第37話 体育祭—4
「——はい!」
陸上競技が行われている頃、俺たちリレー組は校庭の端でバトンパスの練習をしていた。
距離感を掴み、タイミングよく声をかけてバトンを渡す練習だ。
俺は第5走者で、アンカーの団長にバトンを繋ぐ重要なポジションである。
そして団長との相性は中々良かった。
練習を数回繰り返し、団長が額の汗を拭いながら話しかけてくる。
「藤宮、なかなかやるな。まさか後輩がリレーに出ているとは驚いたが、経験者なのか?」
「はい、実は。陸上歴は結構長いんですよ」
「そうだったのか。なら今後の部活ではもっと走ってもらおうか」
歯を出してニヤリと笑う団長。
これは失言だったかもしれない…。
「それはそうと、もう少し早くバトンパスしてくれるか?」
「分かりました。じゃあやって見ましょう」
「ああ」
団長と数十メートル距離を取り、俺は全力で走り込む。
一定の距離になると団長は走り出し、俺は減速せずにここぞというタイミングで声をあげる。
「はい!」
同時にバトンを団長の手に押し込み、しっかりとそれを握った団長は滑らかな走り出しを決めた。
「いいぞ藤宮! このタイミングで行こう!」
「了解です!」
その後も練習は続き、俺の舞台は体育館へと戻る。
* * * * *
「間もなく、団対抗リレーが始まります。選手の皆さんは並んでください」
第一体育館は東西南北4方向に入り口がある。
どこから入場してもいいことになっているが、正門として飾られているのは南門なのでそこから入場しよう。
今から始まるのは団の命運をかけた大勝負。
青団の観客席の方を向いて両手を振れば、花たちを中心にクラスメイトが声援をくれる。
「シュン頑張れー!」
「頑張ってー!」
「藤宮さんファイトー!」
「下僕、やってやれー!」
お!女皇様もいるじゃん!
相変わらず黒パーカー黒サングラス黒マスクの不審者3点セットだ。
何気に青ハチマキがフードの上から巻いてあって面白い。
俺たち走者は奇数走者、偶数走者に分かれてそれぞれ並ぶ。
俺の方にはクラスメイトの田中さんと、2年生の工藤先輩がいる。
第一走者の工藤先輩はスタート位置について開始の合図を待つ。
その間、待機列で俺の前に座る田中さんが話しかけてきた。
「藤宮さん、やっぱり人気者だね」
「そう?」
「うん。ほら、今だって藤宮さんエール聞こえるし」
「あれは花とかポムとかの声がでかいだけだよ」
「いやいや、結構私の周りでも話題に上がるんだよ? 藤宮さん、美人だし何でも出来るし凄いって」
「そうなの? なんか嬉しいことを聞いちゃったな」
「そうそう。私も藤宮さんに負けないくらい頑張らないとだ」
「絶対勝とうね!」
「うん!」
そんな会話をしていると、リレー開始の放送がかかる。
よし、切り替えていこう!
「これより、団対抗リレーを開始します。選手の皆さんは位置についてください」
放送と同時に沸き立つ会場。
2階の青団エリアを見れば、みんなメガホンなりタオルなりで応援している。
いいねいいね!
応援があってこそ盛り上がるってもんだ!
「工藤先輩、頑張ってください!」
レーンに立つ工藤先輩を俺もガッツポーズで応援する。
先輩は親指を立てて頷いた。
先輩が立つのは4レーンだ。
このレースは1人100メートルをセパレートコースで走るものとなっている。
コース争いをする必要がないから良い。
そして先輩は始まりの合図に合わせてクラウチングスタートの姿勢をとった。
周りの声援も収まり、誰もがスタートの瞬間を息を呑んで見守る。
「on your marks……set…………パン!!!!」
瞬間、一斉に走者が走り出す。
「「「頑張れー!!!!」」」
会場全体が声援の嵐に包まれる。
俺も全力で声を出して応援した。
今の順位は上から順に白赤青緑桃黄だ。
一走では最初の並びから順位が変わりにくいので、これ以降大きく変動してくるだろう。
全力で走る工藤先輩は順位を落とすことなくバトンを渡し、上手く二走へと繋いだ。
「田中さん、頑張ってね!」
「うん!」
すぐに三走の田中さんの出番は来てしまう。
俺は彼女の背中を押して激励し、走り迫ってくる第二走者に目を向けた。
「なっ…!」
思わず声を漏らしてしまった。
すでに緑団が2位にまで躍り出ていた。
足が速い人が多いというのは本当らしい。
「抜き返してやれ!」
「う、うん!」
少し不安そうな田中さんは、それでも3位で入ってきた二走からバトンをしっかり受けとり全力で駆け出していく。
流石は陸上部、綺麗なフォームだ。
「いっけー!!!」
順位は悪くない。
上から赤緑青白黄桃だ。
このままいけば緑が1位に、赤が2位になるはずだ。
そのタイミングで赤を抜かして俺たち青が2位になれれば良いけど、果たして四走の実力はどれほどか。
期待を胸に田中さんからバトンを受け取った先輩の走りを見ていると——
「—!! いけいけいけいけー!!!」
いいぞ!速い!
バトンパスの実力で赤団を抜かして2位に躍り出た!
1位の緑とは多少距離があるが、それより離されなければ俺が追いついてみせる!
興奮しながら俺はレーンに立ち、腰を低くして迫り来る先輩の様子を窺う。
—よし!
事前に練習しておいた距離感で俺は走り出し、右腕を後ろに出して加速していく。
そろそろのはずだ。
「はい!!」
よしきた!
先輩の声と同時に右腕に押し込まれるバトンの感触。
押し込まれた力のままにバトンを左手に持ち替え、そのまま速度を上げていく。
うぉぉぉぉぉぉ!!!
