第18話 初めての勉強会

「やっほ〜!」

 

約束の勉強会の日。

俺が待ち合わせの最寄駅に着くと、俺のことを待っていたらしい花が手を振ってきた。


「おはよ。待たせちゃった?」

「おはよ〜。さっき着いたところだから大丈夫。みんなはあそこのコンビニに寄ってるけど、ちょっとしたら出てくると思うよ」

「何か買いたいものでもあったのかな?」

「お昼ご飯だよ。わたしは家から持ってきたけどみんなはコンビニで買えば良いかなって思ってたみたい」

「なるほどね」  


今日の勉強会は9時に集合5時に解散という大まかな流れが決まっている。

解散時刻に関しては、その時のみんなの空腹度次第。夜ご飯を食べてから解散するか、その前に解散するかで多少変わるだろう。


「それにしても似合ってるね」

「えへへ〜そうでしょ〜。シュンも似合ってるよ」

「ありがと」


花は白いワンピースを身に纏っていた。

レースの装飾が施された涼しげで可愛らしいやつだ。薄いピンクの髪色ともマッチしていると思う。

一方俺はカッコいい感じの服装だ。

肩出し脇出しヘソ出しの3点セットの白ベースのタンクトップに、少し緩めのジーンズを合わせた。

上半身の露出が多い気がするが、同性相手だし気にしない。

カップ付きのタンクトップなのでブラを着ける必要もなく、露出が多いと言ってもブラ紐が見えるなんてことを気にする必要がないのは良い。俺は見せブラを持っていないんだ。


「あ、シュンいるじゃん。おはよー」

「おはようございます」

「おはよう」


花と少し雑談しているうちに3人がコンビニ袋を提げてやってきた。

やっぱり私服はいいな。

制服だけじゃ測りきれない個人の性格が服に表れるというものだ。

ポムはピチッとしたパンツにTシャツ、そしてキャップを被ったカジュアルな感じ。

ミカはロングスカートに薄手のカーディガンを羽織った清楚な感じ。

アリスはミニスカートに肩出しのトップス。やはりアメリカの血と言ったところか、他の子に比べたら露出が多い。


「じゃ、早速だけど行こうか」


みんなが頷き、俺に着いてくる。

そこまで駅と家とは距離が離れていないから、おしゃべりしながら歩いていたらすぐ着くだろう。



——そう思っていたら本当にすぐ着いた。

体感5分くらいだ。スマホの時計を見たら10分は経っている。


「じゃ、入って入ってー」


改めて集団でいることの凄さを実感しながら玄関のドアを開け、みんなを中に入れる。

みんな「おじゃましまーす」と声を上げながら家に入るが、返事はなかった。


「お母さーん!いないのー!」


みんなが入った後に俺も家に入り、大声で叫んでみるがやはり返事はない。


「…いないのかな。私が家を出た時はいたんだけどなぁ…」

「じゃあ上がらない方がいいかな…?」

「いや、どっか行っててもすぐ帰ってくるだろうし、上がっちゃって。ささ」


俺はみんなに促し家に上がらせる。

そのまま俺の部屋に先導し、とうとう友人を自室へと向かい入れた。


「おお〜〜! ここがシュンの部屋か〜!」

「よし、えっちな本を探すぞ!」


テンション爆上がりの花とポムを、ミカとアリスが苦笑気味に見つめる。

その間、花はベッドに乗っかり、ポムはベッドと床の隙間に何か落ちていないか必死に探していた。

ふふふ、昨日徹底的に掃除したんだ。

えっちな本どころか埃1つ落ちているはずもない。


「いいからいいから。はい、勉強するんでしょ?」


俺は昨日涼太の部屋からぶんどってきた丸型テーブルを組み立て床に並べる。もともとあった同じやつと合わせて、2つのテーブルがカーペットの上に並んだ。


「せっかくみんなで集まったんだから遊ぼうよ〜」


花は文句を言いつつ、しぶしぶといった感じでテーブルに教材を並べ始めた。

他のみんなもそれに続く。

なんだかんだ、みんな真面目なんだな。


俺とミカ、アリスが同じテーブル。

もう一つにはポムと花が座った。

別に話し合ったわけでもなく、自然とそうなっただけだ。


ふむ、少し空気が重いな。

やっぱり勉強するとなるとこうなるか。

なら、少し俺が盛り上げよう。


「よし、勉強会を始めるぞぉぉ!」

「「「イェェェェイ!!」」」


すると、脊髄反射の如き速度でみんなはスイッチを切り替えて反応してきた。

やっぱりノリが強すぎるぞこの子たち。


「音楽かけて良い〜?」

「いいよー」

「何にするんですか?」

「ミスターブルーアップル〜」

「いいね。ミカもそれ好き」

「良い曲多いよね〜!」


花も調子を取り戻したようで、ニコニコしながら曲を流し始めた。

