第32話 休日の過ごし方 —シュンの場合—
「……んん」
…もう朝か。
最近は放課後に体育祭に向けて練習していたから結構疲れていて、今日もたっぷり寝てしまった。
7時には起きようと思っていたのにもう8時だ。
まあ、土曜日だし何時に起きても問題ないのだけれど。
それはさておき、さっきからずっと俺のことを見つめてくる存在がいる。
「……おはよう、涼太…?」
「遅い」
「…?」
いつの間に涼太は俺のベッドに侵入していたのだろうか。
掛け布団が変に膨らんでいるなと思ってめくってみたらそこには俺のことを凝視する涼太がいた。
怖いよ。
「…ぜんぜん起きないんだもん」
「え、私が起きるのをずっとそうやって待ってたの?」
「うん」
「そ、そうなんだ…」
なんでだ?
別に嫌というわけじゃないけど、すごく謎だ。
「で、なんでそんなことしてるの?」
「ママがいないから」
うーん、話が見えてこない。
そういえば、お母さんは昨日「明日は朝から出かけるからー」とか言ってたな。
お母さんの足は結構良くなっていて、今では松葉杖がなくてもギリギリ歩けるようになっている。
「ママがいないと困るの?」
「うん。ゲームしに行きたいから」
「あー、そゆこと」
休日だし、涼太はゲームセンターに行きたかったらしい。
確かにお母さんがいなければ俺と一緒に行くしかないか。1人じゃ危ないし。
だからってわざわざ布団に潜り込んで俺の寝起きを待たなくたっていいのだがな。
「起こしてくれればすぐに支度したのに」
「お姉ちゃん、ニコニコしながら寝てたから…」
「え、そうだったの?」
「うん」
何気に俺の胴体にしがみついている涼太の頭を撫でながら俺は思う。
良い夢を見ていたのが表情に出ていたのか、と。
俺はわらび餅が好物なのだが、わらび餅食べ放題の店を見つけ、嬉々としてそこでわらび餅を食べ続ける夢を見ていたのだ。
涼太は俺がわらび餅を食べる邪魔をしないでいてくれたらしい。
優しいやつめ。
頭を撫でる力を強くしたら涼太は目を細めた。
「じゃ、お姉ちゃんとゲーセン行こうか。支度にちょっと時間かかるけど待っててね」
「うん!」
俺はベッドから降り、その場で着替え始める。涼太はその光景をベッドの上にあぐらをかいて座りながらボーッと見ていた。
小学2年生だし、俺のすばらしい身体を見たところで何も感じないだろう。
いや、そもそも血のつながった家族なのだから涼太が成長したとして、興奮されても困る。
「……ポムちゃんのがおっぱい大きかった」
「…ん?」
あれ、おかしいな。考えてもみなかった言葉が飛んできたぞ。
おいこらポム、お前のせいで可愛い弟が変なこと言い出すようになったじゃないか!
「涼太、もう一回言ってごらん?」
「な、なんでもないよお姉ちゃん…」
鋭い目つきで言ってみたら、涼太は何かを察したように黙り込んだ。
引き際は分かっているらしい。賢しい奴め。
まあ、今のは軽いジョークとして流しておこう。
俺はクローゼットから服を取り出しながら涼太に尋ねる。
「…で、ゲーセンで何がやりたいの?」
「ウッちゃんのぬいぐるみが欲しいの!」
「ああ、あれか〜」
最近、小学生の間で『ウミウシのウッちゃん』というアニメが流行っているらしい。
初めて聞いた時はどこぞの芸能人がウミウシに転生したのかと思ったがどうやら違ったようだ。
ゆるいイラストのウミウシの〝ウッちゃん〟が海の生き物と様々な事をして暮らす平和の極まったアニメのようで、俺からすればどこが面白いのか何一つ分からなかったが小学生には大ウケらしい。
そのウミウシたちが生き残りをかけた戦いでも繰り広げたらまだ面白そうだったのに。
そんな『ウミウシのウッちゃん』に出てくるキャラがクレーンゲームでぬいぐるみ化したとかいう話を涼太から以前聞かされた記憶が蘇る。
だけど、そーゆーのってもしかして…
「ちょっと調べてみるね」
俺は下着姿にTシャツ1枚を着た姿でスマホを手に取った。
俺の勘は〝これはめんどくさいかも〟と告げている。
そしてその勘は的中した。
「あー、そのクレーンゲーム、あそこのゲーセンじゃできないよ。設置されてない」
「えーーー! なんでーーー!!」
「なんでだろうねぇ」
大抵のクレーンゲームはサイトでどの店舗にその台が置いてあるか調べることができる。