「「「頑張れー!!!!」」」
クラスメイト、いや、青団のみんなの声援が届いてくる。
そうだ、俺はみんなの期待を背負っているんだ。
緑団に追いついて、全ての歓声を掻っ攫っていくとしよう!
ここでかっこいいところを見せれば、戻ったらモテモテに違いないしな!
「———チッ」
だというのに!!
くそっ、緑団の奴本当に速い…。
日々ランニングと部活でトレーニングをしているのに、全然距離が縮まらない。
いや、少しは縮まっているか。
だけど、追い抜くなんて到底不可能な距離だ。
ならば、後は団長に全てを託すしかない。
俺は団長の負担を少しでも減らす!
「おおおお!!!!」
苦しいはずなのに、気づいたら声が漏れていた。
それくらい全力だった。
そして——
「はい!!!」
全速力で団長にバトンを渡し、俺はレース外に抜けた。
アンカーは全団団長だ。
俺は息を切らしながらも緑と青による1位争いを見届ける。
「頑張れぇぇぇぇ!!!」
掠れる声を奮い立たせ、腹から声を出して応援する。
我らが団長は速かった。
だけど、緑との距離を詰めていくうちにゴールが近づいてくる。
もう一周走れでもすれば追い越せるだろうが、これでは追い越すよりも先に逃げ切られてしまう。
「いっけー!!!!!」
俺はありたっけの声を以て声援を飛ばした。
しかし——
「緑団ゴール!!続いて青団がゴール!」
無情な実況が響き渡る。
団長は惜しくも2位でゴールした。
* * *
リレーが終わり、2階の応援席に向かった。
結果は上から緑青赤黄白桃だった。
惜しい結果だけど、みんな全力で頑張ったし、2位なら誇るべき順位だ。
…悔しいものは悔しいけど、あんまりクヨクヨするのはやめよう。
「シュン、お疲れ様ー!惜しかったね〜」
応援席に戻ると花が労いの言葉をかけてきた。それに続いてクラスメイトが俺を囲む。
「お疲れ様ー!」
「カッコよかったよ!」
「めちゃくちゃ速かった!」
「凄かったよー!」
俺はそんな言葉に笑顔でありがとうと返し、
離れた場所に座っていた戦友に声をかけた。
「田中さんもお疲れ様!ナイスラン!」
すると、俺を囲んでいた子たちが田中さんにも労いの言葉をかけ始める。
田中さんは驚いたような顔で俺を見た。
俺はあえて田中さんを無視し、自分の席に向かう。
…前世でこんな経験をしたことがある。
クラスの一軍女子とペアを組んで発表をした。
その発表は「素晴らしい!」と担任に褒められて、俺は素直に嬉しかった。
だけど、クラスメイトは「〇〇ちゃんすごーい!」と言うばかりで誰も俺のことは褒めてくれなかった。
悲しかった。
これが目立つ人間と目立たない人間の違いなのか、と。
だから、こーゆーのは嫌だった。
田中さんは正直に言ってクラスでは目立たないタイプの大人しい人だ。
一方、一緒にいるメンバーが目立つこともあって俺はクラスでもそれなりに目立つ。
そして今、クラスメイトはまず俺に声をかけてきた。
誰1人として田中さんには声をかけにいかなかった。
俺よりも田中さんの方が少し先に応援席に戻っていたのに…。
そしてこの様子を見た田中さんの顔はどこか悲しげだった。
だけど、今、みんなから労いの声をかけられている田中さんは柔らかな笑顔をしている。
そうだ、そうあるべきだ。
田中さんも頑張った仲間の1人なんだから。
俺はそんな様子を横に眺めながら自分の応援席で着替え始める。
隣に座っていたまことがびっくりした顔で俺を見た。
「シュンちゃんお疲れ様。それはそうと、ここで着替えるの…?」
「うん、汗だくだし。女子しかいないし別に良くない?」
「そ、そっか。私は同性でも恥ずかしいから…」
おや、どこかで聞いたことのあるセリフだな。
お姉さんの日向先輩もそんなことを言っていたな。
血が通っていなくても考えは似るのだろうか。
「私は恥ずかしくないもーん。じゃ、着替えまーす」
「……おお」
体操着を上から脱ぐ俺。
お腹が露わになり、スポブラ1枚の姿となった。勿論ズボンは履いている。
変な声を出しているまことはどこを見て反応しているのだろうか?
「シュンちゃん、本当に腹筋割れてるんだね…。すごいや」
「ああ、そこ見てたのね。割れてるって言ってもうっすらだけどね。触ってみる?汗っぽいけど」
「え、いいの!? 触る触る〜」
そう言うと、まことはその細い人差し指で俺の腹筋の中心を撫で上げた。
自分から提案したことだが、汗をかいている恥ずかしさと変なところを触られる恥ずかしさでおかしくなりそうだ。
…だけど、悪くない。
「なんか…えっちだね」
「ふふ、そうでしょ」
まことからそんな言葉が出てくるとは思わなかったが、そう言われて悪い気はしない。
しかし、そうか。
女子から見ても扇情的な身体に仕上がってきたということか。
良い傾向だな!
そして俺は新しい体操着に着替えながらあることに気づいた。
「…あれ、脱いだんだ」
まことは俺の左隣の席に座っているが、女皇様は俺の右隣に座っていた。
そしてその席には不審者3点セットが置いてある。
「まことさ、この子の素顔見た?」
「いや、いつの間にかいなくなってたから分からないや」
「そっか」
流石は女皇様。影の薄さはダークネスだ。
だが、ここに3点セットが置いてあるということはそーゆーことだ。
ついに、
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