第36話 体育祭—3

昼休憩が終わり、次に向かうのは体育館ではなく校庭だ。

日光を反射して眩しく光る校庭には楕円を作るようにテントが並んでいて、テントの近くにはその団の団旗が刺さっている。各団2つのテントが与えられているようだ。

これなら日陰で待機できそうだな。


青団テントの日陰に入ると、ポムが俺の肩をつついて話しかけてきた。


「そういえばさ、青団の団長って水泳部の部長なんでしょ?」

「うん、そうだよ。カッコいいでしょ」

「カッコいいのは分かるんだけどさ…」

「ん?」


歯切れの悪いポムの目を見てみると、どこか一点を見つめていた。

その視線の先を追ってみると、そこには黒い塊が。

なんだろう?


「団長たち、喧嘩してない?」

「喧嘩…?」


ポムがよく分からないことを言うので注意深くその黒い塊を見てみたら、あることが分かった。

あれは学ランを着た団長たちだ。

応援合戦だから学ランを着ているんだろうな。

それぞれの団色のたすきを巻いた団長たちが、テントに囲まれた校庭のど真ん中で言い争いをしている。

そう、言い争っているのだ。

テントにいても聞こえるくらいの大きな声で。


「——やっぱり、この調子だとオレたちが勝ちそうだな! 」

「ふん、緑団は足の速い人材が多い。午後はリレーが多いし、ここから逆転してやる」

「そうかそうか! ちなみにオレの赤団には陸上部が10人以上いるからな! はっはっはっ!!」


…。

俺はポムと目を合わせる。


「…喧嘩って雰囲気じゃなくない?」

「そうかも。なんか楽しそうだし」

「少なくとも仲が悪くはなさそうだよね」

「うんうん」


花たち、早くトイレから帰ってこないかな。

早くこれを見せたい。


「…てかさポム、ずっと気になってることがあるんだけどさ」

「ん?」

「団長たちのヘアカラーが団の色と同じなのって、わざと?」

「ああ、それね。さっき誰かが話してたけど、あれは団長たちで決めて染めてきたらしいよ」

「それは…本気すぎるね」

「ね。こりゃあアタシたちも全力出さないとだよ」

「違いない」


開会式で団長たちの姿を見た時から若干そんな気がしていたが、やっぱりそーゆーことだったか。

なんで茶髪だった部長が青に染めてるのか気になってたけど、それだけ本気ということらしい。

だからこそ、あんな風に言い争ってるんだろう。


「—そういえば、今年の白団は勢いがないな。毎年この時点で3位以上をキープしているというのに、6位とは」

「お黙り。あなたたちだってここまでの競技で一度も1位を取ってないじゃないの、青団」

「すまないね2人ともー。オレたちが1位を掻っ攫っちゃって。はっはっはっ!!」

「チッ、このクソ娘が…」

「水泳の授業が始まったら水に沈めてやるからな…!」


あれ、なんか物騒になってきたかも…?