新作で且つ人気の台ともなれば絶対に調べられる。
そして調べてみたところ、1番近くても隣の県に行かないと『ウミウシのウッちゃん』のクレーンゲームは出来ないようだった。
けど、確かになんでだろうな。
この辺りにもゲームセンターは沢山あるのに。
そんなことを思いながら画面をスクロールしていたら答えが分かった。
「……あ。涼太、あと1週間待てばあそこのゲーセンでもウミウシ取り出来るけど?」
「嫌だ!今日がいい!」
「ですよねー。そう言うと思ってました」
色々見ていたら、近所のゲーセンにも入荷予定とあった。来週に。
しかしそれを涼太が待てるはずもなく…。
「…分かったよ。じゃあ涼太も早く支度しな。しばらく電車乗るかもだけどいいね?」
「うん!! 着替えてくる!」
そう言うと涼太は俺のベッドから飛び降りて隣の自室に駆け込んだ。
「…はぁ。我ながら、ブラコンのお姉ちゃんも大変だな」
俺はぐしゃぐしゃになったベッドを眺めながら1人呟いた。
* * * *
俺は涼太を連れて電車に乗り、隣県のショッピングモールにやってきた。
日本一大きいだけあってクソ広い。
中にあるゲームセンターに辿り着くまでに涼太が「あれ欲しいこれ欲しい」と無数に存在する店に並ぶ物を見て叫ぶのを宥めるのにどれほど苦労したことか。
そんなにお金があるわけがないだろう。
俺はバイトをしていないんだ。
ああ、体育祭が終わったらバイトを始めてもいいかもな。
金欠対策にもなるし。
まあ、それはまた今度考えるとして、俺は目の前で起きている驚愕すべき現実をしっかり受け止めなければならない。
「やった!」
「………」
涼太はゲームセンターでお目当てのクレーンゲームを見つけるなり、ぬいぐるみ化したキャラクターを乱獲し始めた。
好きに使っていいよ、と言って渡した百円玉10枚が次々にクレーンゲームに投入されていく。
ウミウシの〝ウッちゃん〟は当たり前として、ヒトデの〝ヒトヒト〟やサンゴの〝サー君〟など、海の愉快な仲間たちが次々に持ち上げられては深淵に落とされていく。
涼太は昔からクレーンゲームが上手かったが、ここまでくると暴力的だ。
幼稚園の頃に開花させた才能は健在らしい。
さらに、涼太は1つ取るだけでは物足りないようで4体目のウッちゃんを手にかけようとしていた。
ちょうどその時、ドン引きする俺と目をキラキラ輝かせる涼太に声がかかる。
店の人に目をつけられたかと思ったが、そうではなかった。
「あれ、シュンじゃん」
「え、ミカ?」
「ミカちゃん!!」
振り返るとそこにはミカが立っていた。
持っている袋からして靴でも買ったのだろう。
それにしても、こんな所で出会うとは随分と珍しいな。
「何してんのここで?」
「ポムの誕プレ買いに来たの。そっちこそ何してんの?」
「涼太がこれやりたいって言うからわざわざ
来たんだよ。ほら」
俺はそう言いながら涼太を指さす。
ミカは涼太の腕に抱えられた大量のウッちゃんズを見て目を丸くした。
「え、それ全部取ったの?」
「そうだよ」
「 す、すごいね」
「涼太昔から上手いんだよねクレーンゲーム。ほら、デカいぬいぐるみって取りにくいじゃん? だけどこーゆー小さいやつなら涼太の敵じゃないんだよ」
「へぇ…」
俺たちが話している最中にも増えていく海の犠牲者を見つめるミカの顔は少し引きつっていた。
まあ、確かに信じられない光景ではあるな。
「それはそうと、せっかく会ったんだし一緒にお昼食べようよ。ほら、あそこにフードコートあるじゃん」
「いいね! 行こう行こう!」
「ほら、涼太もこう言ってるし」
「じゃあそうしようかな」
少し戸惑っていたミカだが、乱獲を終えた涼太の屈託のない笑顔の前に敗北したようだ。
多分、俺たち2人の時間を邪魔したくないとか考えたんだろう。
だけど涼太はミカに懐いているし、俺も一緒に過ごしたい。
だからそんな心配をする必要はないのだ。
* *
「じゃあね2人とも」
「またねミカ」
「ばいばーい」
そうしてしばらく一緒に過ごした俺たちは、俺の最寄りの駅まで一緒に戻ってきてミカに別れを告げた。
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