第19話 嵐の前の…

「へぇ〜、涼太君は算数が好きなんだ〜」

「うん」


時計回りに、ミカ涼太アリス俺ポム花と丸テーブルを囲んでいる。

涼太はアリスとミカの間に挟まれているわけだが、これはポムと花の間に挟むよりも安全そうだったからだ。

もちろん1番安全なのは俺の隣なのだが、どうしてもとアリスがごねたので仕方なくそちらに譲った。


「何で算数が好きなの〜?」

「えっとね、数字が増えたり減ったりするのが面白いから!」

「そ、そっか〜。独特な観点だね〜」


本当に独特な観点だなおい。

あの花を返事に困らせるとはなかなかやる。


「それにしても、随分みんなと仲良くなったじゃん涼太」

「うん。みんな優しいから…」

「「「可愛い〜〜!」」」

「…へへっ」


頬をポリポリ掻きながら微笑むという悩殺術をいつの間にか習得していた涼太。

くっ、この先の成長が恐ろしいぜ。


それはそうと、まだ数十分しか経っていないのに随分とみんなと仲良くなったものだ。

涼太は軽い人見知りなのに、今ではポムの「あーん」にも自分から口を開けにいく始末だ。

やっぱ胸か!胸なのか!?

ポムは最初の方、ここぞとばかりに涼太に胸を押し付けていたし、涼太の本能が刺激されてしまった可能性がある。

やはりポム、危険な女だ。


「涼太君はクラスで仲のいい女友達はいるんですか?」

「うーん」


アリスが涼太の口元をティッシュで拭きながら質問する。

涼太は大人しく拭かれながら、少し考えてから答えた。


「話してくる人はいるけど、僕は好きじゃないかな。いつも話しかけてきてうるさいし」

「あぁ…。涼太君、それは向こうが涼太君に気があるからかもしれないよ?」

「気がある?」

「そう。その子は涼太君のこと好きなのかもしれないんだよ」

「えー、よく分からない」

 

涼太は本当によく分かってなさそうな顔で「何を言っているんだ」とミカを見つめた。

ミカは説明を諦め、無言で涼太の頭を撫で始めた。


そうだ、気になるから聞いてみよう。


「気になるんだけどさ、みんなはそんな小さい時から好きな人とかいたの? というか、好きって感情を理解してた?」

「うーん、わたしはいなかったかな。初恋も小6だったしね」

「アタシは幼稚園が初恋だったよ。小学校なんて毎年クラス替えするたびに好きな人できてたし」


なるほど、花とポムは随分と対照的だな。


「ミカは……うん、そのくらいの時は全くかな。中2が初恋だったし」

「ワタクシも好きな人ができたのは中学に入ってからでしたね」

「なるほどねぇ。じゃあポムが早熟なだけか」

「ふふん、そうだよ。アタシのおっぱいは小4から大きくなり始めたからね」


嘘だろ…!?

俺はいつ頃からだったかな。確か中1からだったような。


「うるさいうるさい。けどまあ、ポムが例外ってわけでもないと思うよ。ミカの妹は小3なんだけど、好きな人いるってこの前言ってたし」

「ワタクシの妹も小2ですが、この前一方的に好きな人の話をされましたよ」

「へぇ、今の子ってそーゆーの早いんだねぇ〜」

「なら確かに涼太に話しかけてくる子が涼太のことを好きでもおかしくはないのかも」

「こりゃあ大変だね涼太君。高学年にもなったらバレンタインが恐ろしいことになりそうだよ」

「?」


ポムがそう言いながらみたらし団子を涼太に差し出す。一粒食べた涼太はもぐもぐしながら首を傾げた。


「お、これおいしい」


涼太に食べさせた団子の残りをポムはそのまま食べた。

おい!間接キスじゃないのか!?


まあ、涼太も美味しそうに食べていたし許してやろう。

それより、少し気になることがある。


「あのさ、みんなの言う〝好き〟って感覚ってどんな感じなの?」

「うーん、難しいな〜」

「アタシは楽しさに近いかな。『お、この人と一緒にいたら楽しいかも!』って思ったらその人を意識するようになって、ずっと一緒にいたいって思うようになる」

「ほうほう」

「ワタクシは……あれ、難しいですね。〝好き〟って気持ちは全身から〝好き〟って感じが溢れてくる感覚というか…」

「ほうほう…」

「わたしは〜、やっぱり〝もっと知りたい〟って感覚かな〜。好きな人のことは気になって仕方ないし、いっぱい知っていっぱい遊んでいっぱい仲良くしたいし〜」

「ほうほう……」

「ミカは、子宮にクる」

「ほうほう…………? 今、なんて?」

「だから、子宮にクるんだって」


な、何を言っているんだこの人は…?

ほら、隣の涼太も口をぽかんと開けてお前を見つめているぞ!


