第59話 夏だ!海だ!—2

「おおー! ザ田舎って感じだねぇ!初めて来たよこんな感じの所」

「ミカもこーゆーとこは初めて」


一番乗りで駅構内から出ていくなり、ポムとミカは口を丸く開けて辺りの景色を見回す。俺たちもそれに続いて構内を出て、大自然を間近に感じるその光景に目を見開いた。


「なるほど、確かに私もこんな感じの所は初めてかも」

「はっはっは、私は山をいくつか持ってるからよく見る光景だけどな!」

「…何か1人だけ価値観おかしい子混ざってない〜?」

「こう言ってはあれですが、ワタクシも幼い頃は雄大な大自然に触れ合っていたのであまり目新しさはないですね」

「2人に増えたよ、花」

「だね、シュン」


この駅は小さな山の一部を切り開いて作られた駅らしく、そのため周りは背の高い木々に囲まれている。構内から一歩出ればそれら沢山の樹木とこんにちはである。 


こんにちは、木。元気してる?

セミもいっぱい引っ付いてうるさく鳴いてるし、その様子じゃ元気かな。

じゃあ、俺たちは行くからまた今度!


「お〜い2人とも〜! なに、カブトムシ探してんの〜?そんなのいいから早く行こ〜!」

「ごめんごめーん、今行くー!」


俺らから少し離れた所で少年の如くカブトムシを探していたポムとミカを呼び戻した花は、先頭に立って次なる目的地へと歩き出した。

一旦荷物を旅館に置いてから海に行こうという話になっているので、旅館の場所を知っている花が案内役だ。

そんな花は、ロータリーから道なりに伸びる緩やかな下り坂を降りて行く。



夏休みということで子連れの家族も多く、普段は人の少なそうなこの田舎道でも行き交う人の数は多い。

そうは言っても普段の都会生活に比べたら圧倒的に人は少なく、普段うるさく感じるセミの鳴き声もただの環境音と捉えられるような落ち着いた空気がこの地には漂っている。

風が吹けば草木が揺れ、その擦れる音が爽やかな夏を感じさせる。


田舎って、いいな。


そんなことを思いつつ、俺は隣を歩くミカに話しかける。

ちなみに前には花とアリスが、後ろにはポムと御珠がそれぞれ会話しながら歩いている。


「さっきカブトムシ探してたけどさ、好きだったの、虫?」

「まさか。ポムあいつが『カブトムシ探そーぜー』とか言いだしたから仕方なくついて行ってあげただけだよ」

「はは、そーゆーことか。ミカがカブトムシ好きなイメージとかなかったし納得」

「虫は基本無理だよ。ダンゴムシくらいならまだ許せるけど」

「分かるよー。私も虫嫌いだもん。あいつら予測不能な動きするから恐怖すぎる」

「分かる分かる。…ところでさ、水着ってどんなの持って来た?」

「ん、私は普通のビキニ持って来たよ。よくある王道なやつ」

「流石だね。私は露出少なめのにしたよ」

「え〜残念。ミカ、スタイル良いし露出多くても似合うと思うのに」

「いや、最近太っちゃったからボディラインが見えるのはあんまり、ね」

「そう?全然太ってないよ」

「太ったの…!」


むむ、これは「太ってないよ」「いや太ったよ」で無限ループするやつだな。

こんな時は早々に必殺技を出そう。


「えいっ」

「ひゃっ!? ちょっと!」


俺はミカの横腹を右手で軽くつまんだ。


「へへーん。ちょっぴりプニっとしてたね」

「もーうー!!」


つばの大きな麦わら帽子の下で頬をぷっくり膨らませて怒るミカ。

ミカは怒ると冬眠間近で餌を頬に頬張ったリスみたいな表情をするのだ。

つん、ってしたくなるけど、そうすると更に怒るから自重しておこう。

俺は軽く笑ってやり過ごした。


「にしても、改めて見てみると私たち6人姉妹みたいだね。六つ子みたいな?」


俺は、今度はみんなに聞こえるくらいの声量でそう呟く。


「あー、アタシらの服装が同じだからってこと?確かにそう見えるかもね。だいぶデコボコしてるけど」

「わたしたち身長差あるもんね〜。これで同じ身長だったら本当に六つ子とかに見えてたのかな〜」

「何もアタシは身長のデコボコのことだけを言ったわけじゃないんだけどなぁー?」

 

