第61話 夏だ!海だ!—4

「いぇ〜い! サイコ〜!!」

「ちょ花っ、暴れないで! 落ちる落ちる!」

「泳げるんだからいいじゃ〜ん」

「うわっ!」


青イルカちゃんに俺と花が乗り、灰色イルカちゃんにはポムとミカが乗っている。

アリスは丸い浮き輪でフヨフヨ漂い、御珠は何も使わずに大の字になって浮かんでいる。


たった今、暴れる花のせいでイルカちゃんから振り落とされた俺は御珠の方に移動して、同じく大の字になって海に浮かんだ。


「おお、全身に浮力を感じるね」

「わかるわかる。ちょっと不思議な感覚」

「だね」


サングラスをかけて海に浮かぶ御珠。

水に濡れて海面に広がった赤い髪が黒い水着と相まって非常に目立つ。どこからでも発見できそうだ。

一方、俺の髪は短いから水に濡れてもそこまで広がったりはしない。ちょっと物足りなさを感じるぜ。

ま、長髪より短髪の方が濡れた時の被害が少なくて済むから楽チンなんだけどね。


「なんか、全てがどうでも良くなるね…」

「そうだな、藤宮…」


全身で日光を浴びながら波に身を委ねて海に浮かぶ。まるで時間が止まっているような、そんな穏やかな気分だ。


しかし、それを破壊せんとする者が1人。


「2人とも、轢いていい〜?」

「いいわけないよね!?」


イルカちゃんの上から花がニヤニヤしながら尋ねてくる。

是非ともやめていただきたいものだ。

…いや、イルカちゃんは本質的には浮き輪だし、それほど動作のコントロールが効くものでもないよな?

波に攫われたらそのままイルカちゃんも動いちゃう訳だし、轢こうとしても簡単に轢けるわけないじゃん!




…そう思っていた時が僕にもありました。


イルカちゃんの尻尾の方に移動して、重心を後ろに持っていった花。

後ろが重くなったことでイルカちゃんの上半身が海面から浮かび、バイクのウィリーみたくなっている。


「とりゃあ〜!」

「え、ちょっ!? あばばっ——」


そんなイルカちゃんの上半身を花は俺に叩きつけてきやがった。

轢くというか、ぶつけてるじゃんか!

大の字になっていた俺は見事にイルカちゃんの下敷きになった。


「あー!藤宮がやられた!」

「悠長にしてると次はダークネスちゃんを轢いちゃうよ〜」

「むむ。ならばやられる前にやるまで!」

「うわっ、こらっ、揺らすな〜!!」


水に沈んだ俺は、そのまま浮かんだら御珠と花のバトルに巻き込まれそうなので一旦更に潜る。そして2人の下を潜り抜けて、少し離れたポムたちの所に移動した。


「——ぷはっ。やあやあ」

「やっほー。逃げて来たの?」

「そうそう。私と御珠の安寧がピンクの悪魔に壊されちゃったからね」

「そのピンクの悪魔は今1人の勇者によって海に引き摺り落とされたみたいだよ」

「やっぱ悪は負けるって決まってるんだね。ところで、私も乗っていい?」

「もちろん。じゃあミカ、もう少し詰めてあげてよ」

「そうだね。はい、いいよここ」

「ありがと〜」


ポムの後ろに座るミカが少し前に移動してくれる。そうして生まれたスペースに俺は乗っかった。

そして、ミカの腰に腕を回す。


びっくりしたのか、ミカは少し恥ずかしそうにこちらを振り向いてきた。


「シュン…?」

「ほら、落ちないようにさ」

「…そーゆーことね」

「そうそう」


もちろん嘘です。

ちょーっとイタズラ心が湧いただけです。

少し照れてるミカ、可愛いです。


そんなことを考えていると、ポムがこちらを振り返って言ってきた。


「生身で浮かぶのも良いと思うけど、イルカちゃんも良いでしょー?」

「うん、この子の乗り心地も良いね」

「ちょっと苦しそうだけどね。若干さっきより沈んでるし」

「あはは、確かにミカの言う通りかも。シュン、重いんじゃない?」

「失礼な。ちゃんと標準体重ですー!」

「そう言うあんたこそ最近ちょっと太ったんじゃない?ほら」

「ひゃっ!? つままないでよ!」

「ほらほら〜」

「やめてってばー!」


ポムの背後から両手で脇腹をムニムニするミカ。あんまり抵抗すると全員墜落してしまうので、ポムも暴れるに暴れられないようだ。


「どれどれ〜?」


ミカの肩越しに首を伸ばして見てみれば、確かにポムのお腹は摘めるくらいにはプニッとしているのが分かる。

だけど、摘もうと思えば摘めるってだけで2段腹になっているわけじゃない。太っていると言うよりも健康的な肉付きと言うべきだ。

まあ、女子からすればそのくらいの肉付きでも太ったと思っちゃうのかな?


