第43話 体育祭を経て…

体育祭を終え、クラスの雰囲気は少し良くなった気がする。

今までのグループを超えた関係が生まれたり笑い声が増えたりと。

女皇様もその例の1つだけど、それは俺にも言えることだった。

今まで話していなかった人とも少し話すようになったし、団対抗リレーで一緒に頑張った田中さんとも言葉を交わすようになった。

モテるための下地が出来上がっていく気がしてとても気分がいい。


そして、部活でもその現象は起きていた。


「藤宮さん速かった!」

「惜しかったねー」

「凄かったよ!」


部室に入るなり、先に来ていた同級生が俺を囲んで褒めてくれる。

やっぱり、リレーを走るというのは良くも悪くも目立つものだ。

そこでそれなりの活躍を見せることができたからこそこんな風に褒めらているのだと思うと嬉しいし誇らしいな。


「ありがとうみんな」


俺は笑顔で返し、少しでも早くみんなの名前を覚えようと体操服の胸の辺りに書いてある名前を見る。


伊藤、長瀬、木村、菅波、果崎。


…よし。

地道に少しづつ覚えていこう。


そう思っていると、中学生かと見間違えるような童顔の少女、長瀬さんが教えてくれる。


「ちなみに藤宮さん、今日は30分間走だけだってよ」

「え、ほんと!? 誰が言ってたの?」

「さっきすれ違った部長が。ほんと、軽めで良かった〜」

「マジか〜。ラッキーラッキー」


いつもに比べたら随分と優しいメニューだ。そんな話に俺たち一年生はワイワイしていると、部室の扉が勢いよく開けられ、俺は背中越しに不穏なオーラを感じ取った。

壊れたロボットのような鈍い動きで振り返ってみれば、そこには仁王立ちする部長が。


「そうかそうか。体育祭明けだから今日のトレーニングは軽めにしようと思ったが、どうやらお前たちには足りなかったようだな?」

「ぶ、部長〜。いやいや、そんなことないですよ〜」

「そうですそうです!30分間走だって大変ですよー!」

「私たちのことを思ってくれる部長、優しいな〜」


フフフフとヤバめに笑う部長を前に、同級生は必死に弁明を試みる。

よし、俺の分もみんなに任せよう。


そう思っていたら、部長は俺を一目見るなり近づいてきた。

ビクッと固まる俺の肩に手を掛けた部長は笑顔で言う。


「藤宮〜。惜しかったが、リレーでは頑張ってくれたな。お疲れ様」

「あ、はい…。部長こそ団長の仕事、お疲れ様でした」

「なに、あれは好きでやっていることだ。何も苦ではない」


俺の真横でニッコニコで話す部長。

何その顔!?怖いんだけど!!


部長の注意が俺に向いたことで同級生たちは安心したように各々準備を始める。

くそっ、俺を見捨てるってのか!?

何言われるか分からない状況なのに!!


「それはそうと…」


案の定、部長の声色が低くなる。

しかも俺の肩を掴む力が強くなった気がする。

いや、〝気がする〟とかじゃなくて絶対強くなってる!

ちょっと!痛い痛い!!


「今日の部活だが」


その言葉に、支度をしていた同級生たちの動きが時間を止められたかのようにピタリと止まる。

そして続く言葉が紡がれ……


「30分間走ではなく60分間走とする」

「「「あああ〜〜〜!!」」」


その言葉に俺たちは膝から崩れ落ちた。


「こんにちは〜!………え?」


床に膝をつき絶望する1年生。

それを眺めニヤリと笑う部長。

部室に入るなりそんな謎の光景を目の当たりにした2年生の先輩はとても困惑していた。


* * * *

「はぁ…はぁ…はぁ………」


校庭での60分間走を終え、俺は木陰で休憩していた。

今日の部活はこれで終わりだが、まだ動く気になれない。

体力配分をミスったせいで後半の15分くらいが地獄だった。


「くっ、俺もまだまだということか…!」

「え、何て?」


1人だと思ってふざけてみたら、木の裏から

日向先輩がヌッと姿を現した。

恥ずかしいから、いるならいると言ってくれ。


「あ、いや、何でもないです、日向先輩…」

「あらそう。それはそうと、お疲れ様」

「先輩もお疲れ様です」


60分間走は時間が来るまで同じコースを走り続けるという中々虚無な内容をしているが、一方でとても素晴らしいものでもある。

揺れる胸を間近で拝めるからだ…!


