第28話 放課後の特訓
お母さんが帰ってきたので、俺は少し前から部活動に復帰している。
部員数が多いのでアイツら——笹木と水瀬に近づくことはあまりないが、俺が遠くにいるアイツらに目を合わせると向こうは目配せしてクスクス笑うんだ。
「私たちがやりました」って言ってるようなものじゃないか、それは。
だけどそれはあくまで推測だ。事実かどうかは分からない。まあ、ほとんど確定だと思うけど。
だから今日、俺は直接聞いてみることにした。
部活の休憩時間。今日は校庭でのランニングであり、アイツらは木陰の椅子に座って休んでいた。
俺は2人の所に堂々と歩いていき、自分の髪を指差して質問する。
「これ、先輩たちがやりましたよね?」
するとコイツらは高笑いしながら答えた。
「はは、なんのこと? ウチらはあんたの髪の毛なんて勝手に染めてないんだけどー」
は? 笹木、てめぇ殴るぞ?
…おっと、耐えろ俺。
「…髪、切りましたよね? 写真だってあるんですから」
「ははっ、何それ! 誰がお前の髪の毛なんて切るかよ。そもそもお前なんか視界にすら入ってないっての。写真だって、今の時代捏造し放題なんだし何の意味があんの?」
水瀬の言い分も大体予想通りだな。
だが、別に今は論破してやろうというつもりで話しかけに行ったわけではない。
こいつらに謝罪の意志があるかどうか、延いてはこいつらに罪を認める覚悟があるかどうか確認しにきただけだ。
「…そうですか。じゃ、わたし戻るんで」
「さっさと戻れー」
「早く消えろー」
そこまで露骨に態度悪くするか、普通?
いや、こいつらは普通じゃなかったわ。
直接話して決意がより固まった。
絶対に許さない。
…おっと、これを言い忘れていたぜ。
俺は去り際に振り返りながら言う。
「そうだ、先輩たち今度の体育祭で〝桜染の血闘〟出てくださいよ、私も出るんで。2人ともクラス別でしょう? …あ、ごめんなさい。無理しなくていいですからね。その身体じゃ恥ずかしいでしょうし。いつも胸張って歩いてますけど、誤魔化しきれてないですからねそれ。じゃ」
全ての語尾に(笑)が付くような舐めた感じで言い放ち、逃げるように俺は練習に戻る。
遠くの木陰でアイツらが何か喚いているのが聞こえたが無視しよう。
部活の後の楽しみのために、今はトレーニングを頑張ろう。
* * *
「あ、きたきた! おーい、ここだよ〜!」
部活後、俺は再び校庭に向かった。
部活の終わりの挨拶は部室で行われるので、校庭に行くのは2回目というわけだ。
すでにそこには体操着姿のいつもの4人が揃っていた。
相変わらず、ポムのポムっぱいはポムポムだ。
「ごめーん。待った?」
「いや、さっき来たところだからそんなに待ってないよ〜」
「良かった。おお、道具もあるね」
「はい。ワタクシとミカでちゃんと持ってきましたよ」
「ナイス」
事の発端は昼食時に花が「リレーの練習しようよ」と言い出したことだった。
体育祭では、最後に全校生徒でリレーが行われる。学校の伝統であるらしい。
そして花はそのために練習しようと言い出したのだ。
花からそーゆー発言が飛び出すのは意外だったが、俺は元陸上部として大賛成だったし、他のみんなもそれなりに乗り気だったから、こうして放課後に校庭でリレーの練習をすることになったというわけだ。
校庭では今も部活動が行われているが、めちゃくちゃ広いため、そんな中でも校庭の一部を使ってリレーの練習をするくらいは出来る。
なんなら俺たちの他にも体育祭に向けて練習している人たちがいるくらいだ。
「早くやろうよ」
ポムはアリスとミカが持ってきてくれた籠からバトンを取り出し、くるくる手元で飛ばす。
「そうだね、やろうやろう」
俺も早く練習したかったので賛成の意を示した。
そう、俺は楽しみにしていたんだ。
最近はいろいろと疲れていたし、気の置けない友達と体を動かすのは楽しいに違いないと思って今日の部活を乗り切ったのだ。
さっそく俺はレクチャーを始める。
「リレーといったらやっぱりバトンパス。これが1番大事だよ。走るのが遅くても、上手にバトンパスが出来れば大差にはならないはず。高校の体育祭レベルだからね」
