第1.5章 1年生夏休み編
第47話 とある少女のおままごと
首都郊外の邸宅。
アリスの家に居候する
借りた部屋は広く、ベッドもソファもフカフカ。テレビや最新家電もあり、生活は非常に快適だった。
しかし、最近になって段々と厄介さを極めていく問題があった。
それはアリスの妹、九条
小学2年生のセレナは、龍也がこの家に来て以来、ずっと龍也を遊び相手にしていた。
龍也はこの家に住まわせてもらっている手前なかなかセレナのおねだりを断ることができず、一度遊びに付き合ってからというもの、龍也は毎回セレナの遊びに付き合わされることになっていたのだ。
だが、それでも今まではマシだった。
なぜなら日中はお互いに学校があるため共に過ごさずに済んだからだ。
しかし夏休みが始まって、セレナも龍也も学校がなくなってしまった。せめて部活でもあれば良かったが、あいにく龍也は部活に入っていないので一日中暇だった。
小学生のセレナも同様に暇を持て余している。
その結果、セレナは一日中龍也を遊びに誘うようになったのだ。
これがアリス家で暮らす上での何よりの苦痛だった。
小さい子供が苦手な龍也にとって、小学2年生女子の相手をするなど地獄でしかないのだ。
せめて遊ぶ内容がまともなら良かったが、内容は全然まともじゃない。
まともじゃない遊びに夏休みが始まって1週間ほど付き合わされ続けた龍也は、そろそろ頭がおかしくなりそうだった。
アリスに相談しても「ではこの家から去ってはどうでしょうか?」と笑顔で返されるだけで何も解決しなかった。
だから、龍也は心を無にすることにした。
恥を捨て、理性を捨て、虚無を以てセレナと向き合うのだ。
——そして、今日も
「…来たか」
龍也は読んでいた小説を机に置き、重い足取りで扉を開けに向かう。
扉を開けると、そこには白いドレス姿のブロンドの少女が立っていた。その手にはウミウシのぬいぐるみが握られている。
「…こんな朝っぱらからどうしたんだい?」
「おままごとするのです!」
「……昨日もしてあげたじゃないか」
「今日もするのです!」
「………そうかい。分かった、今行くよ」
「ありがとうなのです!」
龍也の返事を聞くなり、セレナは勢いよく自分の部屋に走り帰って行った。
龍也はどんどん小さくなっていく背中をトボトボ追いかける。
「はぁ…。なんで僕がこんなことを…」
今日こそは推理小説を読み切ろうと考えていた龍也は大きなため息をつく。
主人公の推理パートで毎回呼び出される龍也はストレスでどうにかなりそうだった。
遊びから戻ってきた頃には直前の内容を忘れていて主人公の推理を楽しむことができず、読み直して再び主人公の推理が始まろうというところでまたセレナがやってくるのだ。
セレナが龍也を呼びに来るタイミングは最高であり最悪だった。
「……はぁ」
龍也は憂鬱な気持ちで扉を開ける。
セレナの部屋はいかにもな感じだった。
ピンクの壁紙、ピンクのカーペット、沢山のぬいぐるみ、女児向けアニメのグッズ。
龍也はそんな見慣れた部屋に入った。
「ここに座ってください!」
「分かっているさ…」
床には首輪が置いてある。
この後に何をされるかを身体に刻み込まれている龍也は大人しく床に正座し、セレナはその首輪を龍也の首に巻いた。
龍也はこの首輪に見覚えがあった。
このリード付きの首輪は、どう考えてもSMプレイで使用するようなソレだ。
だが、どうしてそんなものをセレナが待っているのかと尋ねる余裕は龍也には無かった。
「では行きましょう、ポチ!」
リードを手に握ったセレナは、龍也の散歩を開始した。
龍也はセレナに引っ張られながら四つん這いで部屋を出て、そのまま長い廊下を進んでいく。
これこそ、最近セレナがハマっている
およそ〝おままごと〟という言葉からは想像もつかないようなこの遊びに、龍也は心を無にして付き合う。
龍也は住まわせてもらっている側の人間だ。その時点で龍也に何かを拒否する権利はない。
そしてこの遊びを繰り返しているうちに、龍也は自分がペットなのか人間なのか分からなくなってきていた。
死んだ顔をして廊下を進む
首を引っ張られた龍也は顔を上げて叫ぶ。
「元気がないですね、ポチ?」
「ワ、ワン!!」
「もっと大きな声で!」
「ワン!!!!」
「ふふ、よしよし」
セレナはしゃがんで満足そうに龍也の頭を撫でる。
一方、龍也は怖くて仕方なかった。
今まで出会ってきたどんな女よりもこの少女が1番恐ろしい。
子供の純粋さ、と言えば聞こえはいいが、この少女にはそんな言葉では言い表せない狂気が宿っている気がした。
そして頭を撫で終えたセレナは再び廊下を進み始める。
やがてこの家の執事であるリチャードとすれ違った。
「おはようなのです!」
「おはようございます妹様。それと、ポチ様も」
「き、君までそんなことを言う——かはっ!?」
「ポチは人間の言葉を喋らないのです」
「…妹様、しつけは程々に」
「もちろん分かっているのです」
一度人間の言葉を喋ろうものなら、セレナは問答無用でリードを引っ張り上げる。
首を締め上げられて苦しい龍也は「やめろ!」と叫びたかったが、叫ぶとさらに締められるので我慢する。
今回はリチャードが制止してくれたから良かったが、普段はすぐには止めてくれないので
困りものだった。
「ほらポチ、行きますよ!」
「ワンワン」
リチャードと別れ、おままごとは再開する。
セレナは階段を降りて1階に進み、玄関前を通りかかる時だった。
ガチャッと玄関の扉の音が鳴った瞬間、龍也は自分の死を覚悟した。
「ワ…」
誰かにこの姿を見られようものなら羞恥で死んでしまいそうだ。
小学2年生に散歩させられている高校3年生など、どうして他人が理解できようか。
もはや怪異である。
セレナと龍也は開かれる扉に目を向け、その視線の先で2人の人物が姿を見せる。
「シュン、どうぞ上がってくだ………」
「…アリス、どうかした…の………」
「あ!お姉様!!」
セレナはリードを手放してアリスの元へ走っていく。
その間、龍也はアリスの隣で呆然と自分を見つめる美女に震えた声で挨拶した。
「…や、やあ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます