第16話 闇の女皇の生態

図書館でまことと出会ってから次の朝。

彼女と会うと少し気まずく感じてしまうが、向こうは「おはようシュンちゃん!」と何も気にしていない感じで話しかけてきたので早く俺も気にしないようにしよう。


「あれ、女皇様来てたんだ」

「ぬ? ああ、下僕第一号の藤宮か」

「その呼び方やめてよ」

「何者であろうとも我に指図することはできないのだよ」

「…」


闇の女皇クイーンオブダークネス様は学校に来ていたり来ていなかったりする。

最近は3日くらい来ていなかったけど、今日は来ていた。

相変わらず黒いパーカーを羽織って机に突っ伏している。

この前そのパーカー、ダメって言われてなかったっけ。


「女皇様はどうして学校来たり来なかったりしてるの?」

「ふはははっ! よくぞ聞いてくれた!」


あ、聞かなきゃ良かったかな。

女皇様は突っ伏していた身体を起こすと俺の方に向き直し、机に片肘ついて足を組みながら話し出した。


「我は闇の女皇クイーンオブダークネスぞ。闇に紛れ、夜な夜な悪を征伐して回っているのだよ。故に日の出ている時間は我が城で休んでいるのだ」

「左様でありましたか…」


こりゃあ重症だなぁ。

日常生活に支障をきたすレベルの厨二病はもはや本物の病気なんじゃないか?


「それに〝よう〟は我と相性が悪い。我は〝いん〟に潜む者だ。故にこの場所はあまり居心地がよくなくてな」

「なるほど」


ああ、こっちが本音か。

その気持ちはよく分かるぞ。俺もド陰キャだったから、クラスの陽キャたちを見ていると居心地が悪くなったものだ。

女子校ともあればそーゆーのも余計に目立つのかもしれない。


「…ん?つまり私は陰に属する者だから下僕にしてくれたの?」

「いやいや、藤宮も我からすれば陽に属する者だぞ。だが時々いるのだよ、陰に理解のある陽の者が」

  

ああ、最初に厨二病ノリに付き合ってあげたのが良かったのか。

じゃあ女皇様と花は仲良くなれなさそうだな。

花なら女皇様の発言に「え〜、なにそれ〜」とか言いそうだし、女皇様もそういうのは苦手だろう。

厨二病には変に突っ込まないでノリを合わせてあげるのが正解だ。


とまれ、せっかく女皇様が来ているのだから色々観察してみよう。


* * *

1時間目。数学の授業。

ノートに赤ペンで魔法陣を描き、その周りを漂わせるように謎の数式を書き出していた。

ん? その数式、黒板に書かれてる方程式じゃないか?


* * *

2時間目。近代歴史の授業。

資料集を眺めながら「これが叡智の書…」とかぶつぶつ言っていた。めちゃくちゃ小さい声で。


* * *

3時間目。古文の授業。

話の中に邪霊やら鬼やらが登場したためか、ハイテンションで授業に取り組んでいた。


* * *

4時間目。体育の授業。

校庭を5周走るところ、1周誤魔化していた。

教師にバレて、追加で2周走らされていた。


* * *

5時間目。英語の授業。

電子辞書で〝破滅〟とか〝厄災〟とかの厨二病的英単語を調べまくっていた。


* * *

6時間目。美術の授業。

ペアを組んで相手をデッサンする内容だった。女皇様は俺と組んだ。

俺の背後には天使の羽が3枚、悪魔の羽が3枚描かれていた。


* * * * *

……今日一日眺めてたけど、やっぱり真面目に授業受けてないぞコイツ。

俺ですらそれなりに授業は聞いているのに!

学校もあんまり来てないし、こんなので卒業できるのか?

いや、そもそも学年上がれるのか…?


そんな風に色々考えていたら、いつの間にか始まっていた帰りのHRホームルームがいつの間にか終わり、終わった瞬間、隣の女皇様は俊速で帰宅してしまった。

超小さい声で「サラバッ」って言ってたような気もするな。


少し唖然としていたら、後ろの花が肩をツンツンしてきた。


「ねえねえ、シュンってあの子と仲良いの?」

「仲良いというか、勝手に好かれてるというか…? まあ、私も好きなんだけどね」

「そうなんだ〜。面白そうだよねあの子」

「見ての通り変人だけど根は素直なんだよ。向こうから何かされても怒らないであげてね」

「ははっ、怒るわけないじゃーん。ところでさ、このあと暇?」

「部活ー」

「そっか〜残念。この前美味しいクレープ屋さん見つけたからみんなで行こうと思ってたのに〜」

「ごめんごめん。水泳部、サボるとめちゃめちゃ怒られるからさ。明日なら暇だから明日行かない?」

「おっけー!じゃあそうしよう。ばいばーい」

「じゃあねー」


クレープか。前世じゃ滅多に食べることはなかったな。

よし、明日を楽しみに部活を頑張るとしよう!



* * * * * *


「ただいまー」


部活があると帰宅するのが遅くなってしまう。もう8時だ。

満身創痍である。


「おかえりー。先にご飯食べる?」

「いや、お風呂入っちゃう」

「分かったわー」


玄関に入るとリビングの方から母親の声が飛んできた。

扉越しだが、何かを焼いているような音と匂いがする。今夜は肉なのかな。


むむ、いい匂いを嗅いでいたら無性にお腹が空いてきた。

さっさとお風呂に入っちゃおう。


「涼太、ただいまー」

「おかえりー!」


2階への階段を上がりながら涼太に声をかける。

すると速攻で返事が返ってきた。

階段を上りきると、ちょうど涼太が部屋の扉から出てきた。


「お風呂はいろー」

「あれ、まだ入ってなかったの?」

「うん。待ってたの」

「じゃあお姉ちゃんと一緒に入ろうか。先にお風呂場行ってて」

「はーい!」


全く可愛いやつめ。 

これだから男の娘化計画が止められないんだ。

よし、俺もさっさと準備しよう。


自室に入り、ブレザーを脱いで服掛けに引っ掛け、リュックはベッドの上に放り捨てる。その時だった。

ふと、壁の鏡に映った自分の姿が目に止まる。


「…うーん、やっぱりそうか」


以前、涼太の顔をじっと見ていた時に思ったことなのだが、俺と涼太の目は少し違う。

涼太はキリッとしていて、俺は少し垂れ目だ。そう思っていた。

だが、今朝玄関の鏡に映った俺の目は涼太と同じキリッとした目だった。

そして、今は垂れ目である。

そういえば、この前涼太と自分の目を比べた時もこんな感じで疲労感に満ち溢れていた気がする。

つまり、そういうことだ。

俺は疲れが溜まると垂れ目気味になるらしい。

鏡の俺はトロンとした表情をしている。

これじゃあイケメンというよりもメス顔してる女子とでも言った方が近い。

どこか尊厳を失った気がしてならないぞ、この表情は。


…よし、今日は早く寝てコンディションを整えよう!


「——お姉ちゃんまだー?」

「今行くー!」


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