「バトンパスね…。ミカ、苦手なんだよねーそれ。中学で落としたことがあってさ」
「あれか! あったあった。走り終わった後に『みんなごめん〜〜』って号泣してたあれね」
「ちょ、あんたねぇ!?」
「はは。そんなことあったんだ。けど、ちゃんと練習すれば大丈夫だよ」
「そうかなー?」
「そうだよ」
「わたしも苦手! 一緒に頑張ろうミカちゃん!」
「アタシは得意! 頑張ってね2人とも!」
花とミカに全力で追いかけられるポムを眺めながら、俺はアリスにも聞いてみる。
「…アリスはどうなの?」
「ワタクシは一般的な感じだと思いますよ。下手ではないと思いますが、上手でもないというか…」
「そっか。じゃ、やってみようよ」
「え、今ですか?」
「うん。ほら、花たちは追いかけっこしてるし」
「ふふ、確かに。では、ワタクシが受け取りますね」
「おっけー。じゃあ私が渡すね」
俺はポムが置いていったバトンを取り、その間にアリスは俺から距離を取った。
本格的にやるなら歩幅やら歩数やらを数えてやったりするのだが、今はそこまでする必要はない。アリスのレベルを軽く測るだけだ。
「行くよー!」
「はい!」
地面を強く蹴る。脚を素早く前に振り出す。
さっきの部活のランニングとは全く別の力の使い方。
瞬発力を意識して速度を上げていき——瞬間、やってしまったと後悔する。
うっかり陸上部時代の感覚で走ってしまった。
これじゃあアリスが反応しきれない。
そのはずだった。
「——!?」
初心者なら絶対に走り出すことのない距離間でアリスは走り出す。
往々にして初心者は走者が自分に近づくまで走り出さない。だが、それでは走者の速度を無駄にしてしまって良いバトンパスにはならない。
だが、アリスは走り出した。
俺の速度と自分の初速からの加速を踏まえた距離で、走り出した。
右腕を後ろにピンと伸ばし、後ろは見ずに、前だけを見てしっかり走る。
「はい!」
アリスの真後ろまで近づいた俺は、速度をそのまま押し出す力に変えて、バトンをアリスに押し込んで横に抜ける。
アリスもしっかりとバトンを握り、俺の押し出した力に乗っかって加速していく。
そのまま直線に走った後、アリスは減速しながら俺の所にUターンして戻ってきた。
息を切らしながら額の汗を拭う姿は色っぽい。
「はぁ、はぁ…。どうでしたか?」
「いやいや、どこが一般的なの? 経験者の動きだったんですが!?」
「本当ですか!? 本当に陸上の経験はないんですよ。そう言ってもらえて嬉しいです」
ふむ…。
花は天然。ミカはツンデレ。ポムはお調子者。
アリスは運動神経抜群ときたか。
本人は謙遜しているけど、隠しきれない実力が確かにあった。
「いやぁ、びっくりしたよ。感覚であれが出来るのは本当に凄いと思う」
「えへへ、そんなに褒めないでくださいよ」
珍しくアリスが照れている。モジモジしていて可愛い。
「ぜひとも見習って欲しいなぁ。ねぇ、ポム?」
「え? あ、うん…!」
振り返った先には花とミカに両腕を掴まれ、十字架に架けられたような姿勢で連行されて帰ってきたポムがいた。
「アリス、めちゃくちゃバトンパス上手いからね。まだ渡す側は見てないけど、受け取る側ならめっちゃ上手なんだから」
「え、ミカたちを置いていかないでよアリスー」
「わたしも置いていかないで〜」
「ふふん。アタシは練習しなくたってちゃんとでき、むがっ———!?」
はいはい、ポムもちゃんと練習しましょうね。
俺は花とミカに拘束されたポムの口を文字通り手で封じた。
「じゃあ、アリスは花と練習して。自分の感覚を信じて教えてあげれば大丈夫なはず。アリスはちゃんと出来てるから」
「分かりました!」
「ミカとポムは私とね」
「分かった」
「んあっあえおああくえおああいえ!!」
「え〜? ポム、何を言ってるのか分からないな〜」
「ああうえおああいえ!!」
「はははは。シュン、しばらくそのままでいいよ〜」
「そうそう。こいつは調子に乗りすぎた」
「だそうですよポムさん」
「あうううう…」
ははは。こーゆー賑やかな感じが心地いい。
やっぱり適度なリフレッシュは大切だな。
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