あ、流れ変わったな。


「なぁにポムさん? 誰が胸ないって〜?」


前を歩く花がギョロリと首を後ろに向けた。

対するポムは肩をすくめ、おどけて答える。


「別に誰がどうとか、そんな具体的なことは言ってないんですけどー?何ですか、花さん自分の胸に劣等感抱いてるんですかー?」

「くっっ…! アリス!わたしの代わりに言い返して!」

「ふふふ、大丈夫ですよ花。今のポムの心は荒れ果てているんです。わざわざ言い返すまでもありません。ほら、以前から仕事が少なくなってきたという話でしょう? だから少しでも優越感に浸ろうとこんなことを言い出すようになってしまって…。ああ、何て可哀想なんでしょうか」

「かはっ……!!! ずいぶんと言ってくれるじゃんかアリス。けどねぇ、アタシだって頑張って最近復活してきてるんだからね!!」

「そうですかそうですか。なのに心は穏やかでないと。ふふ、難儀なものですね」

「くっっ……、アリスを敵に回したのは失敗だったか」

「どうしてアリスだけが敵だと?ミカもいるんだけど」

「いや、ミカは別カウントというか…ちょ、御珠ちゃんつねらないで!!! おっぱい殴らないで!!!」


自分から攻撃を仕掛けておいてあっさり負けてしまったポム。俺はどっちの肩も持っていないのでノーダメだ。

背もあるし、胸もそれなりにある。先ほどのデコボコ理論で言えばデコデコだ。


そうやって1人勝手に優越感に浸っていると、アリスが俺の方をぼーっと見つめてきていることに気づいた。

前方不注意は危ないのでしっかり前向いて歩いてください。


「…どうしたの?」

「いや、考えてみたらシュンの弱点って何なんだろうと思いまして」

「確かに、藤宮はなんでも持っててズルいぞ」

「言われてみればそうだね〜。スタイルいいし、顔もいいし、いい匂いするし、誰かさんと違って性格もいいし」

「あはは、そんな風に言ってもらえるのは嬉しいね。あえて謙遜はしないでおくよ。けど、私にも明確な弱点というか致命的な問題というか? そんな感じのはあるよ」

「へえ、意外。それは?」


横から軽く上目遣いで見つめてくるミカを尻目に、俺は不敵に笑って言う。


「ま、きっといつか分かるよ」

「え〜、知りたかった〜」

「教えてよ藤宮」

「知りたいです」

「ダメー」


俺の決定的な問題。それは俺がということ。こんなことを言えるはずがない。

もし仮に言ったとしても、この後の空気が想像を絶するものに様変わりするのは目に見えている。

だからここは秘密という形でみんなの興味を集めておくだけに留めておこう。


「あ!ほら、海見えてきたよ」


ちょうど道の脇から下の方に海が見えてきたのでそれを指さす。

するとみんな「おー」と言ってそちらに興味を向けた。

よしよし、ナイスタイミングだ。


「あそこのビーチですよね?」

「そうだよ〜。後少しで旅館だし、だんだんワクワクしてきたね〜」

「うんうん!」

「あんたはもう少し反省してなさい」

「はい…」


飼い主ミカに叱られたのポムの姿をみんなで笑いながら、進んでいた下り坂の途中を曲がって脇の細道に入る。

そこから更に少し進んだ所で大きな建物が姿を現した。


「じゃじゃ〜ん、これが例の旅館で〜す!」


小走りで旅館の方に1人進んで行った花が両手を広げて俺たちの方に振り返り、まるで我が家を紹介するかのように自慢げに語った。


俺は思わず声を漏らす。


「すご、思ってたよりデカいや」

「ね。想像以上」

「本当にここに泊まれるのか?」

「もちろん!更に親族特権で安くなるしね!話した通り、1人1万円!」


内装はまだ分からないが、外装だけでもここがしっかりした旅館だということは伝わってくる。


4階建てのこの旅館は築年数もそれなりらしいが、それを感じさせないほど綺麗だ。 

全く朽ちていない木造建築に乗っかる瓦屋根は伝統的な日本建築の重厚感を纏っている。

