第21話 2人きりの2週間

お母さんが事故に遭った翌日。

俺は普段は7時に起きるところを6時に起き、涼太のために目玉焼きとウインナーを焼いていた。


男と女が2人きりで生活する。

少しドキドキするシチュエーションだが、2人の関係に〝家族〟という2文字を添えた瞬間にドキドキはどこかへ消え去る。

そんなドキドキのカケラもない涼太との生活だが、俺はすでに辛い。

俺は朝に弱いのだ。今日だって目覚まし時計とスマホのアラームを酷使して何とか起きたんだ。

いつも朝早く起きて朝ご飯を作ってくれるお母さんがどれだけ凄いのかがよく分かる。


とはいえ、可愛い可愛い弟のためだ。

姉としてここは頑張らないといけない。


「…くそっ、難しいな」


目玉焼きは簡単そうに見えて実は難しい。

火加減や油加減次第で、簡単にフライパンにへばり付いたり焦げたりしてしまうのだ。

片方は失敗しちゃったから、成功した方を涼太のやつにしてあげよう。


「———おはよう」

「あれ、起きたんだ。おはよう涼太」


目玉焼きを皿に乗せていた時、リビングの扉が開いてパジャマ姿の涼太が現れた。

目を擦って眠たそうにしている。


「まだ寝てて良かったのに」

「ううん、頑張るもん」

「そっか。偉いね涼太」


なるほど。

涼太なりに俺のことを気遣ってくれているんだな。

俺がお母さんの代わりとして頑張ろうとしているのに対し、涼太は涼太で俺に迷惑がかからないように頑張ろうとしてくれているのだろう。 

その証拠に、普段は起きてからもソファーでゴロゴロしている涼太が朝一番に顔を洗いに行った。


ああ、これはやっぱり俺も頑張らないとだ。


俺はもう少し朝食を豪華にするべく、わかめの味噌汁を作り始めた。



* * * *


「おはよ〜。今日は遅いね。それに髪も下ろしてるし」

「おはよう花。忙しくて遅くなっちゃった。髪もセットする時間なくて」

「なんかあったの〜?」

「まあ、いろいろと」

「ふーん」


普段はクラスでも5番目くらいに早く登校している俺だが、今日は後ろから数えた方が早いくらいの登校時間となってしまった。


「そうそう、昨日はありがとね〜。楽しかった!」

「私も楽しかったよ。また遊ぼう…じゃなかった。今度こそは勉強しようね」

「ははは、そうだね〜」


花たちに昨日のことを言う必要はないだろう。不必要な心配をかけたくはないし、変に同情されるのも嫌だ。

ただ、教師には言う必要があるな。

「これこれこーゆーわけで授業中に警察から電話がかかってきたら出させてくれ」と。

それと、部活の人にも。

特に後者。ああ、憂鬱だ。


登校して早々嫌な気分に苛まれる俺に、HRホームルームの開始を告げるチャイムは重々しく響いた。



* * *


いつもより長く感じる退屈な授業を全て終え、俺は部室を目指して廊下を進む。

その道中、まこととすれ違った。


「シュンちゃん、この後図書館いかない?」

「あー、ごめん。部活行かないといけなくて」

「そっかそっか、じゃあまた今度ね」

「うん。また今度」


残念ながら、そのような余裕はない。

俺は手を振りながらまことと別れ、再び廊下を進む。


そうして部室へ着くと、すでに何人かの部員が部室にいた。

その中には、部長の姿もある。


「こんにちは!」

「やあ」

「うーん」

「…」


先輩には大きい声で挨拶しないと怒られるからそうしているというのに、ちゃんと挨拶しても返ってくる返事は適当なものばかりだ。スマホをいじって無視してくるヤツだっている。解せぬ。


「こんにちは」


その点、部長は俺の目を見て朗らかに返事をしてくれる。ほら、みんな部長を見習えよ。


…まあ、早速話を切り出すとしよう。


「あの、来てもらえますか?」


俺は扉の方で部長に室外に来るように促す。

部長は頭にハテナを浮かべながら外へ出てきた。


「どうした?」


俺は申し訳なさそうな感じを全身で醸し出しながら小さい声で切り出す。


「あのですね、2週間ほど部活を休みたいんです…」


それを聞くと部長は顔を顰めた。

そりゃあそうだろう。入部して間もない一年生がこんなことを言い出したら誰だってこうなる。

だから俺はしっかり付け足す。


「実は、昨日母親が交通事故に遭って、私が家のことを1人で全部やらないとダメになっちゃって…。部活をやってると小2の弟が1人になる時間が長くなっちゃうし、夕飯も用意できないしで——」

「いいぞ、帰れ。すぐ帰れ。今すぐ帰れ」

「…え?」

「大変な時なのだろう? 家族のためだ。どうして部活を強制できようか」

「部長……」


部長、良い人すぎるぜ。

みんなこの人のことを〝部長〟って呼んでるせいで名前は知らないけど、俺は既にこの人のことが大好きになった。


「ありがとうございます…!!」

「ああ。その代わり、復帰後は死ぬ気で頑張れよ」

「はい!」

「よし。さっさと行け」


俺の背中をパンッと一回叩くと、部長は部室に戻ってしまった。

話は下手に深く聞かず、それでいて要点は理解してくれる。なんてやり易い人なのだろうか。

最初はただの熱血ガールかと思っていたけど、人望がある理由が分かった気がする。


「—よし、頑張ろう」


これで何の気兼ねなく学校が終わったらすぐに帰宅できるようになった。

ここから2週間、頑張ってみせるぞ!

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