第51話 ポムとミカ—2
午後の部活が始まった。
金管は楽器ごとに分かれての練習で、ポムたちトロンボーン組はエアコンの効いた教室で練習していた。
3年生4人、2年生3人、1年生4人からなる大所帯のトロンボーン組だが、部員同士の仲は他の楽器に比べて良好と言える。
先輩後輩の壁を気にすることなくワイワイ話すような、居心地の良いパートだ。
そんな空気があるからこそ、皆ソレには敏感だった。
ちょっとした休憩の間、1年生の友達がポムの横に座って話しかける。
「ねえ、なんかあったの?表情暗いけど」
「ん? …まあ、ね」
歯切れの悪いポムの様子を見て、周りに部員が集まってくる。
ただ机を見つめてぼんやりとしているポムを見て、3年の先輩が肩を軽く叩いて尋ねた。
「どうしたの?何か悩みがあるなら聞くよ」
「……じゃあ、ちょっと外行ってきても良いですか?」
「え? うん、別にいいけど…」
「じゃあ行ってきます」
そう言ってポムは教室から足早に出ていく。
普段とあまりにも違うポムの様子に、残されたトロンボーン組は顔を向き合わせて当惑した。
* * *
「どんな感じなんだか…」
木管楽器の1年生は下の階の会議室を使って合奏をしている。
階段を急ぎ足で降りるポムは、その合奏がどんな風に行われているのか先ほどから気になって仕方がなかった。
そのせいで練習に集中出来ていなかったので、このタイミングでミカの様子を見に行くことが出来たポムは、戻ったら仲間に軽く事情を説明して感謝の意を伝えようと思った。
「ここか…」
ポムは会議室の扉の前に立つ。
中からは演奏の音が聞こえてくるが、決して上手な演奏ではなかった。
1年生だから、と言われればそこまでだが、ポムの記憶では今年の1年生には経験者が多いはずだった。
だというのにこの演奏。
何か嫌な予感がしたポムは、誰にもバレないようにゆっくり会議室の扉を横にスライドさせ、小さな隙間から中の様子を覗く。
机を端に寄せて作ったスペースに並ぶ木管楽器の面々。その前に立って指揮棒を振るミカの姿があった。
そしてポムが会議室を覗いた直後、演奏はミカによって止められる。
「——ストップ!! フルート、そこのリズム違うってば! 本当に譜読みしたの!?」
「あーあー、ごめんごめん。譜読み甘かったかも〜」
「ねえ! なんでもっとちゃんとやろうと思わないの!? 大会まで1ヶ月も残ってないんだよ!?」
激昂するミカに対し、その部員は苛立ったように睨み返す。
周りを見れば、多くの部員が同じような目でミカのことを見ていた。
「…あのさ、私たち1年生なんだよ?大会出たってどうせ賞なんて貰えないんだからさ、そんなに頑張る必要なくない?」
「何でそんなこと言うの!? 頑張って練習したら——」
「それにさ、あんたの言い方キツすぎるの。分かんない? 確かにあんたは楽器上手いかもしれないけどさ、私たちは初心者だっているの。みんながみんなあんたみたいに上手に吹ける訳じゃないの。ねえ?」
フルートの彼女が周りの部員を見回すと、全員が「その通りだ」という視線でミカのことを見ていた。
そんな敵意の込もった視線に晒され、ミカは脚を小さく震わせながらも反論する。
「…確かにそうかもしれないけど、その分の努力をしてるの?放課後に残って練習してるの?少なくともミカはみんなが残って練習してるの見たことない…! 自分は初心者だから、1年だからって、自分が上手じゃないことの言い訳をしてそれで終わってるんじゃないの? そうやって言うなら、そう言えるだけの努力をしてから言ってよね!!」
語気を強めていくミカの態度に、部員たちは更にその顔を顰めた。
フルートの部員を筆頭に、その感情が爆発する。
「だからさ!その態度が嫌だって言ってるの!!」
「みんな大野さんみたいに出来る訳じゃないの!」
「なんでこっちは尊重してくれないの!?」
一斉にミカを攻め立てる部員たち。
その様子を見ていられなくなったポムは、静かに会議室の扉を閉めてその場を去った。
(……あれは、ダメだ。周りがダメなのかと思ってたけどミカもだいぶダメだ。今度ミカとはしっかり話さないとだなぁ…)
ミカは教室に戻ろうと階段に向かう。
背中越しに聞こえてくる泣き声は幻聴なのだと信じたかった。
* * *
「ん。おかえり〜」
「すいません、戻りました」
ポムが教室に戻った時、みんなは基礎合奏をしているところだった。
扉が開く音でそれは中断されてしまったが、
みんなポムの元へ駆け寄ってきて一体どうしたのかと口々に尋ねる。
流石に隠すわけにもいかないと思い、ポムは自分の悩みの概要をみんなに話した。
ただ黙って聞いていたパートリーダーの3年生は、話し終えたポムの暗い表情を見つめながら同情の言葉をかける。
「…そうだったんだね。確かにそれは難しい話だね…」
「そうなんですよ。正直ミカにも悪い部分はあるし、てか、問題の8割くらいはミカに原因がありそうだし…」
「そうは言っても、どんな風にそれをミカちゃんに伝えれば良いのかも難しいところだよねぇ」
「はい…」
2人の話を聞きながら、他の部員もみんなで「うーん」と頭を悩ませた。
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