだって友達は作れたしな。多くはなかったけど…。
そして現に、俺は前世と同じ高校生まで成長した今、多くの友達に囲まれている。
自分から友達を作りにいった、というよりは向こうからきてくれたパターンが多かった気もするけど、友達がいるという事実は確かに存在する。
いろいろと複雑な娘でごめんね、お父さん。
心配させちゃって悪かったよ。
「大丈夫だよお父さん。私は楽しくやってるからね」
俺はお父さんの目を見つめながら真剣な表情で答えた。
すると、お父さんは豪快に笑いながら俺の頭を撫でてきた。
「だからもう安心したって言ってるだろう?
そんな顔するなって。せっかくの顔が勿体無いぞ」
「…言い出したのはそっちなのに」
「むむ、確かにそうだな。まあ気にするな。はっはっはっ! 」
ちょっとシンミリした空気を出し始めたと思ったら、すぐにいつもの調子に戻ってしまった。まあ、気分屋なところがある人だ。気にしないでいこう。
てことで、切り替えも兼ねて俺はスマホを取り出した。
「ところで、私の友達見たくない?」
「おお!見たい見たい!」
「じゃ、これをご覧あれ」
そう言いながら、俺は帰る前に旅館の前で撮った集合写真をお父さんに見せた。
葉子さんに撮ってもらったイイ感じの1枚だ。
お父さんは俺からスマホを受け取ると、小さく唸りながら目を輝かせた。
「おおー!みんな可愛いな!」
「高校生相手に変な感情抱かないでね?」
「ははっ。そんなこと思うわ、け……」
写真をズームしながらみんなの姿を見ていたお父さんは、途中でピタッと固まった。
どうしたんだろう?
「何かあった?」
俺が尋ねると、お父さんは頭をブルブルっと横に振り、俺にスマホを返してきた。
「いや、勘違いだろう。何でもないさ」
「そっか。なら別にいいけど」
俺はスマホを受け取りながら答えた。
「じゃあそろそろ私は荷物片付けたりしてくるから、また後でみんなが揃ったら土産話してあげるね」
「ああ。楽しみにしてるよ」
一旦話を終えた俺たちは互いに席を立つ。
俺は2階に行くが、お父さんは何をするのだろうか。
上に持っていく荷物をまとめながら見ていると、お父さんは冷蔵庫から色々と取り出し始めた。
「シュン、これから昼飯にするけど何か食べるか?」
「ううん、いらないよ。駅前でうどん食べてきたんだ」
「そうだったのか」
「うん。じゃ、私は上行くからー」
「おう。また後でな」
昨日の残り物であろう料理をレンチンするお父さんの姿を横目に見ながら、俺はリビングを後にした。
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