第38話 体育祭—5
桜染の血闘は得点が存在しない独立した種目だ。誰が勝とうが負けようが、団には影響がない。
また全クラスから必ず出場者を出す必要はなく、故に毎年出場者は少ない。去年は6人しか出場者しなかったそうだ。
そして、今年は4人らしい。
さっき我らが団長に誰が出るのか確認してきたので確かな情報だろう。
女皇様と、ヤツら2人と、3年の先輩だ。
笹木と水瀬が2人とも挑発に乗って出場してくれたみたいで良かった。
まあ、俺は出ないんだけど。
そして出場者が少ない理由の1つである服装だが、今年はどうなるのか。
女皇様はカッコいい服にするように提言したらしいけど、まさか1人の生徒に言われたくらいで変わりはしないだろう。
ちなみに、眼下では役員たちがせっせと体育館の床にシートを敷いている。
インクが床に飛ばないようにするためだろう。
それを数分眺めていれば、役員もいなくなり、もう始まりそうな空気になってきた。
「あの子、勝てるかな?」
まことが不安そうな顔で言う。
俺は笑顔で答えた。
「大丈夫。きっと勝つよ」
* * *
団長の情報によれば「笹木の相手は1年だな」とのことなので、女皇様の相手は笹木で決定だろう。さらにそれは第1戦目だ。
やがて開始の時間が近づき、槍を担いで入場してきた笹木を見て俺は驚いた。
服が全身タイツじゃないのだ。
白を基調とした軍服のようなものを着ている。
まさか女皇様の願いが届いたのか!?
会場もザワついている。
そりゃあそうだろう。何年も変わっていなかったらしい全身タイツがカッコいい軍服的なやつになっていたら誰だって驚く。
だけど、俺の驚きはそれで終わりはしなかった。
「……え?」
笹木の後に入場してきたあの生徒こそが女皇様なのだろう。
果たして女皇様の素顔はどんなものなのかと楽しみにしていたが、赤髪のポニーテールを揺らしながら両手に双剣を携えて堂々と入場するその姿には見覚えがあった。
「シュンちゃん、あれって…」
「うん。
神咲御珠。
中間テストの成績表に載っていた全科目一位の化け物。
…ああ、思い出したぞ。
その名前は入学式で新入生代表の挨拶をしていた生徒の名前だ。
そしてその人物と女皇様は全く同じ見た目をしている。
中性的な顔立ち。自信に満ちあふれた表情。
入学式で見た姿が眼下の女皇様と重なる。
まさか、女皇様の正体が神咲御珠だとは思わなかった。
…………いや、気づこうと思えば気づけたな。
まあいいや。
「びっくりしたよ…、まさかあの子が神咲さんだったなんて」
「いつも不審者ファッションだから分からなかったね」
まことと共にびっくりする俺は頭の中に疑問を沢山浮かべていた。
だけど、もう試合が始まる。
聞きたいことは女皇様が戻ってきたら全て聞くとしよう。
今は女皇様の試合を見届けるんだ。
* * *
「あんたが私の友達を傷つけたバカ?」
「は? 何言ってんの?」
笹木と対峙した神咲は腕を組みながら笹木を睨みつける。
首を傾げる笹木に神咲は続けた。
「藤宮の髪をやったのはあんたらでしょ?」
「…ああ、そーゆーこと。なに? アイツは結局自分で戦わずに逃げたってこと?ダサすぎるでしょ」
「…違う。私が頼んで藤宮から譲って貰ったんだ。あんたをボコす機会をね!」
「バカじゃないの? 普通にキモいんだけど。
言っておくけど、ウチ、運動神経は良い方だからね」
2人は互いに睨み合う。
笹木は槍を前に構え、神咲は双剣を逆手に握った。
「——試合開始まで残り10秒。9、8…」
観客席は異様な雰囲気の2人を息を呑んで見守り、カウントダウンは刻々と刻まれていく。
「……3、2、1、開始!!!」
かくして、試合は火蓋を切った。
「うぉぉぉ!」
笹木が雄叫びを上げながら神咲に迫る。
走りながら槍の柄を逆手に握り直した笹木は、遠心力にものを合わせて中距離から石突を神咲に振りかざす。
「大振りすぎる!」
余裕だ、とニヤリと微笑んだ神咲は弧を描いて迫り来る槍を双剣で弾き、速度を乗せた攻撃を弾かれた笹木は体勢を崩した。
「チッ…」
笹木の片足が浮いたその隙を狙って神咲は大きく踏み込み距離を詰める。
長物は近距離での戦いに不向きだ。
だからこそ神咲は双剣の近距離優位を活かして肉薄する。
しかし—
「ふんっ!」
笹木は地に着いた片足に全力で力を込めて後ろに跳躍し、飛び退きざまに槍の柄を神咲の上半身に打ちつけた。
