第42話 再臨:闇の女皇

体育祭を明けての初登校。

身体の疲労も回復して、今週も頑張ろうと思えるような思えないような月曜日。


BL小説を読むポムに挨拶をし、アイマスクをつけて寝ているミカを通り過ぎ、自分の席で朝のHRが始まるのを待つ。

やがて花が登校し、遅れてとアリスもやって

来る。

そうして6割くらいの人数が登校した頃だった。


「シュン、ドーナツ食べる?」

「食べないよ。そもそも朝からドーナツ食べる人とか花くらいしか——」

「おはよう諸君!!!」


花と雑談していると、扉の方から聞き覚えのある大きな声が。

もちろん、声の主は神咲御珠だ。

…いや、今日は女皇様か。


扉の所でクラスメイトの方を向いて「やあ」とばかりに軽く腕を上げる女皇様は、よく見れば小さく震えている。

勇気を出してみんなに声をかけたんだな。


「おはよー!」


クラス中がポカンとする中、俺は先立って挨拶を返す。

花にも視線で返事をしろと促すと、察しの良い花は大きな声で挨拶してくれた。


「おはよ〜!」


俺と花が女皇様に返事をすると、少し遅れてクラスメイトも女皇様に声をかけ始める。


「お、おはよう」

「おはよー」

「おはよう…」

「おはよう!」


反応はまちまちだが、みんな引いているんじゃない。

体育祭の時のカッコよかった神咲御珠と今の不審者姿との乖離に困惑しているだけだ。


だけど、多くの人が返事をしてくれた。

不審者3点セットに隠れていて表情は見えないが、ゆっくり近づいてくる女皇様からは満足と安心のオーラが溢れ出ている。


そして自分の席に座った女皇様は俺の方を向いて親指を立てた。


「おはよ。やったね」

「うむ。我は偉大なる闇の女皇クイーンオブダークネスぞ。困難は必ず打ち砕くのだ」

「流石です女皇様」


いつもなら机に突っ伏す女皇様がそうせずに普通に座っている。

それだけで女皇様の心境の変化は推し量れるというものだ。

今までは〝在りたい自分〟を表に出しつつもそれがクラスメイトに受け入れられない恐怖を感じていたが、今はみんなが挨拶を返してくれたことを通してそんな自分が拒絶されないことを実感したのだろう。


色々と小さい女皇様だけど、今は背中が大きく見える。


「…あのさ、一応聞くけど、神咲さん、だよね?」


花が女皇様に恐る恐るといった風に話しかけた。

それに対して、女皇様は花に体を向けて答える。


「誰だそれは。我は闇の女皇、クイーンオブダークネスぞ。そのような名の者は知らぬな」

「…そっかそっか〜。私は花道薫。花って呼んでね。よろしくね、ダークネスちゃん」

「…!」


流石は空気が読める女。

呼び方はともかく、最高の返しだ。

女皇様も嬉しそうに体を揺らしている。


「よろしく頼む、花道薫! お前は下僕2号だ!」

「げ、下僕…?」

「よろしく2号。私は1号だから、花は後輩。私、上下関係は厳しいタチだからよろしく」

「あ〜、うん。よろしくお願いします、先輩、ダークネス様!」

「ふははは!よろしくな!!」


女皇様、本当に嬉しそうだな。

大袈裟な仕草で何かを表そうとしている女皇様を横目に花と目を合わせると、花はこの短時間で全てを理解したとばかりに力強く頷いた。

あれ、こんなに頼もしい奴だったっけな…?

普段はのほほんとしてるけど、こんな風に空気を読んで行動することに関してはメチャクチャ鋭いのが花道薫という女だ。

今後は敬意を込めて花ちゃんと呼ぼうかな。


「流石だよ花ちゃん」


俺は親指を立て、キリッとした顔で言ってみた。


「え、何それ。シュンからちゃん付けで呼ばれるのは何か違う」

「はい。やめます」


真顔で否定されては仕方ない。

花ちゃん呼びはやめておこう。


「そうだな。1号が他人をちゃん付けで呼ぶのは似合わない。呼び捨てじゃないとダメだ」

「ダークネスちゃん分かってる〜」


この2人、結構相性良さそうだな。 

これならこの先も安心できそうだ。


まあ、俺も他人は下の名前で呼び捨てした方が性に合ってるかなと思ってるし、今後も呼び捨てでいくか。


そんなやり取りをしていれば、チャイムが鳴り朝のHRが始まる。


「みんな着席して〜。HR始めま〜す」


こうして新たな1週間は一歩進化した女皇様と共に始まった。



…昼休みに女皇様の下僕が3人増えたのはまた別の話である。

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