第60話 夏だ!海だ!—3

水着に着替え、その上から再びワンピースを着た俺たちは305号室、つまり俺の部屋に集まって荷物の最終チェックをしていた。


「さてさて諸君、準備はできたかね?」


俺の質問に皆が真面目な表情で頷く。


「ビーチボールは?」

「あります!」


花がスイカ柄のビーチボールを両手で掲げる。


「イルカちゃんは?」

「います、隊長!」


イルカの浮き輪を抱え持つポムが右手の親指を立ててグッドサインを作る。


「クーラーボックスは?」

「こちらに」


紐付きクーラーボックスを肩に掛けたアリスが秘書のような洗練された動きで腰を曲げる。


「小物やタオルは?」

「ここにありますぜボス」


色んなものが詰まったリュックを背負った御珠がこちらに背中を向ける。


「シュノーケルセットは?」

「隊長、ここに」


同じく色々入ったリュックを背負ったミカが親指を立てた。


「よろしい!皆、必要な物を持っているようだな」


ちなみに、この中じゃ俺が1番重装備だ。

巻かれた大きめのビーチマットを背負い、両腕で2本のパラソルを担いでいる。

どっちもこの旅館で借りることができたやつだ。葉子さんのご厚意で無料で貸してもらえた。ありがとう葉子さん!


「では、早速行くとしよう。しゅっぱーつ!」

「「「おおー!!」」」


俺たちは心を躍らせながら旅館を旅立った。


* * * * * * *


青い空。引き寄せる白い波。日光を反射してキラキラ輝く広い砂浜。立ち並ぶ海の家。


夏休みも終盤に差し掛かるというのに未だ客足にかげりの見えないこのビーチの一角で、小さなざわめきが起こっていた。


「おい、あの子たち見ろよ」

「えっ、みんな可愛いじゃん!声かけに行こーぜ」

「すげぇ…」


主に若い男性たちからの視線を集める6人の少女。彼女たちは皆同じような服装——麦わら帽子と白ワンピース——で、それぞれが様々な物を装備していた。

中でも目を引くのが背の高い銀髪の少女だ。

両肩にパラソルを担ぐという中々イカつい姿の彼女だが、遠目に見ても分かるスタイルの良さ、そして麦わら帽子の下からチラリと覗かせる凛とした顔つきが男たちの心を射ぬいていた。


そんな彼女を先頭にして歩く6人組は、やがて海の家の前を通り過ぎて砂浜に着き、シートを敷いて拠点制作を始めた。


彼女たちが陣取ったのは海の家から近い場所だった。だから海の家で休憩している人たちは彼女たちの様子をよく見ることが出来る。

パラソルの下で丸テーブルを囲む男子大学生グループも、彼女たちが着々と準備を進めていく様子をドリンク片手に眺めていた。


「なあ、あの子達可愛くね?」

「それな。あの茶髪の子めちゃくちゃ胸デカいし、俺、声かけに行こうかな」

「俺はあのサングラスつけた赤髪の子がいいわ」

「いやいや、お前らそーゆーこと考えるのは勝手だけどさ、彼氏いたらどうすんの?」

「まあそん時はそん時だろ。まあ、女子だけで来てるあたり誰も彼氏持ちじゃないって可能性に俺は賭けるけどな」

「だといいな」

「んじゃ、早速ナンパしに行きますか〜」


1人が立ち上がると、別の学生が彼の腕を掴んだ。


「今は忙しそうだし止めとけって。行くにしても向こうがのんびりし始めたらにしろよ。忙しそうじゃん今」

「確かに、そりゃそうだな。はは、つい焦ってたぜ」

「お前はいつもだろ」

「は?テメーどういう意味だぁ?」


軽く小突き合う2人を見て他の面々は大声で笑う。


男子トークを繰り広げる彼らの視線の先では、6人の少女らがどんどん準備を進めていくのだった。


* * * * *


「うんしょっと……、よし、出来た!」

「やるなー藤宮。流石流石」

「御珠はさっきから寝っ転がってるだけじゃん!仕事してよ」

「私は疲れちゃったんだよー」

「えー、御珠ちゃん手空いてるならアタシに日焼け止め塗ってよー」

「ポムの身体は色々とズルいから触りたくない」

「いじわるー」

「ポムだって御珠の横で寝転がってるだけじゃん!!2人とも仕事してよ!」

「「やだー」」

「ったく…」


俺がパラソルを必死に組み立て、ミカや花、アリスも拠点設営のために働いてくれているというのにこの2人ときたら…!