「…やるな」
防御が間に合わず攻撃を食らった神咲は
しかし、神咲もやられたままではいない。
一撃離脱を成功させた笹木は尚も後退しながら神咲の出方を窺い、近づいてくる様子がないと見てから再び走り迫る。
それに合わせて神咲も走った。
両者は真っ向から迫っていき、笹木は槍を正面に構え、神咲は双剣を腰の革帯に納める。
「えっ!?」
その様子を見てシュンは思わず叫んだ。
なぜ剣を手放したのかと。
そしてそれはシュンだけではなかった。
会場全体が目の前の光景にザワつく。
それを疑問に思ったのは笹木も同じだった。
「何のつもりっ!?」
武器を手放した神咲の行動に動揺しながらも、笹木は走りながら速度を乗せて突きを繰り出す。
しかし、その刺突は虚空を突き刺した。
「は?」
神咲が視界から消えた。
その事実に戸惑う笹木は、直後、背後からの強い衝撃に全身を揺らした。
「なっ!?」
「…」
刺突の直前、神咲は姿勢を極限まで低くして笹木の視界から外れ、そのまま背後に回り込んで背中を蹴り飛ばしたのだ。
前方に走りながら背中を蹴られた笹木は前のめりになりながらも利き足を踏み込んで何とか転ばずに耐える。
しかし、神咲は体勢を崩した笹木の背中を抜いた双剣で斬りつけ、そこにインクを染み込ませながら笹木の両足を蹴り払った。
「かはっ!」
再び背中に衝撃を受けつつ足を崩された笹木は呼吸を荒げながら四つん這いで地に伏し、
それでも反撃を試みようと上半身を捻って背後の神咲を見据えようとした。
しかし、そこに神咲はいない。
「…は?」
「遅いね」
笹木の死角を縫うようにして一瞬のうちに背後から正面に移動した神咲は、唖然とする笹木の手から槍を蹴り飛ばした。
「え、ちょっ!!」
急いで槍を拾いに行こうとした笹木の顔面を神坂は剣の側面で張り倒し、インクで頬を赤く染めた笹木を尻目に飛ばした槍を拾いに行く。
「か、顔はダメで…くっ!」
「なに? あんたは藤宮の髪を切ったんだよね? こんくらい我慢してよ」
槍を拾った神咲は笹木の腹を石突で強く突き、腹を抱えて苦しむ笹木を床に仰向けに倒してそこに跨った。
神咲は笹木と口が重なるほど顔を近づけてから、耳元で囁くように言う。
「ねえ、綺麗髪だね。…じゃあ、切るから」
「え、ちょ、ちょっと!?!?」
顔面蒼白で焦る笹木は腕を振り上げて逃れようとするが、跨った神咲の両足に押さえつけられて動かそうにも動かせない。
さらに下腹部に座られていて足も思うように動かせなかった。
暴れる笹木を鋭い視線で睨みながら、神咲はポケットから何かを取り出す仕草を見せる。
「え、ほ、本気なの!? ごめんなさい!本当にごめんなさい!!それだけはやめてっ!!」
焦り狂って泣き叫ぶ笹木を前に、ポケットから手を取り出した神咲は両手を開き、ニコリと笑って言い放った。
「はい、なーんにも持ってませーん。これで藤宮の気持ちが少しは分かったかな?」
脅しただけだよ、と続けた神咲は、安心したような表情の笹木を見て、腕を踏みつける両足に更に力を入れた。
「痛い痛いっ!」
痛がる笹木を無視し、神咲は握った槍を笹木の尻に突き刺す。
「痛いっ……んっ!?」
無様な声を会場に響かせる笹木を眺め、足りないなとばかりに神咲は槍をグリグリ押し付ける。
「いやっ!…あっ!…やめてっ!!」
体育館に嬌声を響かせる笹木は赤面しながら止めるように懇願する。
頃合いを見て切り上げた神咲は、続いて双剣に持ち替えて全身を斬りつけ始める。
プラスチックの武器とは言えど、直接当たればそれなりに痛い。
笹木は悲鳴に近しい声を上げるも神咲はその手を緩めない。
そして笹木が全身を赤く染め上げた頃、試合終了を告げる放送がかかった。
試合開始から10分が経過したのだ。
「——終了。両者、離れて下さい」
神咲は笹木から降り、槍を放り投げて笹木から離れた。
笹木はよろけながら槍を拾い上げて立ち上がる。
「勝者、神咲御珠!!!」
放送と同時に神咲は右手を高く振り上げる。
同時、途中から一言も発さずに2人の行く末を見届けた観客たちが一斉に湧き立った。
「女皇様ー!!」
そんな中、神咲が青団の観客席を見上げると、親指を立てるシュンの姿が目に入った。
「へへっ」
神咲も親指を立てて笑った。
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