第15話 とある姉妹の話

窓越しに見える外の景色がオレンジ色に染まり初めてきた頃。

『転生したらスライムだったヨ』を2巻分読み終えた俺は隣でノートに何かを書いているまことに話しかける。


「…そういえば、まことのお姉ちゃん水泳部だったんだね。この前話したんだ」


その瞬間、まことのペンは一瞬動きを止め、数秒して再び動き出した。


「へぇ、姉さんに会ったんだ。まあ、そうだよね。確かに部活同じなんだもんね…」


うーん、また何かマズイこと聞いちゃったかな。明らかにまことの反応がおかしい。

そういえば日向ひなた先輩にまことの話を出した時も反応が怪しかったし、2人にはお互いの話をしないほうが良かったのか?

いやしかし、まことと更に仲良くなるためには、何か2人の間にあるのならばその話を聞いておいた方がいい気がしてならない。それが逆効果だったとしても。


そんな葛藤が伝わってしまったのだろうか。

まことは俺の方を見て小さく笑い、ペンを置いてぽつりぽつりと話し始めた。


「その感じ、私たちの関係性に何か感じ取ってるみたいだね」

「いやー、そんなことないよ?」

「ふふ。いいよ、シュンちゃんには話してあげる」


そう言いながらどこか遠くを見つめるまことは、今までに見たことのないほど深く悲しい目をしていた。


「実はね、私と姉さんは本物の姉妹じゃないの。思わなかった? 私と姉さん、そんなに似てないなって」

「それは…うん、思ったかも」

「ふふ、そうでしょ」


まさかの話に俺はびっくりしたが、あまりそれを表に出さないように心掛ける。

まことが話しにくくないように。


「…姉さんが産まれた後、お母さん、浮気しちゃってね。……私、お母さんと浮気相手の子供だったんだって。お母さんの浮気がバレて、激怒したお父さんが私のDNA鑑定したところそれが発覚したみたいで、結局両親は離婚することになっちゃったんだ」


まことは一度深呼吸をし、再び話し始める。


「…結局お母さん、浮気相手には『遊びだった』って捨てられちゃってさ。しかもお母さんは専業主婦してたから経済力もなくて、お母さんには私は育てられないって言ってお父さんが私を育てることになったの。だから私はお父さんと姉さん、3人家族で育ってきたの」


一度、まことが俺の方を向いた。

どこまでも深く、空虚なその眼差しが俺の瞳と視線を合わせる。

そして何を感じたのか。

まことは、窓の外の紅く染まった景色を遠くに眺めながら再び口を開く。


「お父さん、私を引き取ったはいいけど愛情なんて微塵も抱けなかったみたいでさ。当たり前だよね。だって私はだったんだから。…お父さんは姉さんばかり異常に甘やかして、私のことは酷く冷たく扱ったの。言葉で傷つけられることはしょっちゅう。暴力だって振るわれた。ほら、この傷はその頃にできたの」


まことはそう言うと、周囲に誰もいないことを確認して、ワイシャツのボタンを上から外していく。

程なくして胸が曝け出される。

大きさはCカップくらいだろうか…なんて言ってる場合ではなかった。

ちょうど胸の中心に、切り傷のようなものの跡が確かに残っている。

どうしてこんな位置に? なんて聞けるはずもなかった。


「…姉さんは私がお父さんに乱暴されていても何もしてくれなかった。…いや、怒ってるわけじゃないんだ。あれは仕方なかったんだよ。もしあそこで姉さんがお父さんを止めていたら姉さんまで乱暴されるかもしれなかったしね。…だけどまあ、そういうことがあったから後ろめたく思ってるんだろうね、今の姉さんは。実際、姉さんからは嫌なことをされたことはなかったし、多分、小さい時は『何とかしてあげたい』とは思ってくれてたんじゃないかな。…違ったら悲しいけどね」

「……」


何も言葉が出なかった。

いや、それで良かったのかもしれない。

まことは同情など求めていないのだろう。

俺はただ聞き役に徹していれば良い。


だけど——


「ひゃっ」


気づいたら、俺の身体はまことを抱きしめていた。

まことの体を、隣からギュッと抱きしめる。

まことは俺とそこまで変わらない身長をしていたはずだが、今のまことは凄く小さく見える。

そんな姿を見ていたら、いつの間にか俺の体はまことに腕を伸ばしていた。


「…ふふ、シュンちゃんおっぱい大きいね。苦しいよ」

「あっ、ごめんごめん」


無意識に俺はまことの頭を胸にうずめていたらしい。

俺の胸の中で、まことが頭をもごもご動かし始めたので俺はハグを解く。


「…いきなりどうしたのシュンちゃん?」

「いやー、話を聞いていたらつい…」

「ふふふ。優しいねシュンちゃんは。やっぱり話して良かったかも。聞いてくれてありがとうね」

「こっちこそ辛いこと話させちゃって申し訳ないというか…」

「いいのいいの、私が言い出したことなんだし。ほら、そろそろ暗くなってきたし一緒に帰ろう」

「…うん。帰ろうか」


まだ夕暮れだった空も、気づけば星を輝かせていた。

まことはノートや文房具を片付け始めたので俺も本をリュックにしまう。2週間まで本は借りられるらしいので読み終わったら返しにこよう。


「行こっか」


準備を先に終えたまことが俺に手を差し出す。

俺はその手を掴み、一緒に図書館を後にした。





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