第20話 夜の病院で

病院に着くと、入り口で2人の警察官が立っていた。


「——来たか。藤宮さんで合ってる?」

「はい、娘の藤宮春です」

「よし。じゃあ着いてきてくれ」


拓也君お母さんの車を降り、涼太の手を引っ張って入り口に向かった俺はその2人に連れられて院内を進んだ。

道中、焦りながらも俺は尋ねる。


「…事故って、一体何が?」

「飲酒運転の車に突っ込まれたようなんだ。

車の中からはビールの缶が見つかっている」

「そんな…」


自宅には車も自転車も残っていたし、お母さんは徒歩だったはずだ。

無事だといいけど……。

俺の手を握る涼太の力が強くなったが気がする。


俺たちは薄暗く静かな廊下を足早に進み、程なくして突き当たりの病室に着いた。


6台の病床が並んだ病室には、お母さん以外の患者はいなかった。

端のベッドで横になるお母さんの傍らに、主治医と思われる若い男の医師が立っている。

彼はこちらに気づくと小さく微笑んだ。


「じゃあ、あとはお医者さんに任せるから。明日にはまた連絡の電話をするから、対応できるようにしておいてね」

「それだったら、私のスマホに電話をかけてくれると嬉しいです」


俺がそう言うと警察官はメモを取り出したので、すぐにスマホの電話番号を伝える。


「—分かった。じゃあこの番号に連絡するね」

「ありがとうございます」


やりとりを終えると警察官たち来た道を帰っていった。

俺はお辞儀しながら彼らの背を見送り、主治医に恐る恐る尋ねた。


「…えっと、母はどんな状況なんですか?」


見た感じ、今にも死にそうという風貌ではない。穏やかな寝息をかいて寝ている。

骨折したのであろう左脚が宙に吊られているが、他に目立った被害はない。


「幸いなことに多少の骨折で済んでいるよ。内臓や脳が傷ついていたら大変だったけど、運が良かった。まだ検査が終わってないから確定的なことは言えないけど、2週間もすれば退院出来るはずさ」

「そうですか…。良かった…」


涼太も、安心したような表情だ。

俺の手を握る力も弱くなっている。目元が少しウルウルしているかも。


「じゃあ、しばらくは入院して様子を見るって感じですか?」

「うん、そうだね」


主治医が肯定する。

とりあえずお母さんの命に別状がないと分かると、別の問題が頭に浮かんできた。

お母さんが入院している間、俺と涼太は2人きりなのだ。


父親は沖縄に出張しているからしばらく帰ってこない。親戚もすぐ来れるような場所には住んでいない。

そういうわけで俺と涼太は2人で約2週間をやり過ごさなければならないわけだが、問題なのは、俺は料理ができないということだ。

毎日外食にするほどの資本力はないし、とはいえ毎日コンビニ弁当というのも身体に悪い。

………部活はしばらく休んで、早く家に帰って頑張って料理をするしかないか。

カレーとかシチューとか、数日食べられるものを頑張って作ろう。


そんなことを考えていると、主治医は事務的なことをいろいろ話してからこの場を去ってしまった。


「はぁ…」


俺のため息を聞いた涼太は「どうしたの?」という顔で俺を見上げてくる。

俺は頭を撫でながら疲れた顔で答えた。


「明日からはしばらくお姉ちゃんと2人きりだよ」

「……うん。分かってる」

「偉いね。お姉ちゃんに協力してくれる?」

「うん」

「よしよし」


部活の人にはどうやってこのことを説明すれば良いだろうか。

絶対何か言われそうな気がする…

お母さんのことは勿論心配で仕方ないが、それ以外だって心配なものは心配だ。


布団から出ていたお母さんの手を握ってみる。ピクッと反応があったが、握り返してくることも目を覚ますこともなかった。


あまり長居するのもアレだし、そろそろ帰るとしよう。詳しいことは元気になってから聞けば良い。

警察からも連絡があるだろうしな。


「ばいばいお母さん。また来るね」

「ばいばい」


俺も涼太は小さい声でお母さんに別れを告げ、病院を後にした。


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