第41話 女皇様とデート

「まだかな〜」


体育祭の翌日。

俺は学校最寄りの駅で女皇様を待っていた。

既に集合時間の11時を10分過ぎている。

『東口で待ってるね』のメッセージにも既読がつかないので少し心配になってきた。


そんな風にソワソワしていると、ちょうどLIMEがピコンと鳴った。

『今ホーム』とだけ書いてある。

じゃあもうすぐ会えるかな。


そう思って改札を見ていると、程なくして1人の少女が現れた。

笑顔で手を振る赤髪ポニーテールの少女が。


「藤宮〜」

「やっほー」


改札を出てきた女皇様は俺のところに駆け足でやって来た。

丈の長い黒いワンピースは結構似合っている。

頭にはサングラスを乗せているが、これは普段の不審者装備の名残だろうか?


なんにせよ、普段の女皇様からは想像もつかないような女の子らしい姿だ。

俺も今日はワンピースだし、色は真逆の白だけどお揃いで少し嬉しい。


「早速だけど行こうか」


俺は行く方向を指差して歩き出す。

女皇様もそれについてきた。


そうして歩くこと数分。

いつだったか学校の帰り道に寄って気に入ったカフェに到着する。

道から少し外れた所にあるのであまり目立たず、だからこそ混んでいない。

そんな落ち着いた雰囲気が気に入ったんだ。


カフェに入ったらテーブル席に案内され、そのまま注文する。

俺たちはサンドイッチとコーヒーを頼んだ。


そして正面に座る女皇様は穏やかな口調で話し出した。


「こんな良い店があるなんて知らなかった。ありがとう藤宮」

「そんな感謝されるようなことじゃないよ。それに今日誘ったのは私だし。色々聞きたいことがあるんだよ」

「そう、だよね…」


やはり、女皇モードじゃない女皇様は何か違和感があるな。

神咲モードとでも言うべきか。


女皇様は届いたコーヒーを一口飲む。

それに合わせて俺もコーヒーを飲んだ。

…苦い。

カッコつけてブラックコーヒーなんて頼むんじゃなかった。


「じゃあ、早速聞いて良い?」

「うん、いいよ」


いざ尋ねるとなると少し緊張するが、よく考えたら相手は結構仲の良い女皇様だ。

そんなに緊張するような相手でもない。

よし、もっと気楽にいこう。


「じゃあさ、まずはなんて呼んだらいい?神咲さんとかの方がいい?」

は神咲でいいよ。御珠って呼んでくれた方が嬉しいけど」

「そっか。じゃあ御珠で」

「ありがとう。…聞きたいことは想像つくからこっちから話すね」

「分かった」


御珠は一呼吸置いてから語り出した。


「私ね、あのキャラでいる自分が好きなの。だけど、ただの厨二病じゃカッコ悪いじゃん?だから勉強も頑張ってるし、身体だって鍛えてる」


あ、ちゃんと厨二病だって理解してるのか。


「実は、学校に行ってない日は大体家で勉強してるかトレーニングしてるの。学校には『テストは全部1位を取ってみせるから休んでても文句言うな』って言ってあるんだ」

「それってどうなの…? なんか色々と問題がありそうだけど」

「ふっふっふ。私の家はね、んだよ」

「…なるほど」


不敵に笑う御珠。

俺の知識では、これを暗黒微笑ダークネススマイリングと呼ぶはずだ。


それはそうと、そうか、家が凄いのか。

分かったぞ。これは大人の事情ってヤツだ。

俺には分からない大いなる謎の力が働いているに違いない。

そーゆーのは脳死で納得しておくに限る。

御珠の家は学校に圧力をかけられるほど色々と凄い。

だから学校はあんまり文句が言えない。

そういうことだ。


あんまり現実味がないけど、うちのクラスだけでもファッションモデルとグラビアモデルがいるような学校だ。校則だってめちゃくちゃ緩い。

今までの常識は少しづつ壊していくべきなのかもしれない。


「じゃあ認識をまとめると、御珠の本来のキャラはだけど御珠はの方が好きで、勉強を自力で頑張る代わりに学校には好きな時に来てるってことで合ってる?」

「…うん、合ってる。あんたには素直な自分を見せておきたいなって思って今日はこっちで来たんだよ。本当だったらあっちで来たかったんだけどね」

「はは、そうだったんだ。ありがとう御珠」

「へへっ」


歯を剥き出して笑う御珠の笑顔は眩しいな。


そしてそう思うと同時に、間近で見るとその中性的な顔立ちがよく分かる。

ポニーテールじゃなかったらギリギリ男でも通用するかもしれない。

…まてよ、ワンチャンあるのか?