何だかんだ相性の良い2人だけど、ぐーたらする点まで相性良くなくていいのに。


「コーラ買って来ましたよー。ここに入れておきますね」


心の中で文句を垂れていると、ちょうどアリスが瓶のコーラを数本買って戻ってきた。

クーラーボックスにそれを入れ、「ふぅ」と額の汗を拭う。汗で濡れた前髪が少し色っぽいな。

俺も真似してみよ。


「ふぅ」


あんまり汗はかいてないけど額を拭ってみた。ついでに、先ほどから俺たちを見てきている兄ちゃん達の方にチラリと視線を向けてみる。

すると彼らの1人と目が合い、直後彼は目を逸らしてしまった。

おやおや、俺の美貌に照れてしまったのかな?向こうのが歳上だろうけど可愛く思えるな。


そんなことを考えながら俺は完成に近づきつつある我らが拠点を改めて眺める。


大きめのシート、2本のパラソル、クーラーボックス。うん、基本的な物は全部設置し終えたな。

ミカと花もビニール製品に空気を入れ終えたみたいだし、そろそろ遊びに行けそうだ。


「ほら、2人とも起きて。海行こうよ」

「お、準備終わったの?良いね、行こう行こう」

「下僕たちよ、ナイスだ!」

「何もしてない人たちに褒められてもな〜」

「2人とも後片付けは手伝ってよね?」

「「はーい」」


腕を組んでむすっとするミカと花を前に、ポムと御珠は「あははは」と苦笑いしてやり過ごす。

その間、アリスは自分のカバンを漁っていた。



「アリス何探してるの?」

「えっとですね…あったあった、これです!」

「…?」


アリスはニコニコしながら謎の物を俺に見せつけてきた。

なんだろうこのボトル?


そう疑問に思っていると、俺以外のみんなは目を輝かせてそれに反応した。


「え! アリスすごい!! よく手に入れたね!」

「全然売ってないのに〜!」

「私も欲しかったやつだ!」


え、これ知らないの俺だけ?


「これ有名なの…?」

「知らないのシュン!? 有名な日焼け止めだよ〜。最新のやつなんだけど人気すぎてどこにも売ってないの!」

「藤宮、それでも女子を名乗れるのか?」

「日焼け止めってベタベタするじゃん。それが嫌であんまり塗りたくないんだよね。だからそんな凄そうな物を知るはずもなく…」

「それがですね、これは塗っても全くベタつかないんですよ。ほら、手出して下さい」

「分かった。………ほんとだ!」

「ふふふ、そうでしょう?」


アリスは俺の手に500円玉くらいの量のクリームをニュルっと出してくれた。

試しに腕に塗ってみたけど、確かにベタつかない。爽やかな良い匂いもするし、凄いな。


「いいな〜。ちょっとでいいからわたしにも使わせてよ!!」

「仕方ないですねぇー、後でみんなに貸してあげますよ。だけど、先に着替えちゃいましょう。その方が塗りやすいでしょう?」

「確かに〜。じゃあ早く着替えちゃおう〜!」


俺たちはワンピースの下に水着を着ているので、ワンピースを脱ぐだけで着替えは終わりだ。

それぞれ脱いだワンピースを自分のカバンの上に畳んで置き、その上に麦わら帽子を被せる。みんな似たような麦わら帽子だからどれが誰のか分かりにくいけど、御珠のだけはサングラスが付属しているからすぐ分かる。


それにしても、いやー、素晴らしい!!

やはり海と言えば水着だな!