まあ、喧嘩するほど仲がいいって言うし、大丈夫だろう。


「まあまあ皆さん落ち着いてください。もうすぐ応援合戦が始まるんですから」

「桃団は随分と余裕があるようだな?」

「皆さんを最後にぶちのめすのは私たちって決まってるので、焦ることもないですよー」

「ははっ! 相変わらず大口叩きやがって。オレたちが逃げ切るからそいつは無理だぜ」

「果たしてそれはどうかな。我々は3位だ。お前たち赤団と黄団は射程圏外ではない」

「だとよ黄団。逃げ切ってやろうぜ」

「勘違いしないでくれる? 私たちだって1位を目指してるんだから」

「そうかよ。ま、何にせよオレたちが1位を取るからな! ははっ!!」


まだ何か言い合っているけど、テントにも人が集まってきて聞き取りにくくなってきたな。

スマホで時間を確認すれば、あと5分で応援合戦が始まると分かった。


「やっほー。トイレ混んでて遅くなっちゃった〜」


花たちもようやくやってきた。

随分並んだのだろう、3人ともヘトヘトだ。

その様子を見てポムが尋ねる。


「混んでたの?」

「そりゃあもう大変だよ〜。15分くらい並んだんだから〜」

「そんな混むことあるんだ」

「ほら、体育祭だから何ヶ所か封鎖されてるでしょ? だから使えるトイレが少なかったんだよ」

「ああ、なるほどね」


体育祭では全校生徒が一箇所に集まる。

そのため、普段よりも盗難などの被害の可能性が高くなるとしていくつかの建物が使えなくなっているのだ。

俺もトイレに行く時は計画的に行かないとダメだな。


「——間もなく応援合戦が始まります。みなさん、所定の位置についてください」


みんなで談笑していると放送がかかった。

所定の位置と言っても、テントから前に出て各団ごとに固まっていればいいから簡単だ。


そして放送に従い、言い争っていた団長たちがそれぞれの団に戻っていく。

部長も俺たちの方に帰ってきた。


「この後の応援合戦、期待しているぞ! 腹から全力で声を出し、他の団を威圧してやれ!!」

「「「おー!!」」」


主に3年を中心に、団長の激励に腕を振り上げる。

俺も奮い立ってきた。

掛け声のタイミングとかセリフとかは以前の顔合わせの時に練習しているので、練習通りにやればいいはずだ。


「よし、行くぞ!」

「「「おー!!!!!」」」


* * * *

ドン、ドン、ドン、と太鼓の音が校庭に響く。

赤団団長は腕を組んで立ち、その左右に立つ旗持ちが赤旗を八の字に振るう。


あれが赤団団長か。さっきはよく見えなかったけど今ならよく見える。

キリッとした顔立ち、長く鮮やかな赤髪。

背はあまり高くないが、その堂々とした立ち姿からは圧倒的な存在感を感じる。

そして、オレっ娘。

なかなか属性強めの団長だ。


そんな団長を持つ赤団のエールが始まった。


「問おう! 全てを照らす太陽の色は!?」

「「「赤ー!!!!!」」」

「問おう! 全てを燃やし尽くす炎の色は!?」

「「「赤ー!!!!!」」」

「問おう! 我らに流れる血の色は!?」

「「「赤ー!!!!!」」」

「そうだ! 我らは太陽を抱き、紅の血を全身に巡らせ、その在り方は烈火の如く! 立ちはだかるもの全てを砕き、悉くを灰燼に帰してやれ!!!!」

「「「おーー!!!!!!!!」」」


太鼓はより強く響き、湧き上がる声は鎮まることを知らない。


それに対抗するように、隣の緑団の太鼓隊が空気を揺らす。


「緑団! 行くぞー!!!」

「「「おおー!!!!!」」」


緑団団長が前に出て叫ぶと、赤団の面々はやがて静まる。ここからは緑団のターンだ。

 

緑団団長は背が高く落ち着いた雰囲気を感じる、お姉さんタイプの美人だ。

だが、少し吊り目の鋭い眼光からは冷徹な空気を感じる。


「緑とは、生命の源!全てを育む大自然である!!」

「「「おー!!!!」」」

「緑とは、人間に優しい色である!!」

「「「おー!!!!」」」

「我ら緑は太古より人類に寄り添ってきた大自然の化身! 芽を生やせ!天高く伸ばせ!

緑団よ、突き進め!!」

「「「おおおーーー!!!!!!」」」


緑団の勢いに負けじと我らが青団が前に出る。

今日の部長もかっこいいぜ。

濃い青髪は大人びていて結構似合っている。

いつもよりも自信に溢れた表情も頼れる姉貴って感じだ。


「お前たち、知っているか?」

「「「何を〜??」」」

「生命は海から生まれ、我らは偉大なる海をその胸に抱いているという!」

「「「うおー!!!!」」」

「さらに!炎は水に消え、水無くして植物は生まれない!!」

「「「うおー!!!!」」」

「そして!我ら人類も水がなくては生きられない!全てを支配しているのは我らが青なのだ!! 激流の如く全てを呑み込め!!!」

「「「うおー!!!!!!」」」


実際に自分たちが声を上げると応援合戦しているという実感が湧くな。

太鼓の音も全身に響いて気持ちが昂る。


そして俺たちに続くのは黄団だ。

長いポニーテールが目立つ、学ランを着ていても分かるメリハリのある身体をした団長だ。

一歩前に出ると垂れ目の穏やかな顔つきが一転し、モデルのような立ち姿から腕を振り上げ大きく叫ぶ。


「黄団! 足りないぞ!!!」

「「「おー!!!!」」」

「全っ然足りない!気合いだ!気合いを出せ!!」

「「「おー!!!!!!」」」

「足りなぁぁい!気合いは全てを解決する! 気合があれば1位は取れる!腹の底から声を出せ!!!」

「「「おー!!!!!!!!!!!!」」」


鼓膜が破けそうなほどの轟音。


それを掻き消すのは銅鑼どらの音。

ど、銅鑼?

どこから出てきたんだよそれ。


「はーい、注目〜」


旗を自ら高く掲げ、ゆったりとした足運びで前に出る白団団長。

長い髪を靡かせ、周囲を睨むように見渡す。

凛とした顔つき。

俺レベルか、もしかしたら俺よりもイケメンかもしれない…?

いや、俺は誰にも負けないぞ…!!


そんな団長は数歩進んでから団員の方に振り返り、ゆっくりと語り出す。


「聞きなさい。奴らは声を大にして威勢を張っているけれど、私たちは違う。ただ待ち、ただ見据え、虎視眈々と機を窺う。今は苦しくとも、私たちが最後に勝利を掴む!」


白団は誰も声をあげない。

その代わりに、声にも勝る拍手の嵐が校庭に轟いた。


そこに割り入る最後の団長。

桃団団長が前に出る。

ウルフカットのカッコいい顔つきからは想像もできない可愛い声が飛び出した。


「桃団のみなさん、教えてあげましょう。この4年間、体育祭で優勝し続けているのは私たち桃団なのです!」

「「「おー!!!!」」」

「そして、みなさんはカワイイ! カワイイは正義!」

「「「おー!!!!!」」」

「今は4位ですが、1位に追いつけないことはありません! 後半、頑張っていきましょう!」

「「「おー!!!!!!!」」」


沸き立つ団員の様子を数秒眺めてから団長が戻る。

こうして、応援合戦が終わった。



段々と静まっていく声援と太鼓の音。

やがて消え去る応援合戦の余韻。


そして生徒はザワザワと話し出す。


「…なんか、凄かったね」


近くにいた花が話しかけてきた。


「ね。何と言うか、独特…?」

「分かる〜。中学の時とは全く違ったよ〜」

 

応援合戦は後半になるにつれて団長の個性が出てきていた。

いや、ずっと個性は出てたか。

エールが過激だったり独特な視点だったり、

精神論だったり、語りかけたり。


何はともあれ、団長たちはカッコよかったし面白かったし、良いものが見れて良かった。

おかげでこの後も頑張れそうだ。

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