「…なに?そんなに胸凝視して?」

「いや、もしかして女じゃなくて男だったりしないかなー、って」

「なっ…! 私が女に見えないって言うの!? た、確かにあんまり胸はないけど…、ちゃんと女の子だから!」

「はは、ごめんごめん。そうだよね」


プクッと頬を膨らませながらコーヒーを飲む御珠を眺めながら俺は質問を続ける。


「…じゃあさ、桜染の血闘の服装が変わったのもやっぱり御珠のせいなの?」

「うん。『あんな恥ずかしい服嫌だからカッコいいやつに変えろ』って騒いだら結構簡単に変えてくれたよ。流石私立だね。行動が早い」

「それも家の力が関わってそうだね…」

「さーて、どうかな〜」


もしかしてうちの学校はとんでもない爆弾を抱え込んでいるんじゃないか?

どんな力が関与しているのかは分からないけど、御珠をぞんざいに扱うことは致命的な何かに繋がるんだろう。

幸いなのは御珠がそこまで横暴な振る舞いをしていないところだろうか。

…本当に横暴でないかどうかは怪しいけど、これくらいは可愛いもんだろ。


そうこうしているうちに店員さんがサンドイッチを運んできた。

野菜たっぷりの体に良さそうなサンドイッチだ。

肉も好きだけど野菜も結構食べるから俺は嬉しい。

御珠は少し悲しげな顔をしている。


「いただきまーす」

「レタス多すぎ………ん、おいしいかも?」

「でしょ? この前も食べたことあるけどやっぱりおいしいや」


俺たちはサンドイッチとコーヒーを食しながら会話を続ける。


「ちなみにさ、御珠はあっちのキャラでいる方が好きなんでしょ? じゃあなんで体育祭の時は今のキャラで戦ったの?」

「まあ、色々とあるんだよ」

「色々とあるのか」


なら聞かないでおこう。

俺は余計な詮索はしない主義なのだ。


「じゃあ私からも質問するけど、なんで藤宮は今日私のことを誘ってくれたの?」

「そりゃあ、御珠のことをもっと知りたかったからに決まってるじゃん」

「…そっか」


少し照れ気味に本音を言ってみると、御珠は目を細め、神妙な面持ちで俺の方を見た。


「…実はね、藤宮、あんたは私の初めての友達なんだ」

「……え?」


俺がポカンとした顔で御珠を見ると、御珠はそのまま話し出した。


「私、あっちのキャラの方が好きだって言ったじゃん? だから中学じゃあんな感じで学校生活を送ってたんだけど、案の定、虐められちゃってさ。小学校の頃から人見知りだったし、そんな中で、友達なんて到底出来なくてね」


俺は黙って話を聞く。


「虐められてからはあのキャラはやめたんだ。そうしたら自然と虐めも収まったんだけど、やっぱり楽しくなかった。私、あっちでいる方が何倍も楽だし何倍も楽しいの」


御珠は途中でサンドイッチを口に入れる。


目元を見ても、別に涙ぐんでいる様子はない。

口調にも注意を向けていたが、悲壮感溢れる話し方でもなかった。


絶妙な違和感。


これは、あれだ。

すでに吹っ切れている人間の話し方だ。

過去を過去として割り切れている人間の話し方。

苦笑を交えながら自虐的に話しているのもそういうことだろう。


「で、結局中学も後半は今みたいな素の自分でいたんだけど、高校になって、もしかしたらって思ったんだよね。新しい環境なら私を受け入れてくれる人がいるんじゃないかって。そしたら、いた。藤宮みたいに私を理解してくれる人が」

「…そっか」

「そんな顔しないで。私はただ藤宮に感謝してるってだけ。あんたは初めてと友達になってくれた最初の人。…はは、本当の自分だとか素の自分だとか、どれがなのか分からなくなってくるね」

「…私からしたらどっちも可愛い御珠だよ。それに、無理して自分を隠す必要はないと思う。少なくともうちのクラスは良い人揃いだし、どんな御珠でも虐める人なんてきっといないよ。それにほら、既にあっちのキャラで何回か登校してるけど、誰にも虐められてないでしょ?」

「…そうだね。ありがとう藤宮」

「うん」


俺は親指を立てて微笑む。

御珠も、頬を赤らめて照れるように笑った。


「……ほら、コーヒー冷める前に早く飲も」

「そうだね。……苦っ」

「ははは、藤宮、無理してたんだー」

「別にブラックコーヒーくらい普通に飲めるから。今のはただ咽せただけだし」

「ははは、そっかそっか」



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