流石にスク水を持って来ている人はいない。みんなそれぞれ可愛かったりオシャレだったりする水着を持って来ている。


まずはミカ。本人が言っていた通り露出少なめのワンピース型の黒い水着だ。

だが、露出度低めと言っても首から脇にかけてのカットが鋭いため肩や脇は丸見えだ。

サラサラの長い黒髪とよく似合い、大人っぽい雰囲気を纏っている。


次に花。花はヒラヒラのついた淡いクリーム色のビキニだ。

ふわふわした印象の花と似合う、ザ可愛い系といったところか。

ちょっと腹回りがモチっとしている気がするけど、くびれはしっかり確認できるし、このくらい肉付きが良いほうがイイかもしれない。

後でハグさせてもらおう。


流石と言うべきか、アリスはだいぶ攻めた感じの白いワンショルダービキニだ。

左肩にだけ布が掛かっているデザインのそれは、胸の中心に1つだけちっちゃいリボンがついていてオシャレさと可愛さを両立している。谷間もガッツリ晒しているが、不思議とエロいとは思わない。芸術的で、むしろ感動すら覚える。


御珠はセパレートのタンクトップビキニだ。

ツヤツヤした黒い生地がピッタリと御珠の身体に張り付いている。

やっぱり胸はないが、くびれや腰回りは意外と女性らしい体付きをしている。

うっすら浮かび上がる腹筋と、水着の黒によって際立つ鮮やかな赤髪がカッコいい。


そして1番ヤベェのがポムだ。

こいつは何を目指してるんだ…?

薄いピンク色のビキニだが、胸の中心に金のリングがあって、その暴力的な谷間がもろ見えだ。

胸を隠す三角の部分以外の布は紐とでも言った方が良さそうなほど細いし、ボトムスは面積こそ広めだが随分とハイレグだ。

男ウケは抜群だろうけど女ウケはどうなんだ?と思ったけど、案外みんな恍惚とした表情でポムを見ている。


最後に俺だが、俺はあえて無難な感じの水色のビキニにした。

スカートタイプの可愛い目のボトムスと、細いレースのついたトップス。

派手さはないが、俺は素材もとが強いからこれくらいで十分なのだ。


各々がそんな水着姿に変身し終え、アリスから日焼け止めを借りて体に塗り始める。


俺はさっき貰った分で事足りているので、その場に座り、みんなを眺めて待つ。


「いやー、みんな似合ってるね。私の疲れた目がぐんぐん回復していくよ」

「シュンだって似合ってるよ〜。てか、みんなスタイル良すぎ〜! わたしが太ってるの余計バレちゃうじゃん」

「あはは、アタシは花はちょっとぷにぷにしてるくらいの方が可愛いと思うよ」

「やだよ〜細くなりたいよ〜。そもそも、ポムはなんでそんなにメリハリあるの?おっぱいはデカいのにお腹は出てないしズルい〜。ダークネスちゃんも痩せてるし〜」

「こう見えてアタシは努力家なの。この身体は日頃の努力の賜物なのさ」

「私も運動は結構しているからなぁ。甘い物を食べるのを減らせばすぐ痩せると思うぞ、きっと」

「……やっぱりもう少しこのままでいい気がしてきたかも」

「ふふ、花は甘い物を食べることが生き甲斐ですからね」

「そうなんだよぉ〜、甘い物やめられないんだよぉ〜」


果たして、花が甘い物を断絶する未来は訪れるのだろうか。

いつもドーナツとか菓子パンとかをもぐもぐしている花がダイエットをしようと志す姿が想像できない。

まあ、今の花は決して太ってるとは思わないし、なんならぽっちゃりしているという表現も当てはまらないくらいには痩せていると思う。

別にそのままで良いと思うけどな。


「—よし、ミカも塗り終わった。ありがとうアリス」

「いえいえ。では、そろそろ行くとしましょうか」


最後にアリスの日焼け止めを受け取ったミカがそれを塗り終え、俺たちは装備を手にして立ち上がる。


まずは水と戯れよう。


ゴーグルやらシュノーケル道具やらを袋に詰め込み、俺たちは白波に向かって歩き出す。







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