「あはは! そうそう、ミカは昔から本能型なんだよ。アタシもミカの言ってることは分からなくはないけど、少なくとも経験したことはないな」

「はは、面白いねミカちゃん」

「疼くんですよね。分かります…」


おい、最後共感してる人がいたぞ。


「……あんまり参考にはならなかったけど、私の知らない世界が広がっていることは分かったわ」

「シュンは今まで誰かを好きになったことはないの?」

「うん、ないかな。告白こそされるけど、全部悉く振ってきたし」

「え〜、シュンの中学時代の話聞きた〜い」

「どうしようかなー」


まあ、みんなもいろいろ話してくれたし俺もお話ししようかな。


「じゃあ中1の時の話なんだけど———」


そうして俺は中学時代の話を始めた。


それが引き金だった。

5人も女子がいて、恋バナでも始めようものならそれは終わりの始まり。

それぞれが昔話——主に中学時代の話を語り合い、それは日が暮れるまで続いてしまった。

涼太は、ご飯を食べ終えたらしれっと抜け出していた。


* * * * *

「あっはっはっは、そんなことあったんだ〜! …………………ねぇ、今何時?」


爆笑していた花は笑い疲れるとスンと冷静になり、この場の誰もが思っていたことについに触れた。

触れるべきとは分かっていても、誰も触れることのできなかったことに。


「…5時半」


恐る恐るスマホを見たポムが震えた声で答える。


「ぁぁぁぁやっちゃった〜〜!!」


それを聞いた花が俺のベッドに飛び乗って暴れ始めた。

別に、誰も止めようとはしない。


「もうそんな時間ですか…」

「話が盛り上がりすぎて時間を忘れてたね」

「ミカも久しぶりにあんなに笑ったかも」

「私もめちゃくちゃ楽しかった…」


正直、みんなの恋バナは本当に面白かった。

話の焦点は男子に当てられるものが多いわけだが、元男として、みんなとは別の楽しみ方ができて面白かった。


「ま、午後は勉強できなかったけど楽しかったから善しとしよう!!!」


開き直った花が俺のベッドの上で声高々に叫ぶ。

みんなも口にこそ出さないけど、そんな感じの空気を出していた。


「じゃ、今日はもう解散しようか」


俺がそう言うと、みんなは頷いて片付けを始めた。

俺はみんなが荷物をまとめるのを椅子に座って眺める。

俺は別に今片付ける必要はないからな。

ん、アリスがパンチラしたぞ。


「アリスのパンツは黒か」

「みっ、見えちゃいましたか!?」

「うん」


そんなやりとりをしているうちに、みんなは準備を終えた。


「駅まで送っていくよ」

「いいよいいよ〜。お昼ご飯のゴミの処理任せちゃったし、もう大丈夫だよ〜」

「うんうん。涼太君によろしくね」

「そっか、分かった。じゃあまた明日。ばいばーい」

「「「ばいばーい」」


花たちは手を振りながら俺の家を後にした。

さっきまでの賑やかさが嘘だったかのように家は静まり返っている。

なんか、寂しいな。


「……そっか」


ああ、俺はあいつらのことが想像以上に好きだったらしい。もちろん、まだ友達としてだが。


そういえば、涼太はいつ帰ってくるんだろうか。

そう思った時、ちょうどリビングの電話が鳴った。玄関から急いで移動し、受話器を手に取る。

知らない番号だ。


「——もしもし?」

「もしもし、藤宮さんのお宅ですか?」

「はい、長女の藤宮春です」


知らない女の人の声だ。


「そうでしたか。涼太君の友達の拓也の母ですが、涼太君が夜ご飯を食べたいきたいと言っているので、そのようにしても大丈夫でしょうか?」


ああ、そんなことか。


「はい、大丈夫だと思いますよ」

「ありがとうございます。では、夕食が終わったら帰宅させますね。あ、私も着いていきますよ」

「わざわざありがとうございます。そうしていただけると幸いです」

「分かりました。では」


それで電話は切れた。

こんな時間に電話が鳴ったからびっくりしたけど、平和な電話だったな。

それにしても涼太、そんなに仲の良い友達がいたとは。少し感慨深い。


じゃあ、俺はお風呂でも入っちゃおうかな。


そう思い、お風呂場に向かおうとした時だった。


「——ん?」


再び、電話が鳴る。


「なんか伝え忘れてたのかな?」


少し疑問に思いながら受話器を再び取った。


「どうしまし——」

「藤宮さんのお宅でよろしいでしょうか?」

「———え、はい、そうですけど」


さっきの人じゃない。

切羽詰まった感じの、男の人の声だ。


「こちら警察です。ご家族と思われる方が事故に遭われたので、第三病院に急いで来ていただけると——」

「分かりました。すぐ行きます」


俺はガチャンと受話器を下ろすと、すぐに先ほどの拓也君の家に電話をかけた。

お母さんはすぐに出た。

簡単に状況を説明すると、涼太は拓也君お母さんの車で連れられて俺の家に来た。

乗っていいということなので、俺も車に乗って拓也君お母さんにくだんの病院まで連れて行ってもらうことになった。


「ほんと、ありがとうございます」

「こんな大変な時なんだからお礼なんていいわよ」

「ありがとうございます…」


俺の隣に座る涼太はクスクス泣いていた。

俺は、黙って涼太を抱きしめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る