俺は勉強中に音楽を聴くのはあまり好きではないが、みんなで楽しくできるならそれでも良いだろう。


こうして、和やかな感じで勉強会はスタートした。




* * *

しばらくして、事件は起きた。


「——ん?」


玄関の扉が開いた音がした。

お母さんが帰宅したのかなと思ったが、すぐに違うと分かった。

いつも帰宅するなり大きい声で「ただいまー!」と叫ぶのだが、それがない。

まさか泥棒? 鍵は閉めたはずだけど…


「どうしたんですか?」

「何かあった?」


アリスとミカが俺を訝しむ。

2人は扉の開いた音に気づいていないようだ。

いや、それもそうか。

他人の家の扉の開く音など、意識していなければ分かるはずもない。


「いやー、ちょっと勘違いしただけ、かも」


違う。勘違いじゃない。

確実に何かが階段を上ってきている。

花が流している音楽のせいもあり、俺以外の誰もその音に気づいていなかった。


「やっぱり何か変です。どうしたんですか?」

「気になる」

「いやぁ…」


アリスとミカが考え込む俺の顔を覗き込んでくる。その様子に、花とポムもこちらを気にかけてきた。

その間も、階段を上る足音は近づいてくる。


流石に泥棒ということはないだろう。泥棒ならまずはリビングを漁るはずだ。


最初の行動が2階に上がってくること。

母親ではない。父親は仕事。

ここまで条件が揃えば、導かれる答えは1つしかなかった。


「——お姉ちゃん、ママがいな、い……?」


部屋の扉が何の躊躇いもなく開けられ、そこに涼太がひょっこりと現れた。

その視界に収まった4人の見知らぬ女子を前に、涼太は思考が停止した。


「まだ帰ってきてないんだよー。私もどこに行ったのか気になってるんだけどね」


花たち4人と涼太が目を合わせる。

彼女たちは呆然とし、涼太は立ち尽くす。

ポップな音楽だけが取り残されたその空間に、俺の発した言葉は消えていった。

 

数秒の沈黙。

そして、爆発。


「えっ、えっ!?!? 妹いたの〜!?!?」

「めっっっちゃ可愛いじゃん!!」

「シュンに似てます!! 可愛らしいです!」

「遺伝子強いなーー」


各々が捲し立てるように喋り出し、涼太の所に近づいていく。


「あ、妹じゃなくて弟だよ」


そう一言燃料を投下すれば、炎はさらに燃え上がる。


「え、でも髪長いし…あっ、そゆこと!?」


何かを察したらしいポムが俺の方を向いて親指を立てる。その表情は…「ナイス!」か。

俺も親指を立てて答えよう。


「え〜〜、男の子なのにこんなに可愛いなんてズルい〜〜!」

「ワタクシにもこんな弟がいたら…」

「ほれほれー、Hカップのおっぱいだぞー」

「髪、さらさらだね」


涼太は可愛いお姉さんたちに囲まれて翻弄され、頭の上に星とヒヨコをクルクル浮かばせていた。

…あれ、そういえば花には弟がいることを話したことがあるような気もするけどな。

まあ、忘れることもあるか。人間だもの。


「そろそろ解放してあげてよ」


自分で燃料投下しといてアレだが、ちょっと涼太がかわいそうだったので何とか引っ張り出し、ベッドに腰掛けた俺の膝上に乗せた。


「なんでもう帰ってきたの?」

「お昼ご飯食べに帰ってきたの。そしたらママがいなくて…」

「そうだったんだ」


今日は、涼太は朝早くから友達の家で遊ぶという話だった。

どうして涼太が?と思ったけどそういうことだったか。

てっきりお昼は向こうで食べてくるものだと思っていた。


「確か菓子パンがあったよ」

「じゃあそれ食べようかな」

「1人でできる?」

「できるできる」

「偉いね。お姉ちゃんたち勉強してるから、頑張ってね」

「うん、分かった」


涼太がこくりと頷き、その反対では、ポムがニヤリと微笑んだ。

まさか、こいつ…!


「ねえねえ涼太君、アタシたちとご飯食べない? そろそろお昼だし、アタシたちもお腹空いてきたんだよね〜」

「うーん」


涼太はみんなの熱い視線を一身に受けながら悩む。

シャイな一面があるから悩ましいのだろう。

そして、結論を出す。


「…いいよ」

「「「やったー!」」」


みんなが顔を合わせて喜ぶ。

そして勉強道具をどけて食べ物を並べ始めた。

涼太は少し不安気な表情をしていたので小さく耳打ちする。


「みんな優しいから安心して良いよ」


ついでに頬にチュッとしてあげると、涼太はニコニコし始めた。


「涼太くーん、準備できたよ〜」


花の手招きにいざなわれ、涼太は女子の世界に足を踏み込んだ。





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