真面目な性格の日向先輩は、恥ずかしそうにその巨乳を揺らしながら走っていた。

申し訳ないが、控えめに言って最高だった。


水泳部である以上自分の体を他人に見られることは覚悟の上なのだろうが、自分でも恥ずかしがっている程の巨乳が揺れるのを見られるのは嫌なんだな…。


巨乳真面目キャラが恥じらう姿も悪くない。

この学校にいると新たな扉がどんどん開かれていく気がする。


「…どうしたの? 何かついてるかしら?」

「ああいや、何でもないです」


危ない危ない。

無意識のうちに先輩の胸をぼんやりと眺めていた。

あんまり怪しまれていないようだからセーフだ。


「じゃあ私は先に行くわ。また明日」

「さようならー」


木陰から立ち去って部室に向かう日向先輩。

俺はもう少し休憩してから戻ろう。

こうして木に寄りかかっていると、風に吹かれて揺れる葉の音が聞こえて心地良いんだ。


「…………よし、そろそろ行くか」


そうして休むこと十数分。

俺も部室に向かって歩き出す。


そして部室に到着し、扉を開けようとドアノブに手をかけたその時。


「…いるな」


扉の向こうから嫌な笑い声が聞こえてきた。

笹木と水瀬だ。雰囲気からして多分2人きりだよう。

ちょうど良いな。

準備もしているし、今日こそケリをつけてやる。


「—あれ、先輩たちまだいたんですか。お疲れ様です」


扉を開ければ、そこには体操着姿のまま椅子に座って談笑する2人の姿があった。

やはり他の部員は誰もいない。

向こうも、俺がまだ残っていることに驚いているようだ。


「あ、藤宮いたんだ」

「休憩してたら結構時間経ってて。先輩たちこそ残って何話してたんですか?」


俺の質問に2人は沈黙で答える。

悪口でも言い合ってたんだろうな。


「てかさー藤宮、話あるんだけど?」


まあ、そうくるよね。

笹木が座ったまま苛立ち気味に言ってくる。


「何ですかー?」


俺は敢えて適当に聞き流し、汗で濡れた体操着を脱いで着替え始める。


そして素早く制服に着替えた俺のもとに笹木は迫り来て、俺の顎を引っ張って無理矢理視線を合わせた。

少女漫画なら主人公がイケメンに顎クイされてキスを迫られるシーンだろう。

だけど、これは違う。

マジでキスする5秒前の顔の近さだが、笹木の目は血走っていて、眉は釣り上がり、眉間には皺が寄っている。


あーあ、激オコだなこりゃ。


「…あのさぁ、話が違うよね? お前が桜染の血闘に出るって言うからこっちだって我慢して出たのに、出てなかったじゃん」

「あれはジャンケンに負けて—」

「そーゆーのいいから!」


笹木は怒鳴ると、俺の両肩を強く押した。


「…痛いですよ先輩。突き飛ばさないでください」


そのせいでバランスを崩した俺は尻餅をつき、対する笹木は俺を見下ろしながら叫ぶ。


「…黙れよ。アイツに頼んだんだろ?『私の代わりに戦って〜』って。アイツが強いのを知っててさ! あんな奴が相手なら出なかったのに! おかげで恥ずかしいところ晒す羽目になったんだから!!」

「…そうですか。先輩も恥ずかしいのは嫌なんですね」

「…は?」


椅子に座ったまま俺たちのやり取りを傍観する水瀬。腕を組んで怒鳴ってくる笹木。

そろそろ俺もイライラしてきた。


俺は立ち上がって笹木と正面から向き合う。


「…何?」


初めて見せる俺の本気で怒った顔に、笹木は動揺を見せた。


「あのさ、高2にもなって恥ずかしくないの?