「アタシはまだ痩せてる方だから!ほら、もうムニムニ終わり!」


思ってなかったわ。


「ちょっと楽しかったのに…」


ミカは残念そうにポムのお腹から手を離した。俺もムニムニしてみたかったな。


「そんなことよりさ、あの2人は何してるの?」


ポムが自分から注意を逸らそうと別の話題を振ってきた。その視線は花と御珠の方に向いている。

2人は水飛沫を上げながら暴れていた。


「あー、あれは花が仕返しされてる図だよ」

「なるほど。何気に御珠ちゃんって執念深いんだね」

「うーん…。執念深いってより、また別のものを感じるけどね。ほら、耳すましてみなよ」

「分かった」


俺たちは耳をすまし、少し離れた所でバチャバチャ争っている2人の会話を聞いてみる。


「ぷはっ…! ごめんってば〜! おっぱい揉むのやめて〜!!」

「断るっ! もう少し反省しろー!」

「おぼぼぼぼ…」


…うん、見てる感じそんな気はしてた。


「ほらねポム、仕返しを理由に自分の胸がないことの憂さ晴らしをしてるだけだよ。私も時々やられる」

「あはは、それはそれでオモロイじゃん」


ポムは自分の胸を自慢げに眺めながら笑った。ミカも自分の胸を眺め、苦笑した。

なんと対照的な2人なのだろうか。



…ところで、先ほどからある人の姿が見受けられないのだが。


「てか、アリスどこに行った?」

「アリスならそこに…………あれ?」


アリスは浮き輪にスッポリ収まりながらフヨフヨしていたはずだけど……。


「さっき近くにいたよね!? まさかどっかに流されちゃった!?」

「え、やばくない?」

「やばいやばい!どこっ!?」


俺たちは一気に青冷めながら周囲を見回す。


何人もの人が海で遊んでいる。

サーファー。家族連れ。カップル。

だけど、その中にアリスの姿はない。


「え、マジでどこっ!?………あっ!!」


焦りに焦った俺はついにアリスを見つけた。


「どこどこ!?」

「ほら、あそこ」


焦るポムに、俺は砂浜の方を指差して答えた。


「マジで焦ったー。まさか流されて砂浜に戻されてたとは…。多分寝てるね、アリス」

「そーゆーこと!? びっくりしたぁ〜」

「ミカも心臓止まるかと思ったよ」


俺たちは砂浜にポツンと漂着していたアリスを遠くに見つめながら胸を撫で下ろした。

腕をぶらんと垂らして下を向いているし、日光を浴びながら海に浮かんでいるうちに眠ってしまったのだろう。気持ちは分かる。

アリスの近くを通る人が「どうしたんだろうこの人?」みたいな目でアリスを見て行くのがちょっと面白い。

とは言え、晒し者になっているのは可哀想だな。


「ねえ、起こしに行こうよ」

「だね。おーい2人ともー!砂浜もどろー!」


ポムの呼びかけに反応した花と御珠は水中バトルをやめ、青イルカちゃんを引き連れてこっちに泳いできた。


「あれ、アリスは?」

「あそこ。いつの間にか流されてた」

「えっ!? そんなことある〜?」


花は浮き輪の上で眠るアリスの姿を見て軽く笑った。

御珠は爆笑した。


「そーゆーわけで起こしに行くよ」

「そうだね、アレは起こしに行かないとだね〜」


俺たちは笑いながらアリスの所に戻って行った。


* * * *


「くぅー!海を前にして飲むコーラは美味いね!」

「おじさんみたいなこと言うじゃんポム〜」

「事実だし、おじさんみたいじゃないし!」


アリスを起こした俺たちは一旦拠点に戻ってきた。

クーラーボックスから瓶のコーラを取り出して飲み始めたポムに続き、俺たちもジュースを取り出して飲む。


「ぷはっ。それにしてもアリス、流されてるの気づかなかったの?」


俺が尋ねると、アリスは恥ずかしそうに答えた。


「全然気づきませんでした…。いつの間にか寝てしまっていたみたいで…。おかげであんなことになってましたよ…」

「アリスを見失った時めちゃくちゃ焦ったんだからね!今後は注意してください!」

「すみませんポム、それにみなさんも」

「いいよいいよ〜。結局無事だったんだから結果オーライだよ〜」


花が親指を立ててニッコリ笑う。俺たちも頷きながら親指を立てた。

アリスは「ありがとう」と言いながら立ち上がり、そのままビーチボールを持ち上げた。


「ところで、あそこのコートが空いてますし、ビーチバレーやりに行きませんか?」

「いいね!行こう行こう〜!」

「ミカはちょっと休憩してから行こうかな」

「私も少し休みたいから後から行くことにするぞ」

「おっけ〜。じゃあミカちゃんとダークネスちゃん以外は行ける?」

「行けるよ」

「私も」

「じゃあまずは4人ですね。コートが取られる前に行きましょうか」

「だね〜。レッツゴ〜!」


そうして、俺たちはビーチボールをするべくコートに向かった。












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