第54話 父(?)、沖縄より帰還
「そろそろかな」
「そろそろかしらね」
「そろそろだよ」
俺とお母さんと涼太の3人は玄関の前に座ってただ待っている。
そう、お父さんの帰りを。
普通なら空港まで迎えに行くだろうけど、向こうがLIMEで『空港だとはしゃぎにくいから家で待っててくれ』とかいうよく分からんメッセージを送ってきたせいでこうなっている。
かれこれ15分くらい玄関で待っているけど、一向に帰ってくる気配がない。
LIMEのメッセージも既読がつかないし大丈夫かなぁ。
なんて思っていると、ようやくガチャっとドアノブが動いた。
「あ!」
いち早く気づいた涼太が床から飛び跳ね、俺とお母さんも立ち上がって帰宅を迎える。
「ただいまただいま〜!!」
扉が開き、懐かしいお父さんの肉声が姿よりも先に耳に届く。
「おかえりなさい〜!…え?」
「パパ!おかえ、り…??」
「おかえり、お父さ……、ん……????」
「みんなただい……ま……????」
…ん???
俺たち4人の間に数秒の沈黙が訪れ、その後、爆発する。
「「「「誰っ!?!?!?!?」」」」
少なくともここに立っている男は俺が知っているお父さんじゃない。
俺が知っているお父さんは、もっと細くて、黒縁メガネがよく似合う、ザ•サラリーマンといった風貌の人間だったはずだ。
だけど、今ここにいるのは真逆のヤツだ。
なんかムキムキだし、めちゃくちゃ色黒になってるし、短い金髪に黒いサングラスを乗せている。
いやいや、確かに若いからまだ似合うかもしれないけど、それにしても流石に変わり過ぎじゃないか??
「……ねえ、ほんとにお父さん?」
「そっちこそ!!お前、俺の愛するシュンなのか!? どうしたんだよその髪!!」
「この前切って染めたの。そっちこそなんでそんなに体格変わってるの…? いや、とりあえずリビングで話そうよ」
「あ、ああ、そうだな」
そう言ってキャリーケースやらお土産やらを抱えたお父さんはリビングに向かう。
残された俺たち3人も顔を合わせて困惑しながらリビングに向かい、テーブルの元に座った。
荷物を適当に放り投げたお父さんも遅れてお母さんの隣に座る。
俺と涼太、お母さんとお父さんが隣同士だ。
「まあ、まずは出張お疲れ様でした」
「「お疲れ様」」
お母さんの労いの言葉に俺たちが言葉を重ね、お父さんは恥ずかしそうにぺこりとお辞儀した。
「いやぁ〜大変だったよほんと。外での仕事が多くてね」
「だからそんなに日焼けしてるんだ?」
「そうさ。あ、そうそう。これお土産ね」
そう言ってテーブルの上にサーターアンダギーやら、パイナップルやシークワーサーのお菓子やらを並べ始めるお父さん。
涼太は食べ物の山に目をキラキラさせて喜んでいるが、俺もお母さんも、どうしてもソレから目を離せなかった。
とうとうお母さんが我慢しきれないとばかりに質問する。
「あの、それは何かしら…?」
「これか。どうだ、かっこいいだろ!二足歩行シーサーだ!!」
「「えぇ…」」
確かに二足歩行シーサーの名前にふさわしい見た目をした置物ではある。
だけど、二足歩行のシーサーは果たしてシーサーと呼べるのか?
よし、シークワーサータルトを貪り食っている涼太に聞いてみよう。
「ねえ涼太、これシーサーに見える?」
「いえあい(みえない)」
「ほらお父さん、シーサーには見えないらしいよ」
「どうしてだ!? 顔見たら分かるだろシーサーだって!!」
二足歩行シーサーを手にとって「どう見たってシーサーだろ」とかブツブツ言っているお父さんは無視して、俺もタルトを手にとって食べてみる。
お、うめぇ。
「これおいしいよ」
「あら。じゃあ私も食べてみようかしら」
そうしてお母さんもタルトを食べる。
俺たち3人はシークワーサータルトをもぐもぐしながら引き続きお父さんの話を聞くことにした。
お父さんは二足歩行シーサーの頭を撫でながら話す。
「で、お父さん、沖縄で何やってたの?」
「俺の会社がな、今度沖縄に支社を建てるんだよ。それに当たって色んな準備が必要でな。それで沖縄に飛ばされてたってわけだ」
「あー、つまりめんどくさいヤツだ」
「そうそう、めんどくさいことこの上ない仕事だったぜぇ。商談相手にジジババが多くてな、みんな方言使ってくるせいで本当に大変だった…」
「お疲れ様」
「あ〜疲れたさ。けど!こうやってお前たちの顔を見れてお父さんは元気になったぞ!」
「やめてってばそれ」
「う〜、わしゃわしゃしないでぇ〜」
お父さんは両腕を伸ばして俺と涼太の頭を撫で回してくる。
昔からコレをしてくるのがお父さんの癖だ。
見た目は変わっていても中身は変わっていないということか。
微笑ましそうにその光景を眺めるお母さんの傍ら、お父さんは撫で終えて満足したのか、感慨深そうに語り出した。
「いやしかし、シュンも高校生か〜。ごめんな、入学式に行けなくて」
「仕事だったんだから仕方ないでしょ。それに、別に来て欲しいとも思ってなかったし」
「そんなこと言うなって〜。まったく、俺の愛するシュンも冷たくなっちまったなぁ」
時々「俺の愛するシュン」とか言ってくるのが少し痛い。いや、言うほど少しか…?
