第50話 ポムとミカ—1

ポムとミカは2人揃って吹奏楽部に属している。

毎年上位大会に出場しているような強豪であるが故に練習は厳しく、なればこそ軋轢も生まれるというもの。


そんな厳しい部活も午前の練習が終わり、昼休憩の時間を迎えた。

その昼休憩のためにやって来た空き教室の中で、ポムは涙ぐんで話すミカの背中をさすりながら慰めていた。


「…もうやだ」

「そっかそっか〜」


ポムは軽い返事でもって返すが、それは決して話を適当に聞き流しているからではない。むしろその逆で、しっかり話を聞いているからこそだ。



ミカとは長い付き合いだ。

彼女は根が真面目で、悲観的で、1人だと心細くなってしまうことを知っている。

そしてこんな風に弱さを表に見せている時は同情も慰めも要らず、ただ話を聞いてあげるのが正解だということも知っている。


だからポムは軽い返事で答える。

ミカはそれを求めていると知っているから。


「…みんなさ、やる気なさ過ぎだよ。全国大会行きたくないのかな?」


ポムは黙ってミカの背中を優しく撫でる。

それと同時、ぷつぷつ不満の言葉を漏らすミカを見てポムは思う。


つくづく不器用な子だ、と。


かねてよりミカは自分のポンコツを隠すために真面目キャラを演じていると話しているが、それは違うとポムは考えていた。


ミカは。小学生の時からその性格は顕著で、休み時間に次の準備をしてから休むのは当然であり、さらに授業の始まる5分前には必ず着席しているほどだった。

周りの友達がワイワイ話していても、自分だけは担任の言う「5分前行動」を徹底して守ろうとするような子供だった。

そして自分では対処しきれない事態に直面するとすぐにテンパってしまうような、そんな子供だった。


そんな風に生真面目な所があるせいで周りと上手くいかないことも多く、「どうしてみんなは理解してくれないのか」と相手を責め、自分の発言を省みることをしない性格でもあった。

その結果、相手を考えない物言いによって今のように周囲の人間と問題を起こし、どうすればいいのか分からなくなったミカはシクシク泣き出してしまう。


つまるところ、ミカは不安定な要素を多く持つ人間なのだ。

それをよく知るポムは言葉に気をつけながら諭すように話しかける。


「周りの子もさ、まだ実感が沸いてないんじゃない?部活も始まってから数ヶ月だし」

「でも、もうすぐ県大会なんだよ!? こんなんじゃ全然間に合わないよ…」

「それはそうだけど……」


ミカの言葉にポムは口籠る。

同時に、部長や副部長の顔を思い浮かべた。

 

(よくも『しっかりやってくれそうだから』とか言ってミカをグループリーダーにしてくれたな…)


吹奏楽の管楽器は主に金管楽器と木管楽器に分類される。ポムの吹くトロンボーンは金管、ミカの吹くクラリネットは木管だ。

そしてこの学校の吹奏楽部は人数が多いためなかなか全員揃って合奏することができず、練習は木管•金管や学年、パートごとに別れて行うことが多い。

それに際し、それぞれのグループリーダーを部長らが決めたのだが、1年生の木管楽器のリーダーにミカが選ばれてしまったのだ。

曰く、「真面目そうでしっかりやってくれそうだから」とのこと。

指名された候補者たちは部長たちの前で試験演奏もしたが、結局のところその言葉が本音なのだろう。

演奏の実力があるリーダーも大事だが、それ以上に多人数をまとめ上げることの出来るリーダーの方が必要だったのだろうとポムは確信する。


だが、ミカはそのような器ではない。


確かにミカはしっかり者で、言われた事は確実にこなす決意を持った優秀な人間である。

しかしその反面、大き過ぎる責任感は却って自分の心を圧迫し、一度生まれた歪みを元に戻すのは苦手で、限界になるまで悩みを1人で溜め込む癖のある人間でもある。


年相応の弱さを持つミカは、少なくともリーダーを任されていいような強さを持つ人間ではなかった。


だからこそ、ポムは部長たちを心底憎む。

部長たちのせいで大好きな友達が心を痛めているのだ。許せるはずがなかった。

リーダーのことはもっと慎重になって考えて欲しかった。


だが、全て過ぎてしまったことだ。

今更何を言ったところで何かが変わるわけでもない。部長らには一度抗議したが、聞き入れられなかったのだ。


「…この後また1年生だけで合奏だよ。みんな私の話聞いてくれないし、ねえ、どうしたらいいの?」

「……」


充血した両目で助けを乞うように自分を見つめてくるミカを前に、ポムはやるせない気持ちでいっぱいになる。


苦しむ親友を目の前にして、自分はなんて無力なのか。

どうしたら親友を助けることが出来るのか。


その答えを、ポムは見つけられなかった。






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