人を馬鹿にして、人が嫌がることやって、自分自身が恥ずかしくないの?俺だったらそんな自分、惨めで死にたくなっちゃうね」

「…は?先輩に向かってその口の利き方は何なんだよっ!!」


俺の頬に迫り来る笹木の右手。

パチン!と乾いた音が響き、俺はヒリヒリとした痛みを左頬に覚える。


「へえ。突き飛ばした上に平手打ち、と。返答に困って暴力に逃げるのは小学生までだぞ?」

「そーゆーのがウザいって言ってるんだよ!!」


今度は左腕を振り上げた笹木。

俺は即座にその腕を掴み、ジワジワ握る力を強めていく。

続けて右腕も掴んだ俺は、笹木の両腕を上に引っ張り上げながら壁に向かって進み、後ろに歩く笹木は壁にぶつかってビクリと身体を震わせた。

笹木はもがくが、俺の全力の拘束からは抜けられない。


両腕を壁に押さえつけられて動きを封じられた笹木は、もしかしたら足で反撃してくるかもしれない。

だから俺は自分の身体を笹木に押し付けて、暴れられるだけの隙間を残さないようにする。

俺の身体と壁とに挟まれた笹木は、とうとう身動きが取れないといった風だった。

水瀬に至っては目を見開いて固まったままピクリとも動かない。


そして今度は俺の方から顔を近づけ、笹木の瞳孔を覗き込みながら告げる。


「言動には気をつけろよ? お前は自分から地獄に進んでんの。分かってる?」

「…は?何言って——」

「今認めて謝罪したら許してやるよ。髪切ったの、お前らだよな?」

「…だから、そんなの知らないって前から言ってるでしょ!!」

「声、震えてるぞ。認めたら許し—」

「知らないから!!!」

「……そうか。残念。最後のチャンスだったのに」

「…え?」

「あのさ、なんで俺がわざわざこんな風に言ってるか分からないの? 例えばさ、不倫調査で考えた時に、に『隠してることない?』って聞いた時には大抵の場合既に証拠が揃ってるよね」

「……え、え?」


文字通り目の前で告げられる俺の言葉に、笹木は分かりやすく動揺する。

声は震え、目は泳ぎ、足もガタガタ震え始めた。

ジロリと横の水瀬を睨めば、水瀬も顎をガクガク震わせている。


俺は笹木の腕を離す。

すると笹木はよろよろと膝から崩れ落ちた。


「全部さ、証拠あるんだよ。バレないと思った? 残念だったね。念の為にと思ってあの日は近くに小型のカメラを置いておいたんだよ!プール掃除の時に険悪になったじゃん? あの時に思ったんだよ。コイツらは嫌がらせしてきそうだなって。寝てる時に何かされたら困ると思って対策しておいたけど、いやー、ビンゴだったね」