まあ、確かにこんな娘がいたら言いたくなるのも分かるけど。
「それに涼太も大きくなったなぁ。また髪伸びたか?」
「伸びた〜。お姉ちゃんが切るなって言うから」
「まだ続けてんのかよシュン。そろそろ切らせてあげてもいいんじゃないか?」
「いや、涼太ももう少し伸ばしたいって思ってるに決まってるよ。ね、涼太?ね?ね??」
「…うん、もう少し伸ばしたい、かも」
「ほら」
「……そうかよ」
お父さんはお母さんに小さい声で耳打ちする。全部俺にも聞こえてるけどね。
「涼太、前よりシュンに従順になってないか?」
「ふふ、前からよ」
「そうかー?…俺は涼太が心配だ。こんな美人な姉に慣れてたら、そこら辺の女子を好きになれなくなっちまうぞ」
「大丈夫だよ。多分…」
「ゲッ、聞こえてたのか? 」
「聞こえてるに決まってるでしょ、お父さんの声デカイんだから」
「そうかそうか。そりゃすまなかったな」
「まあそれはどうでもいいんだけどさ、まだ気になることあるんだけどいい?」
「なんだ?」
「なんでそんなにムキムキなの?」
「お!よくぞ聞いてくれた!!」
あ、聞かなきゃ良かったかも。
「流石沖縄、海が綺麗でなぁ。まとまった時間が出来ては海で泳いでたんだが、そしたらこうなってたんだ。それで運動に目覚めて、週2でジムにも通ってたんだよ!」
「そうなんだ。前は休みの日はずっと家でテレビ見たり読書したりしてたのにね…」
「もちろんそーゆーこともしてたぞ。趣味が増えただけさ。はっはっは!」
沖縄って凄いんだな。人をこうも変えてしまう魔力を秘めているらしい。
海は好きだし、俺もいつか行ってみたいな。
そういえば、今度みんなで海で遊ぶ話ってどうなってるんだろう。花に任せっきり連絡ないし、後で聞いてみようかな。
そんなことを考えながら2つ目のタルトを手に取ったところで、お父さんから質問される。
「そういえばシュンは何部に入ったんだ?やっぱり陸上か?」
「それがね、水泳部にしたんだよ」
「おお!そうだったのか。じゃあ今度一緒にプール行くか!」
「いいね。涼太も行く?」
「やだー」
「ん、そうなんだ」
「忘れたの?涼太は泳ぐの苦手なのよ」
「ああ、確かにそうだったね」
「水嫌い〜」
昔、近所のプールに家族で行った時に涼太は溺れかけたことがある。
それ以来、プールは涼太の苦手なものランキング上位に食い込むものになっていたんだったな。
「お母さんも来ないでしょ?」
「うん。私も泳ぐのは苦手だから」
「じゃあ2人で行こうなシュン」
「だね」
あ、そうだ。
俺はちょっとイタズラしたくなってしまった。
「ねえねえお父さん」
「ん、なんだ?」
俺はお父さんの隣に移動し、耳元で小さく囁く。
お父さんと違って俺は周りに聞こえないような声量で話しかけるが、涼太とお母さんは2人で何か話しているので何にせよ聞こえていることはないだろう。
「ねえ、後で私の競泳水着姿見ない?」
「なっ!!! いいのかっ!?」
「ふふふ、興味津々じゃないかお父さん〜」
「可愛い娘の水着姿なんて見たいに決まってるだろ!」
「じゃ、後で私の部屋においで」
「分かった。絶対に行くぞ!」
ふっふっふ。掛かったな。
果たしてお父さんは実の娘のエロい姿を見て耐えられるかな。
「何の話をしてるの?」
「ん、お母さん、何でもないよ」
「あらそう。そう言えばお父さん、お願いしてたアレは買ってきてくれた?」
「勿論。今持ってくるからちょっと待っててくれ」
お母さん、なんか注文してたのか。
お父さんはキャリーケースから何かの袋を取り出して戻ってきた。
「ほら、これだろ?」
「そうそう!ありがとう〜」
え?なにこれ?
「…お母さん、何それ?」
「これはね、亀の甲羅帽子よ〜。沖縄の水族館で売ってるって情報をネットで見て、お父さんに頼んでおいたの。…どうかしら、似合ってる?」
「おおー!似合ってるぞ!」
緑色をした亀の甲羅のデザインの帽子を被った母親と、その隣で二足歩行のシーサーの置物を撫でる父親。
俺は今日、2人のセンスが実は爆発していたということを知った。
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