ふと足元を見てみると地面は砂利道に変わっていて、旅館の入り口まで踏み石が埋め込まれている。所々小さな照明も埋まっていて、夜間でも視界が確保できそうだ。


こんな所に一万円で一泊できるなら安い方だろう。普通に泊まったら数倍もしそうだ。


「じゃ、早速行こう〜」


流石に砂利道でキャリーケースを転がしていくわけにもいかない。

俺たちは体の前にキャリーケースを抱えながら、踏み石の上をリズミカルに歩いて行く花に着いて行く。


そして入り口につくと、花は躊躇なく引き戸を開けた。

そのまま花は中に入り、上半身をヒョイと出して俺たちにも入るように手招く。

それに従い、少し遠慮気味に俺たちも中に入った。


「おお…」


そして俺は再び声を漏らす。

中はレトロな昭和感と洋風な感じが合わさった、和洋折衷の造りだった。

温かみのある赤茶色の木材がベースの、大きなテーブルやビリヤード台、ソファーなどが置かれた大広間と言った感じだ。オシャレな曲も流れている。


見たところ、この場に他のお客さんはいないようだ。まあ、こんな時間にチェックインできること自体が特別なんだろうし当たり前と言えば当たり前か。


そして、入り口正面のカウンターには薄紫の着物を着た1人の女性が立っている。


「久しぶり葉子ようこおばちゃん」

「久しぶりねぇかおるちゃん。そちらの方々がお友達の?」

「そう。みんな、この人がここの女将の葉子おばちゃんだよ」

「「こんにちは」」


俺たちは揃ってお辞儀した。


「こんにちは。礼儀正しくていい子達ね。今あった通り、私がここの女将の藤原葉子です。短い間だけれど、よろしくね」

「「よろしくお願いします」」


再び揃ってお辞儀すると、葉子さんは「ふふ」と笑いながら2つの鍵を花に渡した。


「3階の奥の部屋が薫ちゃんたちのお部屋ね。準備はできてるから、もう使えるわよ」

「ありがとう!じゃあ荷物置いたら海に行ってくるから」

「それは楽しそうだこと。じゃあ、私は仕事に戻るから後は楽しんでちょうだい」

「はーい」


そう言い終えると、葉子さんはカウンターの後ろにある扉の向こうへと消えてしまった。


残された俺たちは再び花を先頭にして階段を上がっていき、言われた部屋の目の前で立ち止まる。


「さて、部屋割りはどうしようか?」


ポムが腕を組みながら呟き、みんながうーんと唸る。

「6人で1部屋は狭いかもだし、せっかくだから2部屋借りようよ!」という花の提案で2部屋借りることにしたが、実際部屋を割り振るとなると悩ましい。

そこで俺は1つ提案した。


「じゃんけんしてさ、勝った組と負けた組で組むのはどう?」

「いいね、そうしよう」


ポムが指をパチンと鳴らして賛同してくれた。

みんなも口々に賛成の意を示してくれるのでそれで決めるとしよう。


「じゃあ行くよ。最初はグー、じゃんけんポン!…おお、1発で決まったね」


ちょうどグーとチョキで3人ずつに分かれた。

俺とミカと花がグー、ポムとアリスと御珠がチョキだ。


「じゃあ勝った組が305で、負けた組が306の部屋ってことでどう?」

「構いませんよ。では、早速入ってみましょう」


そういうわけで、俺たちは一旦二手に分かれてそれぞれの部屋に入った。


「「「おおー!」」」


中は結構広い畳の部屋だった。

部屋の中央に楕円のテーブルがあり、それを囲うように座椅子が並んでいる。

靴を脱ぎ、部屋に上がって奥の障子を開けてみれば、そこには横長のソファーが窓を向いて置いてあり、そこから望めるのは綺麗な海とビーチの姿だった。

結構ここから近そうだ。


「こりゃあ絶景だね。最高じゃん」

「だね。ミカ、こーゆー畳の匂いも好きだから大満足」

「分かる〜。わたしも好きだよ」

「いいよねー畳の匂い。ま、とりあえず海に行く準備しちゃおうよ」

「そうだね」

「だね〜」


俺たちは畳の上でキャリーケースを開き、中から必要なものを取り出していく。




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