「…騙されないから!そもそもカメラなんてなかったし!」

「私だってそんなの見てないから!言いがかりはやめてよね!」

「へぇ、まだ言うんだ。…あの日、確か俺の髪を切ったのは笹木だったな。で、水瀬はそれを見て笑ってたような」

「!?……ほんとに撮ってたの?」

「だからさっきから言ってるだろ証拠はあるって。もう遅いけど、今からでも認めたら少しは考えてやるよ。どうする?あと5秒以内に決めな」

「え、ちょっと—」

「5〜」

「「…」」

「4〜」

「「……」」

「3〜」

「…さ、笹木が言い出したの!私は流石にやり過ぎだって言ったの!!だけど笹木が今のうちにやろうって!!」

「は!?何言ってんの!? 藤宮、水瀬は嘘ついてる!!言い出したのは水瀬だから!!」

「は!?違うから!!!」

「……へえ。そうなんだ」

「お願い!謝るから!ごめん、本当にごめん!!だから許して!!言い出したのは水瀬なの!!!!」

「ふざけんなよ笹木!お前が言い出したんじゃん!!!」

「うるさいな!藤宮、本当に言い出したのは水瀬だから!!信じて!!!!」

「笹木てめぇ!!」

「……黙れ!!!!」


俺が腹の底から一喝すると、2人は醜い争いをやめた。


「あのさぁ、今お前らで揉めてどうすんの?どれだけ俺をイラつかせたら気が済むの? 言い出したのがどっちとかどうでもいいんだよ。お前らが俺の髪を切った。その事実だけで十分なの。分かる?」

「「……」」

「お前らに謝罪する気なんて1ミリもないのがよく分かった。もう許さない。絶っ対に許さない」

「「……」」


俺はきっぱりと言い放ち、放心状態の2人に背を向けて帰ろうとした。


すると、スカートの裾が引っ張られる。


「何?まだなんかあるの?」


振り返れば、2人とも土下座していた。


「許してください許してください許してください…」


許してくださいを連呼する水瀬。

その隣では笹木が謝罪の言葉を口にする。


「お願いです。ごめんなさい。本当にごめんなさい。気の迷いだったんです。バレないと思ってたんです。本当にごめんなさい。許してください。お願いします」


………へえ。


「なあ、笹木?」

「…?」


土下座の姿勢から顔を上げた笹木の目元には涙が浮かんでいる。

そんなもん浮かべるんじゃねぇよ。

申し訳なさからくる涙ならまだしも、保身のために浮かべる涙なんかよぉ!!!


「気の迷いだったんだ?」

「そ、そうです!本当に、一瞬のいたずら心だったんです!もうこんなことは絶対に—」

「じゃあこれも気の迷いなのか!? あぁ!?」

「——!」


土下座する笹木のズボンのポケットから俺はソレを引っ張り出す。


「コレが!気の迷いだ!? なんとか言ってみろよ!!!」


俺は引っ張り出したを見せつけながら怒鳴る。

これは工具箱に入っているやつだ。

一瞬で取り出したのか、最初から持っていたのかは知らないけど、流石にこれは一線を超えている。


「なんとか言ったらどうだ!!俺が隙を見せたらコレでどうにかしようしたのか!?」

「……だったら何!? 返せよ!!」


笹木はそう叫ぶと俺の手からトンカチを奪おうと掴みかかってきた。

水瀬は「やめなよ笹木!」と言い始める。

しかし、口だけで行動には起こさない。


そして俺も簡単に奪われるはずがなかった。

焦りに支配されている笹木と違い、俺は一周回って冷静だ。

笹木の攻撃を目で見て躱し、やがて疲弊しきって動けなくなったところでトドメの一言を告げる。


「ちなみにさ、今日の会話もぜーんぶ録音してあるから。ほら」


俺はそう言ってスカートのポケットから小型のボイスレコーダーを取り出して2人に見せびらかす。

その瞬間、目の色を変えた水瀬がボイスレコーダーを俺の手から奪い取り、俺の目の前で床に投げつけ、足で踏み壊し始めた。


「はは、ははは!バカじゃないの?最後の最後で1番の証拠を見せびらかすとか!!ほら、もう壊してやったから!!!!」

「はははは、ははははははははは!!!!」


水瀬の言動に、俺は爆笑せずにはいられなかった。


「馬鹿はどっちかな!!!そっちは偽物なんだよ!!ほら、こっちが本物だ!!!」


そう言いながら、俺は逆のポケットからもう1つのボイスレコーダーを取り出す。


「…………え」

「………あぁ、終わった…」


その光景に水瀬は絶句し、笹木は床に倒れ込む。


「じゃあ、俺は帰るから。明日も部活、がんばろーね」


そう言い残して俺は部室を後にした。





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